損益相殺と一部解除
(令和8年司法試験論文式民事系第1問)

1.令和8年司法試験論文式民事系第1問。設問1、設問2にそれぞれ2つの小問があり、いずれも、小問⑴は論点主義丸出しの知識問題。小問⑵は現場思考型の問題という感じでした。設問2⑵の損害範囲については、現場で適切な損害額を読み解くことができたかで合否が分かれ、その帰結を適切な法律構成で説明できたかで上位となるかが分かれそうです。

2.前回の記事(「冷静に損害額を読み解く(令和8年司法試験論文式民事系第1問)」)では、Dに支払った650万円のうち、超過額250万円が損害だ、という話をしました。この帰結は、どのような法律構成によって実現されるのか。補助線として、まず、下記の事例を考えてみましょう。

【事例】

 Xは、Yから、Yの所有する絵画(時価120万円)を、代金100万円で買った。しかし、Yの責めに帰すべき事由によって、当該絵画は滅失して履行不能となった。

1.Xは、売買契約を解除せずに、Yに対し、履行に代わる損害賠償を請求した。賠償額はいくらになるか。

2.Xは、売買契約を解除して、Yに対し、履行に代わる損害賠償を請求した。賠償額はいくらになるか。

 これに関しては様々な学説があります(※)が、債権法改正の際の立案担当者の考え方によれば、上記事例の1では、本来引き渡されるはずであった絵画の価値相当額120万円が損害額となる一方で、Yの100万円の代金債権はそのまま存在しています。解除していないので、代金債権は消えないのですね。なので、履行に代わる損害賠償請求権の額は、絵画の価値相当額である120万円そのままということで問題ない。その結果、相殺されるまでは、100万円の代金債権と120万円の填補賠償請求権が両方存在する状態となり、Yが相殺の意思表示をすれば、対当額100万円の限度で互いに消滅し、20万円の填補賠償請求権が残ることになるのです。
 ※ この周辺の学説状況については、債権法改正前の文献ですが、平野博之「契約解除と損害賠償義務(一)-売買契約をめぐる各論的考察をかねて-」(法律論叢69巻3・4・5号195~236頁 1997年)、「契約解除と損害賠償義務(二)-売買契約をめぐる各論的考察をかねて-」(法律論叢69巻6号27~65頁 1997年)、「契約解除と損害賠償義務(三・完)-売買契約をめぐる各論的考察をかねて-」(法律論叢70巻1号125~175頁 1997年)が詳細です。

 一方、上記事例の2では、解除によってYの代金債権は消滅しています。代金債権を免れることは、Xにとって利益になる。すなわち、Xは、絵画の価値相当額である120万円の損害を被った一方で、同一の原因によって、100万円の代金債権を免れるという利益を得た。なので、賠償額は、この100万円を控除した20万円ということになるわけです。不履行と同一の原因により債権者が得た利益を損害額から控除することを、「損益相殺」と呼ぶのでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「損益相殺」)。表にすると、下記のようになりますね。

事例 X Y
1
(解除せず)
120万円
(絵画の価値)
100万円
(代金債権)
2
(解除した)
20万円
(絵画の価値から
免れた代金債権
を損益相殺)
解除で
消滅

 「結局、事例1でも相殺すればおんなしじゃん。」と思うかもしれませんが、弁済期に違いがある場合、例えば、Yの絵画引渡しが先履行になっていた場合には、Xは解除をしないで先に120万円の支払いを請求できるという意味があるので、全く同じではないのです。ちなみに、危険負担に関する536条1項が、「当事者双方の責めに帰することができない事由」として、債務者有責を除外しているのは、上記事例の1の場合に、Xが536条1項を理由にYからの代金請求を拒むことはできない、という意味を有しています。ここ、有力説(潮見説など)は債務者有責でも同項の適用を認めるわけですが、その立場を採るときは、損害の把握それ自体について上記と異なる法律構成を採らなければ、Xは120万円をYに請求できるのに、Yの代金請求に対しては、危険負担の抗弁を出せばずっと拒めるというおかしな帰結となってしまいます。自己判断で安易に有力説を採るととんでもないことになり得るという好例です。テキスト、論証集等を「分かってる人」が作っているか、それとも、「分かってない人」が作っているかは、このようなところをチェックすれば判別できる。短期合格者が手元にある数冊の本を見て作成した論証集等が無茶苦茶なのはもちろんとして、多数の文献を確認しているはずの予備校等が作成したものでも、この辺の整合性が採れていないものがあり得るので、注意を要します。単に基本書や百選の該当箇所を書き写すようにすればテキストや論証集が出来上がる、というものではないのです。

(参照条文)民法

(債務者の危険負担等)
536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』より引用。太字強調は筆者。)

・債務者有責の履行不能に536条1項を適用しない趣旨
重要度:C
 536条1項が「当事者双方」とし、債務者有責を除外した趣旨は、填補賠償請求権(415条2項1号)が発生する(同条1項ただし書)ため、反対給付との牽連性は同時履行(533条かっこ書)や相殺(505条)によって図るべき点にある。

 ※ 536条1項が「当事者双方の責めに帰することができない事由」としている点については、債務者に帰責事由がある場合に債権者は解除して反対給付を免れることができることと不均衡であるという指摘や、債務者が自らの帰責事由を主張・立証すれば反対給付を請求できるというのは奇妙であるという指摘がある。これに対しては、「債務者に帰責事由がある履行不能の場合に、債権者が536条1項による履行拒絶をすることができないのは相当でないという御指摘ですけれども、債務者に帰責事由がある履行不能の場合には、債権者は填補賠償請求権を取得しますので、それとともに債権者が536条1項による履行拒絶権、この履行拒絶権は反対給付の履行請求を棄却に持ち込む機能を持ちますけれども、債権者の側に填補賠償請求権とともにこの履行拒絶権が与えられることになりますと、債権者としては、填補賠償を満額請求しながら、自らの反対給付債務の履行は永久に拒絶できるということになると思います。少なくともそのように読まれるおそれがありますので、それを回避する必要があることなどを考えて、このようにしております。債権者が536条1項による履行拒絶ではなく、契約の解除をしますと、填補賠償を満額請求できないことは明らかですので、そのような問題は生じない、したがって填補賠償請求権と解除権の双方が債権者に与えられることには何ら問題がないわけですが、536条1項の履行拒絶権と填補賠償請求権の双方が債権者に与えられることには、そのような問題があると考えております。」(金洪周関係官発言)と説明されている(「債務不履行における損害の定義」の項目の※注も参照)。

(引用終わり)

3.以上を理解した上で、本題に入りましょう。本問でも、Aは、Bとの請負契約(本件契約①)を解除しています。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

4.令和8年9月2日、Aは、Bに対し、同月末日までに本件工事①を完成させて、完成した建物をAに引き渡すよう求めた。しかし、同月2日以降も本件工事①が進むことはなく、同月末日までに本件工事①は完成しなかった。同年10月1日、Aは、Bに対し、本件契約① を解除する旨の意思表示をした。

(引用終わり)

 催告して解除しているので、これは541条の解除ですね。

(参照条文)民法

(催告による解除)
541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。

(引用終わり)

 解除した場合なので、報酬債権は消滅するんだよね、と思ったなら、「あれ、600万円は報酬債権があるんだったよな。」と思い出したい。634条の話ですね。

(参照条文)民法

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
634条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
 一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
 二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

 ここで、「解除したのにどうして報酬請求ができるんだ。」と考えなければなりません。なかなか難しいかもしれませんが、「本件出来形部分については報酬請求できる、すなわち、解除されていないのではないか?」と気付きたい。ここに気付けば、本件契約①の解除は、本件出来形以外の部分に係る一部解除である、という理解に至ることができます。そして、それは判例の考え方そのものだったのでした。

(最判昭56・2・17より引用。太字強調は筆者。)

 建物その他土地の工作物の工事請負契約につき、工事全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に右契約を解除する場合において、工事内容が可分であり、しかも当事者が既施工部分の給付に関し利益を有するときは、特段の事情のない限り、既施工部分については契約を解除することができず、ただ未施工部分について契約の一部解除をすることができるにすぎないものと解するのが相当である

(引用終わり)

 634条2号は、概ね上記判例法理を明文化したものだったのでした。

(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明(平成25年7月4日補訂)」より引用。太字強調は筆者。)

 判例は,請負契約において,既に行われた仕事の成果が可分であり,かつ,注文者が既履行部分の給付を受けることに利益を有するときは,特段の事情のない限り,既履行部分について請負契約を解除することはできないとし,既履行部分について報酬請求権が発生することを認めている(最判昭和56年2月17日判時996号61頁(※注:上記最判昭56・2・17を指す。)。)。当初約定されていた仕事が完成されていなくても,既に履行された部分が独立して注文者の利益になる場合には,この既履行部分について報酬を認めることが合理的であると考えられ,学説上も一般的に支持されている。そこで,本文(1)ア(※注:現在の634条の規律に相当する。)は,この判例法理を踏まえて,仕事の成果が可分でありその給付を受けることについて注文者が利益を有するときは,その既履行部分についての報酬請求権を認めるものである。
 本文(1)のアは,既履行部分の報酬請求権が認められれば請負人の利益の観点からは十分であることから,報酬請求権の存否及び範囲という観点から規律を設けることとしており,解除の可否の部分について規律するものではない(この補足説明の4も参照)。解除の可否については解釈に委ねられるが,判例の立場を踏襲すれば,引き続き,既履行部分についての解除はできないことになると考えられる。

(引用終わり)

4.ここを理解すれば、本件出来形部分については解除されていないのだから、前記2の事例の1に相当する一方、本件出来形以外の部分については解除されたのだから、前記2の事例の2に相当するということが分かるでしょう。図にすると、下記のような感じですね。

工事 解除
の有無
Bの
報酬債権
本件出来形 解除
されない
600万円
(400万円支払済)
それ以外 解除
された
400万円
(解除で消滅)

 Dに支払った650万円を表に加えましょう。

工事 解除
の有無
Bの
報酬債権
Dへの
報酬
本件出来形 解除
されない
600万円
(400万円支払済)
---
それ以外 解除
された
400万円
(解除で消滅)
650万円

 ここまで来れば、「Dに支払った650万円の損害から、一部解除で免れた400万円を損益相殺した残りが250万円ってことか。」ということが、無理なく理解できることでしょう。ここまでが、前記2の事例の2の論理。そして、その250万円との関係では、解除されずに残ったBの報酬債権600万円のうち未払の200万円が相殺の対象となる。ここは、前記2の事例の1で説明した論理ですね。こうして、最終的な支払額は、50万円となる。一部解除の場合には、前記2の事例における1と2の論理が組み合わさって、最終的な結論が出るのでした。
 ちなみに、Dに支払った650万円は市場の適正価格と評価できるものだったことが問題文に明記されているので、工事未完成の場合に当然に発生する通常損害ということで問題はないでしょう。

5.以上を端的に答案化すると、当サイトの参考答案のようになります。

(参考答案より引用。太字強調は筆者。)

第4.設問2⑵

1⑴ 通常損害(416条1項)とは、契約上当然予見すべき定型損害をいう。
 工事が未完成なら追加工事を要するのは当然であり、Dに支払った650万円は同日時点の市場適正価格であるから、全額が契約上当然予見すべき定型損害として通常損害に当たる。

⑵ もっとも、不履行と同一の原因により債権者が得た利益は、賠償額から控除される(損益相殺)。本件契約①解除によりAが免れたBに対する報酬債務は、不履行と同一の原因によりAが得た利益といえるから、損益相殺の対象となる。

ア.本件契約①は仕事完成前に解除された。本件出来形は独立した不動産となっており、Cから引渡しを受けたから「可分な部分の給付」があり、これによってAは利益を受けるから、「注文者が利益を受ける」といえる。
 したがって、本件出来形は仕事の完成とみなされる(634条前段、2号)。その結果、解除の効力は本件出来形以外の部分にのみ生じる(一部解除・判例)。Aが受けるべき利益は、本件工事①が完成したとすればAが受けたであろう利益の6割に相当するから、Bは、Aに対し、約定報酬1000万円全体の6割に相当する600万円の報酬を請求できる(同条後段)。

イ.そうすると、Aが本件契約①解除で免れる報酬債務は、本件出来形以外の部分に対応する400万円である。

⑶ 以上から、下線部㋐に係る損害賠償請求権は、上記⑴の650万円から上記⑵の400万円を控除した250万円の額のものとして発生する。

2.前記1⑵アのとおり、本件契約①に基づき、BのAに対する600万円の報酬債権が発生しているが、Aは、令和8年3月3日に400万円を支払っているから、残額は200万円である。
 上記報酬債権と下線部㋐に係る損害賠償請求権は同時履行の関係にある(533条本文)が、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益はないし、相殺による抗弁喪失等の不利益も生じず、むしろ、相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜・公平にかない、法律関係を簡明にするから、相殺(505条1項)できる(判例)。
 そうすると、下線部㋑のBの相殺の意思表示(506条1項前段)により、Bは対当額である200万円の限度で債務を免れるから、残額は50万円となる。下線部㋑のBの反論は正当である。

3.よって、下線部㋐のAの請求は、50万円の範囲で認められる。

以上

(引用終わり)

 ここまで書ける人は、上位者でもなかなかいないでしょうから、書けなくても合否には全く関係ありません。とはいえ、解除して損害賠償を請求する場面はそこそこ出題されるので、上記のような論理は、一度理解しておくとよいのだろうと思います。

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