冷静に損害額を読み解く
(令和8年司法試験論文式民事系第1問)

1.令和8年司法試験論文式民事系第1問。設問1、設問2にそれぞれ2つの小問があり、いずれも、小問⑴は論点主義丸出しの知識問題。小問⑵は現場思考型の問題という感じでした。設問2⑵の損害範囲については、現場で適切な損害額を読み解くことができたかで、合否を分けそうです。

2.設問2⑵は、①下線部㋐のAの請求がいくらの金額のものとして発生したか(損害額算定)、②そこから相殺した結果いくらになるか、という2段階で考えることになります。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

9.令和8年12月2日、㋐Aは、Bに対し、Bの債務不履行による損害の賠償を請求した。これに対して、㋑Bは、「令和8年10月1日の時点において本件工事①の一部が完成しており、Bは、その報酬の支払をAに請求することができるので、その限りにおいて相殺をする。」と反論した。

〔設問2⑵〕

 【事実Ⅲ-1】及び【事実Ⅲ-2】を前提として、次の問いに答えなさい。
 下線部㋐のAの請求がどのような範囲で認められるかについて、下線部㋑のBの反論の当否も検討しつつ、金額を示して論じなさい。なお、Aによる損害賠償請求に関して、遅延賠償については論じなくてよい。

(引用終わり)

 ②については、同時履行の関係にあるけど相殺できるよ、という判例法理を書けば大体終わりです。

(最判昭53・9・21より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 請負契約における注文者の工事代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであり、瑕疵ある目的物の引渡を受けた注文者が請負人に対し取得する瑕疵修補に代る損害賠償請求権は、右法律関係を前提とするもので、実質的・経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するのであつて(最高裁昭和50年(オ)第485号同51年3月4日第一小法廷判決・民集30巻2号48頁参照)、しかも、請負人の注文者に対する工事代金債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代る損害賠償債権は、ともに同一の原因関係に基づく金銭債権である。以上のような実質関係に着目すると、右両債権は同時履行の関係にある(民法634条2項(※注:現在は533条の適用による。))とはいえ、相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとは認められず、両債権のあいだで相殺を認めても、相手方に対し抗弁権の喪失による不利益を与えることにはならないものと解される。むしろ、このような場合には、相殺により清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない、法律関係を簡明ならしめるゆえんでもある。この理は、相殺に供される自働債権と受働債権の金額に差異があることにより異なるものではない。したがつて、本件工事代金債権と瑕疵修補に代る損害賠償債権とは、その対当額による相殺を認めるのが相当であり、右と同旨の原判決は正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

(引用終わり)

(最判令2・9・11より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 請負契約における注文者の請負代金支払義務と請負人の目的物引渡義務とは対価的牽連関係に立つものであるところ,瑕疵ある目的物の引渡しを受けた注文者が請負人に対して取得する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は,上記の法律関係を前提とするものであって,実質的,経済的には,請負代金を減額し,請負契約の当事者が相互に負う義務につきその間に等価関係をもたらす機能を有するものである。しかも,請負人の注文者に対する請負代金債権と注文者の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償債権は,同一の原因関係に基づく金銭債権である。このような関係に着目すると,上記両債権は,同時履行の関係にあるとはいえ,相互に現実の履行をさせなければならない特別の利益があるものとはいえず,両債権の間で相殺を認めても,相手方に不利益を与えることはなく,むしろ,相殺による清算的調整を図ることが当事者双方の便宜と公平にかない,法律関係を簡明にするものであるといえる(最高裁昭和52年(オ)第1306号,第1307号同53年9月21日第一小法廷判決・裁判集民事125号85頁(※注:上記最判昭53・9・21を指す。)参照)。
 上記のような請負代金債権と瑕疵修補に代わる損害賠償債権の関係に鑑みると,上記両債権の一方を本訴請求債権とし,他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属している場合に,本訴原告から,反訴において,上記本訴請求債権を自働債権とし,上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁が主張されたときは,上記相殺による清算的調整を図るべき要請が強いものといえる。それにもかかわらず,これらの本訴と反訴の弁論を分離すると,上記本訴請求債権の存否等に係る判断に矛盾抵触が生ずるおそれがあり,また,審理の重複によって訴訟上の不経済が生ずるため,このようなときには,両者の弁論を分離することは許されないというべきである。そして,本訴及び反訴が併合して審理判断される限り,上記相殺の抗弁について判断をしても,上記のおそれ等はないのであるから,上記相殺の抗弁を主張することは,重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない。
 したがって,請負契約に基づく請負代金債権と同契約の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権の一方を本訴請求債権とし,他方を反訴請求債権とする本訴及び反訴が係属中に,本訴原告が,反訴において,上記本訴請求債権を自働債権とし,上記反訴請求債権を受働債権とする相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。

(引用終わり)

 厳密には、相殺の不可分性や請負人からの相殺の可否、という論点があるのですが、そんなの実戦的には書きに行くような論点ではありません。
 現場で頭を使うのは、①の損害算定。ここは、限られた時間の中では、なかなか難しかったでしょう。

3.直感的には、Dに支払った650万円が、Aの損害ではないか、と考えたくなります。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

【事実Ⅲ-2】

 前記【事実Ⅲ-1】に加え、次の事実があった。

7.令和8年10月13日、Aは、Cから本件出来形の引渡しを受けた上で、工務店を営むDとの間で、本件工事①の未完成部分の工事(以下「本件工事②」という。)を報酬650万円でDに請け負わせる契約(以下「本件契約③」という。)を締結した。650万円という金額は、同日の時点における市場の適正価格と評価できるものであった。本件契約③では、報酬について、引渡日に650万円全額を支払うこと、及び引渡日を同年12月1日とすることが合意された。

8.令和8年12月1日、Dは、本件工事②を完成させ、完成した建物をAに引き渡した。同日、Aは、Dに対し、本件契約③に従い、650万円を支払った。

(引用終わり)

 「Bがちゃんと工事を完成させてれば、Dに650万円を支払う必要はなかったのだから、650万円が損害だ。」と言われれば、「そうだな。」という感じもする。でも、ちょっと待ってほしい。それだと、Aはタダで追加工事できたことになってしまわないか。ここに気が付かないで、簡単に650万円全額を損害と認めてしまった人は、設問2⑵について合格レベルの配点は得られないでしょう。

4.では、適切なAの損害は、いくらになるのか。ここは、下線部㋑のBの反論がヒントになります。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

9.令和8年12月2日、㋐Aは、Bに対し、Bの債務不履行による損害の賠償を請求した。これに対して、㋑Bは、「令和8年10月1日の時点において本件工事①の一部が完成しており、Bは、その報酬の支払をAに請求することができるので、その限りにおいて相殺をする。」と反論した。

(引用終わり)

 「一部だけでも完成してたら報酬を請求できるの?」と思って請負のところの条文を見ると、634条がすぐに見つかるでしょう。

(参照条文)民法

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
634条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
 一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
 二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

 工事が普通に完成していれば、Bに支払う報酬は1000万円でした。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

1.令和8年3月3日、Aは、建築業者Bとの間で、A所有の土地の上にAの自宅用建物を建築する工事(以下「本件工事①」という。)を報酬1000万円でBに請け負わせる契約(以下「本件契約①」という。)を締結した。

(引用終わり)

 本件出来形だけでAが受ける利益は、全体の6割とされています。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

6.本件出来形の引渡しによってAが受けるべき利益は、本件工事①が完成したとすればAが受けたであろう利益の6割に相当するものであった。

(引用終わり)

 なので、報酬総額1000万円の6割である600万円が、本件出来形についてBに支払うべき報酬ということになる。ただし、そのうち400万円は、既に支払済みです。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 本件契約①では、報酬について、契約締結日に400万円を、引渡日に残額の600万円をそれぞれ支払うこと、引渡日を同年9月1日とすること、及び本件契約①が解除された場合に出来形部分の所有権をAに帰属させることが合意された。同年3月3日、Aは、Bに対し、本件契約①に従い、400万円を支払った。

(引用終わり)

 工事内容と報酬の対応は、以下の表のようになるわけですね。

工事 Bへの報酬
本件出来形 600万円
(400万円支払済)
それ以外 400万円
(不履行)

 さて、Dに650万円で依頼した追加工事は、本件出来形以外の部分に係るものでした。つまり、上記の表に追記すると、下記のようになるわけです。

工事 Bへの報酬 Dへの報酬
本件出来形 600万円
(400万円支払済)
---
それ以外 400万円
(不履行)
650万円

 お分かりいただけたでしょうか。Aは、本来、本件出来形以外の工事を完成させるために、Bに400万円支払うはずだった。それが、Dに650万円を支払って完成させなければいけなくなったわけですね。このことを理解すれば、Aの被った損害は、Bがきちんと履行していれば支払う必要のなかった超過額250万円だと分かります。現場で、これに気が付いたかどうか。こんなのは民法の理解というよりは、私立中学受験の算数とか知能テストの論理パズルみたいな感じですが、合否は、ここで分かれることになるでしょう。

5.上記のことは、実は判例の考え方そのままです。

(最判昭60・5・17より引用。太字強調は筆者。)

 請負において、仕事が完成に至らないまま契約関係が終了した場合に、請負人が施工ずみの部分に相当する報酬に限つてその支払を請求することができるときには、注文者は、右契約関係の終了が請負人の責に帰すべき事由によるものであり、請負人において債務不履行責任を負う場合であつても、注文者が残工事の施工に要した費用については、請負代金中未施工部分の報酬に相当する金額を超えるときに限り、その超過額の賠償を請求することができるにすぎないものというべきである。

(引用終わり)

 上記判例は、理論構成を説明していません。上記判例と同じ結論に至ることができることが、合格レベルの要件だとすれば、その結論を適切な法律構成で説明できることは、上位合格レベルの要件といえるでしょう。次回、その点を説明します。

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