1.令和8年司法試験論文式民事系第1問。設問1、設問2にそれぞれ2つの小問があり、いずれも、小問⑴は論点主義丸出しの知識問題。小問⑵は現場思考型の問題という感じでした。設問1⑵については、現場で1013条を発見し、その解釈論を創造できたか。ただそれだけと言ってもよい問題でした。
2.前回の記事(「現場思考型条文解釈問題の思考方法(1)(令和8年司法試験論文式民事系第1問)」)で、1013条を発見するところまでを見てきました。
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(参照条文)民法 (遺言の執行の妨害行為の禁止) |
1013条が見つかったなら、同条2項本文で本件売買契約が無効→Kは単なる無権利者→177条の「第三者」に当たらない→Fは登記なくしてKに所有権を対抗でき、抹消登記請求が立つ、という筋道が見えるはず。なので、同条2項の適用がメインになりそうだ、と判断できます。
3.その上で、問題文の事実Ⅱを改めてみると、本件売買契約と就職承諾の意思表示の先後関係と、「Kは、本件遺言の存在を知らず、また、Hに対してEが遺言を残していたか否かを尋ねることもしなかった。」というところが問題になりそう、と気付けるでしょう。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 【事実Ⅱ】 (中略) 3.令和8年1月20日、Hは、丙土地について、HとJとで法定相続分の割合で共有する旨の、相続を原因とする所有権移転登記を備えた。その翌日、Hは、Kとの間で、丙土地のHの持分をKに売る契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。そして、Kは、当該持分について、売買を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記③」という。)を備えた。 4.令和8年2月1日、Fは、Eの死亡の事実を知り、その事実と本件遺言の存在をGに伝えた。同月10日、Gは、H及びJに対し、遺言執行者への就職を承諾する旨の意思表示をするとともに、本件遺言の内容を通知した。 (引用終わり) |
本件売買契約は、Gが遺言執行者への就職承諾の意思表示をする前にされている。だから、無効にはならねぇよ、という話っぽいぞ。これを条文に引っ掛けるならどこかな、という目でもう一度1013条を見れば、1項の「遺言執行者がある場合」の話になりそうだ、と判断できるはずです。
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(参照条文)民法 (遺言の執行の妨害行為の禁止) |
それから、「Kは、本件遺言の存在を知らず、また、Hに対してEが遺言を残していたか否かを尋ねることもしなかった。」というところについては、Kは善意だけど過失があったよね、という意味だろう(※)。そうすると、同項ただし書の「善意の第三者」に無過失を要するかって話だろうな、と気付くでしょう。これは、94条2項とかを想起してすぐ気付きたい。
※ 厳密には、ここでの善意の対象は「遺言の存在・内容」ではなく、「遺言執行者がいること」です(「遺言制度に関する見直し」(民法(相続関係)部会資料17)25頁)が、本件遺言を知らなければ遺言執行者がいることも知らないことになるので、本問では結論を左右しません。
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(参照条文)民法 (遺言の執行の妨害行為の禁止) |
ここまで分かってくれば、「『遺言執行者がある場合』に当たるってことにしないと、『善意の第三者』の話にならないよね。」という筋読みもできるはず。ここまで読み解ければ、「就任承諾前に本件売買契約がされたから、『遺言執行者がある場合』に当たらない。」と簡単に切り捨ててしまってはダメそう、という判断をすることができるでしょう。
4.とりあえず、先に楽な方をやっつけましょう。「善意の第三者」に無過失を要するか、という点については、条文上も無過失は要求されてないし、「遺言があるかとかどんな内容かとか分からんし、そんなの第三者が一々問い合わせてられるかよ。」ということで不要でよさそう。ここは、秒で判断してしまいましょう。ちなみに、同項はいわゆる相続法改正(平成30年法律第72号)によって新設された規定ですが、立案担当者も、同様に考えていたのでした。
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(「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」(平成28年7月法務省民事局参事官室)より引用。太字強調及び※注は筆者。) 現行法上,遺言執行の妨害行為がされた場合の取扱いについては,民法第1013条で,「遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができない」とされているが,相続人がこれに違反する行為をした場合の効果について,判例は絶対無効であるとしている(大判昭和5年6月16日民集9巻550頁)。 (中略) ……(略)……この点については,遺言の存否及び内容を知り得ない第三者に不測の損害を与え,取引の安全を害するおそれがあるとの指摘がされている。 (中略) 【乙案】(※注:現在の1013条2項の規律に相当する。)は……(略)……現行法と同様,遺言執行者がある場合には,それに抵触する相続人の行為は無効であるとしつつ,遺言の内容を知り得ない第三者の取引の安全を図る観点から,善意者保護規定を設けるというものである。そして,この場合の保護要件については,第三者に遺言の内容に関する調査義務を負わせるのは相当でないことから,善意であれば足り,無過失は要求しないこととしている。 (引用終わり) |
5.さて、問題は、「遺言執行者がある」の方です。「善意の第三者」のところまで行きたいので、就職承諾前の時点でも「遺言執行者がある」と考えることになりそう。だけど、その理由をどう考えたらよいのか。民法の一般原則からすれば、申込に対して承諾がないと契約が成立しないのと同じように、就職承諾の意思表示があって初めて遺言執行者の地位に立つんじゃないの、という気もするところです。とはいえ、遺言は一方的な単独行為なので、契約とは違うともいえそう。だけど、「単独行為だから」だけではしっくり来ない。ここは、設問1⑵でおそらくメインで問われていそうなところなので、もう少し慎重に考えたいところです。
このような場合、2つの側面からアプローチするのが有効です。まずは、条文の文言や構造を見る。「遺言執行者」で検索すると、遺言執行者関連の条文を網羅的に確認できることでしょう。そこで目に止まるのが、1007条です。
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(参照条文)民法 (遺言執行者の任務の開始) |
就職承諾の意思表示についての規定なので、関係ありそう。これが、仮に、「就職を承諾することによって、遺言執行者となる。」みたいな条文であれば、就職承諾の意思表示があるまでは「遺言執行者がある」とはいえない、という方向で考えることができます。ところが、1007条1項は、なんとも言えない微妙な表現になっている。さて、これをどう読むか。ここで、慎重に同項を読み返してみると、2つの点に気が付きます。1つは、同項が任務の開始に関する条文だ、ということです。すなわち、同項は、「就職承諾の意思表示をしたら、すぐ任務をしろや。」という意味の条文だろう。これは、就職承諾によって遺言執行者の地位に就任するのだから、直ちに任務をしろ、という趣旨にも理解できなくはない。けれど、就職承諾前から既に遺言執行者の地位にあるんだけど、任務を開始するのは就職承諾の意思表示をしてからでいいよ、という趣旨にも理解できそう。そこまで気が付いたら、もう1つの点、主語が「遺言執行者」になっている点にも気が付くことでしょう。演習を積み重ねていて、現場で条文を引いたりするクセがついていれば、「あれっ、就職を承諾することで遺言執行者になるんだったら、就職を承諾する時点ではまだ遺言執行者じゃないってことだよね。だったら、『遺言執行者が』は違うんじゃないの?」と違和感を持ちたい。そう感じたなら、「相続人って被相続人が死亡する前はまだ相続人じゃなかったけど、条文ではどんな文言なんだっけ?」という目で相続関連の条文を探してみる。そうすると、892条に気が付きます。
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(参照条文)民法 (推定相続人の廃除) |
相続人になる前の人は、「相続人となるべき者」と表記されていたのでした。ここは、刑訴の条文を見慣れていた人であれば、「あっ弁護人にもおんなし感じのあったな。」と思い出すかもしれません。
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(参照条文)刑事訴訟法 39条 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第31条第2項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。 |
このように法令では、その地位になる以前の者のことを、「なるべき者」や「なろうとする者」として区別するのでした。これは、知識としては立法技術に属しますが、現場で気付くことも不可能ではなかったと思います。ここに気が付いた状態で、1007条の次の1008条に目をやると、「遺言執行者となるべき者」、「遺言執行者となろうとする者」ではなく、敢えて「遺言執行者」にしてるっぽいぞ、という確信が深まってきます。
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(参照条文)民法 (遺言執行者に対する就職の催告) |
1008条は、就職を承諾する前の「遺言執行者」に対して、承諾するかどうか催告できるとする条文です。就職承諾の意思表示をする前の状態なのに、「遺言執行者」と明記されている。これは、就職承諾前からコイツは「遺言執行者」だからだろう。こうして、就職承諾の意思表示をする前から、「遺言執行者がある」といえそうだぞ、という方向に傾きます。
6.条文の文言、構造から、どうやら就職承諾の意思表示をする前から、「遺言執行者がある」といえそうだ、という感触を持ったら、次に、法の趣旨や実質の利益考量ないし結論の妥当性の観点から、考えてみる。1013条2項が遺言執行妨害行為を無効としたのは、遺言執行の実効性を確保するためだろう。仮に、就職承諾の意思表示がされるまでは同項の規律が及ばないとすると、就職承諾がされる前に駆け込みで執行妨害行為を行えば、それは有効ということになる。まさに本問がそのような場合です。それは不当だし、同項の趣旨を没却するといえる。このくらいは、現場でも思い付くでしょう。ここまで思い付いたら、それを端的に答案に書けばよい。ここは、当てはめで頑張るところではないので、「理由付けを書く文字数を当てはめに使うべきだ。」という理屈は成立しません。なので、上記の理由付けをしっかり書くべきでしょう。参考答案は、その一例です。
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(参考答案より引用。太字強調は筆者。) 1007条、1008条は就職承諾前であっても「遺言執行者」とし、「遺言執行者となるべき者」としていない(892条括弧書対照)。1013条2項の趣旨は遺言執行の実効性確保にあり、就職承諾前の妨害行為を有効とすれば、その趣旨を没却する。したがって、遺言で指名された遺言執行者は遺言者死亡により直ちに遺言執行者となる。 (引用終わり) |
ちなみに、ここは最判昭62・4・23があるところですが、そんなの知らなくて何の問題もありません。
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(最判昭62・4・23より引用。太字強調は筆者。) 民法1012条1項が「遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と規定し、また、同法1013条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」と規定しているのは、遺言者の意思を尊重すべきものとし、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであり……(略)……。そして、前示のような法の趣旨に照らすと、同条にいう「遺言執行者がある場合」とは、遺言執行者として指定された者が就職を承諾する前をも含むものと解するのが相当であるから、相続人による処分行為が遺言執行者として指定された者の就職の承諾前にされた場合であつても、右行為はその効力を生ずるに由ないものというべきである。 (引用終わり) |
7.ここまで現場で冷静に思考を巡らせることのできる人は、少数でしょう。なので、「遺言執行者がある場合」の要件の問題であることに気が付いて、何かしら理由を付けて結論を出していれば、十分に合格答案になり得るだろうと思います。とはいえ、上記のように順を追って考えれば、実はそんなに難しくない。何もしなくても直感でできちゃう人は別ですが、そうでない人は、演習を繰り返して、現場で条文解釈問題を解く思考手順を確立すべきでしょう。