1.令和8年司法試験論文式公法系第2問。全体的に、問題文の量は多いものの、解答のポイントに気付いてしまえば、答案に書くべき量は少ない、という作りになっています。設問3後半の措置解除要件の撤回事由については、B側が当初の処分原因の消滅を、C市側が新たな処分原因を、それぞれ主張していることがポイントでした。
2.本件入所措置の解除要件について、困難性・補充性を欠くに至っているか、という目で問題文を見ると、大まかな要素は、Bが誓約書を提出したということと、Aの状態が悪化した、ということの2つであることが分かるでしょう。
|
(問題文より引用。太字強調は筆者) 令和8年6月15日、Bは、C市に対して、居宅介護にこだわらず、Aが介護老人福祉施設等に入所することを希望する場合にはこれに協力するつもりであること、また、居宅介護を継続する場合でも定期的にAに血液検査を受けさせ、血中ナトリウム値が低下した場合には直ちに入院又は入所させることを内容とする誓約書を提出し、AをE園から退所させてほしいと求めた。翌日、E園の職員がAの意見を聞いたところ、Aは、帰宅してもよいと考えている旨の発言をした。しかし、その際のAの受け答えはしっかりしたものではなく、発言の内容には一貫性に欠けるところがあった。そこで、C市は、Aが低ナトリウム血症の状態になって以降、徐々にAの認知面における能力低下が見られ、要介護状態が重度になっている可能性があると考え、また、B以外の者がAと介護老人福祉施設等との契約を手助けできる状況にはなっていないことから、Aが自ら介護老人福祉施設等と契約することが困難であるという状況は変わっていないとして、AをE園から退所させなかった。 (引用終わり) |
撤回法理という視点から理論的に観察すると、誓約書の提出は、本件入所措置の処分原因となった虐待(のおそれ)が事後に消滅した、という、事後的処分原因の消滅をいうものといえます。これは、典型的な撤回事由です。これに対し、Aの状態悪化は、本件入所措置の原因にはなっていなかった新たな処分原因です。こうして、「当初の処分原因が事後に消滅したが、当初処分原因とされていなかった処分原因が新たに発生していた場合に、撤回事由があるといえるか。」という論点が生じるのでした。「当初の処分原因が消滅したんだから、撤回してもう一回処分をやり直すのが筋やろが。」、「は?同じ処分をもう一回やるとか無駄じゃろうが。撤回する意味ねーよ。」という、取消訴訟における処分理由の差替えと類似の論点です(『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』「取消訴訟における処分理由の差替えの適法性判断基準」)。Bの虐待を理由にするにせよ、Aの状態悪化を理由にするにせよ、同一の入所措置を基礎付けるものですし、その点について、新たに告知・聴聞などの事前手続をしなければならない等の手続的理由もないので、Aの状態悪化は撤回の障害事由になる、というのが、正解なのだろう。当サイトとしては、そう考えています。
3.こんなの普通の受験生が気付くわけがない。なので、参考答案は、上記論点の結論だけを書いています。
|
(参考答案より引用。太字強調は筆者。) ⑵ Bの主張
処分の原因事実が事後に解消したことは、撤回事由となる。 ⑶ Cの反論
処分後に生じた新たな原因事実は、撤回の障害事由となる。 (引用終わり) |
ここを指摘していれば、誓約書の中身を書き写したり、Aの状態を評価したりして事実摘示関係の配点を拾わなくても、上位になるでしょう。ここまで明確に指摘していなくても、それっぽい片鱗を見せていれば、問題意識に触れたものと善意解釈されて、高く評価されそうです。そのような場合、たまたま偶然に「処分後にその原因が消滅し」とか、「処分後に~が新たに生じた」のような文言を答案に書いただけで、書いた本人もその意味に気が付いていなかったりする。「全然できなかったと思っていたのに、なぜか異常に高得点になっている。」という現象は、こうして起きるのです。
4.ほとんどの人が、ここはポイントを外した答案を書くでしょう。そこはもう大魔神が跋扈する世界。以前の記事(「入所措置要件の敗者復活戦(令和8年司法試験論文式公法系第2問)」)で説明した方法論を適用すれば、以下のような論述が出力されるはずです。ここは、在宅介護に係る事情(困難性関連)と施設介護に係る事情(補充性関連)が分かれているので、区別して書いた方が書きやすいでしょう。
|
【論述例】 ⑵ Bの主張
ア.令和8年3月10日、Bは、C市に対して、今後はAに対して適切な居宅介護を実施し、血中ナトリウム値を維持するための栄養指導を受けると約束した。令和8年6月15日、Bは、居宅介護を継続する場合でも定期的にAに血液検査を受けさせ、血中ナトリウム値が低下した場合には直ちに入院又は入所させることを内容とする誓約書を提出した。翌日、E園の職員がAの意見を聞いたところ、Aは、帰宅してもよいと考えている旨の発言をした。
イ.Bは、居宅介護サービス契約を手助けしたことがある。令和8年6月15日、Bは、C市に対して、居宅介護にこだわらず、Aが介護老人福祉施設等に入所することを希望する場合にはこれに協力するつもりであることを内容とする誓約書を提出した。 ⑶ Cの反論
ア.令和8年3月11日、E園の職員がAの意見を聞いたところ、Aは、帰宅すべきか迷っている旨の発言をした。令和8年6月16日のAの受け答えはしっかりしたものではなく、発言の内容には一貫性に欠けるところがあった。Aが低ナトリウム血症の状態になって以降、徐々にAの認知面における能力低下が見られ、要介護状態が重度になっている可能性がある。
イ.B以外の者がAと介護老人福祉施設等との契約を手助けできる状況にはなっていない。Bは、Aの判断能力に問題がない時期に居宅介護サービス契約を手助けしたことがあるだけで、Aの判断能力に問題が生じた場合に介護老人福祉施設等との入所契約を手助けしたことはない。 以上 |
何がなんだか分からなくても、この程度は最低限書くべきでした。これが時間内にできなかった人は、演習を繰り返して、最低限、事実摘示だけは確実に時間内にこなせるように訓練しましょう。