1.令和8年司法試験論文式公法系第1問。②は、どのような憲法論に基づいて、どのような審査基準を設定すればよいか、悩んだ人が多かったのではないかと思います。結論としては、ここは甲と乙の間でのやり取りから逆算してテキトーに書いておけばよかったのだろうと思います。
2.①と②で違うのは、不許可処分の根拠だけです。
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(問題文より引用。太字強調は筆者) 〔設問〕 あなたが検討を依頼された乙であるとして、本件申請について、市長が、①本件条例第5条第3項第5号に規定する管理上の支障があることを根拠として不許可処分をすることが憲法上許されるか、②本件条例第8条第2項に規定する特別な理由がないことを根拠として不許可処分をすることが憲法上許されるか、それぞれについて論じなさい。なお、その際には、参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。規定の文言の明確性については、論じる必要はない。 (引用終わり) |
本件公園や本件活動の内容・性質には、何の違いもない。しかも、本件条例8条の夜間利用禁止の理由は、治安上の懸念です。
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(問題文より引用。太字強調は筆者) 5年ほど前から、夜間に本件公園内で暴走族が集会を行ったり、未成年者が集まり飲酒をして騒ぐなどの行為が繰り返され、治安上の懸念を理由として夜間における公園の閉鎖を求める多くの陳情があったため、A市議会は本件条例を改正して、本件公園については夜間(午後7時から翌日午前7時まで)の利用を禁止した(本件条例第8条第1項)。 (引用終わり) |
そうだとすれば、そのような治安上の危険の発生が、明らかな差し迫った危険として客観的な事実に照らして具体的に予見されるか、という基準で判断すればよさそう。こうして、問題文の事例から素直に考えれば、②も泉佐野基準でいいじゃんとみえます。
3.ところが、上記の理解を前提にして甲乙間のやり取りを見ると、違和感がすごい。
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(問題文より引用。太字強調は筆者) 甲:第二に、A市としては、夜間の利用禁止を根拠にして不許可にできるとも考えております。 乙:本件公園は夜間、一般市民の利用が禁止されているとのことですが、本件条例第8条によれば、市長の許可があれば夜間の独占使用も可能とのことですし、過去にも許可した例があるようですね。 甲:はい。星座鑑賞会や盆踊りなど「夜間の独占使用を認めるべき特別な理由」(本件条例第8条第2項)があれば、許可をしてきました。例年10~20件は許可しております。ただし、住宅費高騰問題に関する抗議活動は、本件公園の夜間の独占使用によらずとも、昼間の公園でも行えますし、夜間ならば市立公民館でも行えるので、本件申請については、「夜間の独占使用を認めるべき特別な理由」を認めることはできません。 乙:Xとしては、特定の日時に世界規模で実施が計画されている本件プロジェクトに呼応するためには、本件公園で夜間に本件活動をするのが最適であると考えていることにも留意すべきでしょう。Xに対して特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由があるか否かの検討が必要になりますね。 甲:「夜間の独占使用を認めるべき特別な理由」に関わるもう一つの問題として、夜間の利用は禁止が原則ですので、特定の政治的主張を行うための夜間の独占使用を認めたら、A市の政治的中立性に対する市民の信頼が損なわれる危険性があります。 乙:なるほど。Xの夜間の独占使用を認めると、A市の政治的中立性が損なわれるのではないかという点についても、憲法の観点から検討する必要がありそうです。そこでお尋ねしますが、過去の夜間の独占使用に関して、政治的中立性を理由として抗議等があったケースはあるのでしょうか。 甲:はい。市内の経営者・商店主が組織する「新幹線延長を求める市民の会」から、本件公園で午後7時から午後9時まで無料ビアガーデンを開いて、帰宅途中の市民に新幹線延長の必要性をアピールしたいとの申請があったので、市長が夜間の独占使用を許可したところ、市議会で延長反対派の議員が政治的中立性の観点から問題ではないかと質問しました。市長は「新幹線延長は市長選の際の私の公約であり、A市の基本政策の一つであるから、その御批判は当たらない。」と答弁しました。 乙:最後に確認しますが、本件申請を許可したら、夜間に騒音が出て近隣住民が迷惑するとは考えていないということですね。 甲:世界各地の抗議活動の様子やXの申請内容から判断して、本件活動自体から騒音の問題が生じるとは考えていません。また、許可の際、例えば午後9時以降の静穏確保の厳守を求める条件を付すことも可能です(本件条例第8条第2項)。ちなみにXの事務局長は、「そのような条件を付した許可で結構です。」と答えています。 乙:承知しました。それでは、憲法上の論点を精査した上で、改めて私見を申し上げます。 (引用終わり) |
甲は、治安上の理由を全く根拠にしていません。それどころか、「本件活動自体から騒音の問題が生じるとは考えていません。」と断言している。甲が言っているのは、「Xに対して特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由がない」という点と、「A市の政治的中立性に対する市民の信頼が損なわれる危険性がある」という点の2つです。しかし、泉佐野基準によれば、夜間の独占使用を認めるべき特別な理由なんて全然なくても、危険がなければ許可すべきはずだし、泉佐野基準にいう「明らかな差し迫った危険」というのは、公共の危険をいうと考えるのが普通なので、「政治的中立性に対する市民の信頼が損なわれる危険」なんてものは、泉佐野基準にいう「明らかな差し迫った危険」とはいえない。甲は、差し迫った具体的な危険について、何一つ主張していないのです。
そんなわけで、泉佐野基準をそのまま当てはめるなら、「甲のいう根拠はいずれも主張自体失当で、夜間の独占使用を認めるべき特別な理由の有無や、政治的中立性に対する市民の信頼が損なわれる危険性の有無を具体的に判断するまでもなく違憲だよね。」ということになる。でも、そんなのダメに決まっています。この段階で、泉佐野基準で書いたらアウトだな、と読み取らなければなりません。また、中間審査基準などを採用して、「規制目的は、夜間に本件公園内で暴走族が集会を行ったり、未成年者が集まり飲酒をして騒ぐなどの行為が繰り返されることで治安上の危険が生じることを防止する点にある。」などとするのも、甲のいう根拠はいずれも観念的な関連性すら欠いているので、具体的な手段審査の当てはめをするまでもなく違憲になる。これも同様にアウトだよな、と判断すべきでしょう。
4.じゃあ、どうしたらいいのか。泉佐野基準になるのは、本件公園がパブリック・フォーラムとなるからでした。ならば、本件公園をパブリック・フォーラムでないと考えれば、泉佐野基準は回避できる(『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』「PF論が妥当しない場合の使用不許可は集会の自由の制約となるか」の項目を参照)。受験生が思い付きそうな法律構成として、「夜間の公園はパブリック・フォーラムではない。」というものが考えれます。「公園は伝統的パブリック・フォーラムだが、伝統的に表現の場とされたのは主に昼間なので、夜間は伝統的パブリック・フォーラムとはいえない。」とか、「本件公園は鉄柵で囲まれていて夜間施錠されているので、そもそも典型的な公園とは違う。だから、伝統的パブリック・フォーラムではなくて、指定的パブリック・フォーラムだ。だから、公権力が開放している限りでパブリック・フォーラムになるのであって、閉鎖された夜間はパブリック・フォーラムでない。」、「市民会館に開館時間があるのと同じように、公園も夜間は管理が行き届かないから閉鎖できる。その間はパブリック・フォーラムとしての利用ができなくても問題ない。」などなど、理由付けも現場でなんとか思い付きそう。思い付いたなら、「これが正解やろ。俺様は天才だ!」と喜んで書いてしまいそうです。
しかしながら、本問で上記の構成を採ることができるかというと、それは無理です。上記の構成を思い付いたなら、一度落ち着いて、待てよ、①も夜間であることに変わりはなかったよな、ということを思い出す必要がある。①は、パブリック・フォーラム論を前提に泉佐野基準で解答すべきことに間違いはないはず。ここは堅い。でも、①で「本件公園はパブリック・フォーラムなので泉佐野基準です!」と言っておきながら、②で「夜間はパブリック・フォーラムじゃないので泉佐野基準は妥当しません!」などとするのは、「いやどっちも夜間だろ。」と言われて終わり。論理矛盾丸出しです。あり得ない。仮に、①が昼間の事案で、②が夜間なら、成立する法律構成ですが、本問では、採用するわけにはいかないのです。
5.理論的には、「①は公物警察作用だから泉佐野基準だけど、②は公物管理作用だから裁量論類似の基準になる。」と考えるのが、一番スッキリします。これは、伝統的行政法学の考え方で、行政実務では今でも生きています。本問の原案を作った人は、行政官出身の事務方なのかな、という感じもするところです。とはいえ、このような考え方は憲法学では支持されていませんし(※1)、普通の受験生は知ってるわけがない(※2)。そんなわけで、この筋で答案を書くのは現実的ではないでしょう。
※1 憲法学が許容するのは、使用申請が競合した場合や、収容人数超過のような場合です。ただ、これらの場合の裁量の有無についても十分な議論はされておらず、例えば、申請競合の場合に厳格な先願主義が適用されるのか、裁量で選別できるのか、といったことを憲法学の立場から詳細に議論する文献はあまり見たことがありません。
※2 学生向けの教科書でも、この点に触れるものがないわけではありません(興津征雄『行政法I』(新世社 2023年)638~642頁)が、憲法の答案として書けるかというと、それは無理でしょう。また、前記2のとおり、治安上の観点からの制限だと考えると、そもそも管理作用でもなくねーか、という疑問も湧いてくるところです。
6.以上のように、②で受験生が普通に書けそうな理論構成は存在しない。それでも、その点が正面から問われていて、現場思考で何とかしろ、という出題趣旨であることが明らかなら、そこは頑張らないといけません。でも、本問はそういう感じでもない。
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(問題文より引用。太字強調は筆者) 乙:なるほど。ただし、管理上の支障を根拠として不許可処分をする場合、関連する判例とそれに対する学説の評価を確認する必要がありますね。 (中略) 乙:Xとしては、特定の日時に世界規模で実施が計画されている本件プロジェクトに呼応するためには、本件公園で夜間に本件活動をするのが最適であると考えていることにも留意すべきでしょう。Xに対して特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由があるか否かの検討が必要になりますね。 (中略) 乙:なるほど。Xの夜間の独占使用を認めると、A市の政治的中立性が損なわれるのではないかという点についても、憲法の観点から検討する必要がありそうです。そこでお尋ねしますが、過去の夜間の独占使用に関して、政治的中立性を理由として抗議等があったケースはあるのでしょうか。 甲:はい。市内の経営者・商店主が組織する「新幹線延長を求める市民の会」から、本件公園で午後7時から午後9時まで無料ビアガーデンを開いて、帰宅途中の市民に新幹線延長の必要性をアピールしたいとの申請があったので、市長が夜間の独占使用を許可したところ、市議会で延長反対派の議員が政治的中立性の観点から問題ではないかと質問しました。市長は「新幹線延長は市長選の際の私の公約であり、A市の基本政策の一つであるから、その御批判は当たらない。」と答弁しました。 (引用終わり) |
①のほうでは、「関連する判例とそれに対する学説の評価」が正面から直接に解答事項とされていて、これはパブリック・フォーラム論、泉佐野基準、敵対的聴衆の法理等が対応する。だから、法律構成は書かないとダメだ、と判断できます。一方で、②で正面から直接に解答事項とされているのは、「特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由があるか」、「A市の政治的中立性が損なわれるのではないか」です。 前者については、「特定の日時に世界規模で実施が計画されている本件プロジェクトに呼応するためには、本件公園で夜間に本件活動をするのが最適であると考えていることにも留意すべきでしょう。」ともされているので、この部分に対応する事実を問題文から引っ張ってきて大魔神しまくることが明らか。後者についても、わざわざ問題視された過去の具体例が挙がっているのだから、これとの比較で書くことが求められているのだろう。ここまで問題文を読み解ければ、ここに配点があることは明らかなので、理論構成で頑張る必要はないよね、と判断できるでしょう。そのように方針決定したら、後は、減点されなさそうな審査基準をテキトーに考える。本問の場合、甲乙間の上記やり取りから、「特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由があるか」、「A市の政治的中立性が損なわれるのではないか」の観点から合憲性を審査することは間違いない。ならば、それをそのまま審査基準にしてしまえ。参考答案は、そのような方針で書いています。
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(参考答案より引用。太字強調は筆者) 夜間利用禁止を根拠とする不許可処分の合憲性は、特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由があるか、政治的中立性に対する市民の信頼が損なわれる危険性がないかで判断する。 (引用終わり) |
憲法論としては、「特別に夜間の独占使用を認めるべき憲法上の理由」は代替的表現経路の問題として狭義の比例性(相当性)における被侵害利益の性質・程度に関わり、「A市の政治的中立性が損なわれる危険性」は規制目的が正当・重要・やむにやまれぬ利益であるか、あるいは、狭義の比例性(相当性)における禁圧すべき危険の程度ないし得られる利益の程度等に関わるところですが、仮に、一般的な審査基準を頑張って定立してしまうと、それ以外の要素も当てはめることになって、設問で問われていないことを答案で書くことになってしまうでしょう。それは、余事記載になってしまいやすい。上記のように審査基準を設定してしまえば、余事記載の心配もありません。どうしてそんな審査基準が立てられるのか、理由なんて知ったことではありません。そんなの気にしたら負けです。
7.これは憲法に限らないことですが、現在の論文式試験では、一般に、「当てはめは裏切らないが、法律論は裏切る。」という格言が成立します。当てはめは頑張って事実を拾いまくれば大体点になるが、法律論を頑張っても、点になることはあまりない、という意味です。本問の②も、まさにそれが当てはまる場合でしょう。このようなことは、基本書、百選、論証集をグルグルしていても、身に付きません。何もしなくても当たり前のように判断できる人はよいのですが、そうでない人は、演習を繰り返して訓練しなければならないのです。