1.令和8年司法試験論文式公法系第1問。①は、パブリック・フォーラム(PF)論、泉佐野基準、敵対的聴衆の法理の論証を準備していれば、基本的にはそれを貼って当てはめていくだけの問題です。論証を準備していなくてもスラスラ書ける、という人は別ですが、そうでない人は、このような基本事項は論証を事前準備しておくべきでしょう。当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』でも、概ねAAとAランクに指定されている論証です(※1)。
※1 パブリック・フォーラム(PF)論による保障範囲の拡張についてはBランクになっていますが、それは同論証作成当時においてはまだ、学生向けの教科書では保障範囲の拡張の機能について明示に触れられていなかったためです。現在は、百選解説にすら明示に記載されている(金澤孝「集会の自由と市民会館の使用不許可
—泉佐野市民会館事件 —最三小判平成7・3・7」憲法判例百選Ⅰ〔第8版〕166頁)ので、Aランクになっているといってもよいでしょう。
2.上記の論証を、単に貼り付けていくと、以下のようになります。なお、論証は『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』に準拠しています。
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【論述例】 表現の自由は、他者が管理する場所を当然に使用する請求権を含まない(吉祥寺駅ビラ配布事件、立川反戦ビラ配布事件)。もっとも、その場所がパブリック・フォーラム(PF)に当たる場合には、その使用を妨げられない自由にまで及ぶ(PF論。吉祥寺駅ビラ配布事件における伊藤正己補足意見、泉佐野市民会館事件。)。 (中略) 管理上の支障を根拠とする不許可処分の合憲性は、明らかな差し迫った危険の発生が客観的な事実に照らして具体的に予見されるかで判断する(泉佐野市市民会館事件)。反対者の妨害を理由に平穏な集会を制限できるのは、警備の強化等では対応できないなどの特別な事情がある場合に限られる(敵対的聴衆の法理・上尾市福祉会館事件)。 ただし、主催者の暴力的行為によって反対者の妨害が誘発されたときは、敵対的聴衆の法理は適用されない(泉佐野市市民会館事件)。 |
覚えたものを吐き出しただけですが、憲法は基本的な論証すら事前準備しておらず、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」しかできない受験生が多いので、これでも余裕の合格レベルでしょう(※2)。
※2 最近では、さすがに泉佐野基準が妥当する場面では中間審査基準を使わない予備校等が増えてきていますが、端的に判例を明示する書き方はできていないと感じます。いつものように人権の重要性と規制態様の強度を羅列して、いつもなら中間審査基準が出てきそうなところで、なぜか泉佐野基準が出てくる。書いていておかしいと思わないのかな、と不思議に思います。
3.とはいえ、単に吐き出すだけではつまらない、ということもある。そこで、ちょっと一工夫する余裕のある人のために、ちょっとしたテクニックを紹介しましょう。①については、問題文の「甲と乙の間でのやり取り」で、以下のような記載がされていました。
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(問題文より引用。太字強調は筆者) 乙:なるほど。ただし、管理上の支障を根拠として不許可処分をする場合、関連する判例とそれに対する学説の評価を確認する必要がありますね。 (引用終わり) |
多くの受験生が、「そんなの関係ねぇ。」とばかりに、「関連する判例とそれに対する学説の評価」なんて触れもしない答案を堂々と書いたことでしょう。そして、予備校等では、「判例で書くのは難しいですから、判例は無視しましょうね。間違った判例を書くくらいなら、書かない方がマシです!」などと解説されるかもしれません。現時点では、当てはめを頑張れば、判例無視でも合格レベルになるでしょうが、次第に、そのような答案は合格レベルにすら達しなくなるでしょう。
それはともかく、「関連する判例とそれに対する学説の評価」に触れようとする場合、前記2で示した論述例のように論証を貼り付けるだけだと、判例には明示に触れているけれど、学説の評価は明示には触れていないということになってしまいそうです。そこで、ちょっと一工夫する。泉佐野市市民会館事件をパブリック・フォーラム論の表れであるとみるのは、学説の評価です。また、上尾市福祉会館事件を敵対的聴衆の法理の表れとみるのも、学説の評価です。ならば、以下のように書いてみれば、「学説の評価」に明示に触れることができるのではないか。それが、参考答案の書き方です。
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(参考答案より引用。太字強調は筆者) 集会の自由は、他者が管理する場所を当然に使用する請求権を含まない(吉祥寺駅ビラ配布事件、立川反戦ビラ配布事件)。もっとも、判例は、市民会館の使用拒否を違憲審査しており(泉佐野市市民会館事件)、パブリック・フォーラム(PF)に当たる場合には、その使用を妨げられない自由にまで及ぶ趣旨と学説から評価されている(PF論。吉祥寺駅ビラ配布事件における伊藤正己補足意見も参照。)。 (中略) 管理上の支障を根拠とする不許可処分の合憲性は、明らかな差し迫った危険の発生が客観的な事実に照らして具体的に予見されるかで判断する(泉佐野市市民会館事件)。判例は、反対者の妨害を理由に平穏な集会を制限できるのは、警備の強化等では対応できないなどの特別な事情がある場合に限られるとする(上尾市福祉会館事件)。学説は、反対者を理由に集会を制限してはならないという敵対的聴衆の法理を定式化したものと評価している。ただし、主催者の暴力的行為によって反対者の妨害が誘発されたときは、敵対的聴衆の法理は適用されない(泉佐野市市民会館事件)。 (引用終わり) |
元の論述例のままでも、括弧書の「パブリック・フォーラム論」や「敵対的聴衆の法理」の文言から、学説の評価を黙示に書いていると評価してもらえそうですが、参考答案は、その点がより明瞭になっていることが分かるでしょう。それと、地味ですが、最初の「表現の自由」を「集会の自由」に置き換えています。元の論証は、汎用性の観点から、広い意味での「表現の自由」の文言を用いていて、集会の自由も広い意味で表現の自由に含まれるので、元の論述例のままでもよいのですが、「集会の自由」の方がよりフィット感があるので、そうしているのです。現在は、法科大学院はもちろん、予備校でも、こうしたテクニックを適切に教えていないと感じます。「予備校が劣化した。」と言われる所以です。また、現時点では、生成AIにこのようなテクニックを適切に説明する能力はありません。SNS上で、生成AIに添削してもらった結果を投稿しているものを目にすることがありますが、合否に関係のないことを延々とコメントしていたり、明らかな誤りなのに、「なるほどそういう意図だったんですね。素晴らしい発想です!それなら問題ありません。」のように、質問者に迎合するようなコメントに終始するなど、当サイトの目からみて、「とんでもないこと言ってんな。」と感じさせるものばかりです。
4.CBT方式になって、後からの追記が容易になっています。なので、最初はただ論証を貼り付けておいて、後で時間が余ったら、より題意に沿うように修正する、という方法論が有効です。上記の論証についても、最初は単に貼り付けておいて、他に優先事項がなくなってから、一工夫することを考える、という順序で作業すればよい。この辺りも、先天的にできない人は、演習を繰り返して体得していきましょう。