1.最決令7・10・20の続きです。前回(「長期間継続的横領と訴因変更(1)(最決令7・10・20)」)は、前提となる実体法の罪数関係を整理しました。今回は、本題である訴因変更の要否についてみていきます。
2.訴因変更の要否に関する規範は、合格レベルの受験生なら余裕で覚えていることでしょう。これは、正確に答案に書かないと、本試験では即座に合否に直結するレベルの重要事項です。
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(青森保険金目的放火・殺人事件決定より引用。太字強調は筆者。) 実行行為者につき第1審判決が訴因変更手続を経ずに訴因と異なる認定をしたことに違法はないかについて検討する。訴因と認定事実とを対比すると,前記のとおり,犯行の態様と結果に実質的な差異がない上,共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく,そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも,殺人罪の共同正犯の訴因としては,その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって,それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから,訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても,審判対象の画定という見地からは,訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。とはいえ,実行行為者がだれであるかは,一般的に,被告人の防御にとって重要な事項であるから,当該訴因の成否について争いがある場合等においては,争点の明確化などのため,検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ,検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上,判決においてそれと実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら,実行行為者の明示は,前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから,少なくとも,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,例外的に,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。 (引用終わり) |
3.まず、訴因特定に必要な事項かどうか、という審判対象画定の見地から、考えましょう。前回の記事で冒頭に掲げた事例を再掲します。
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【事例】 甲は、Vから、売上金の管理を任されていた。
1.甲は、毎月の売上金100万円のうち10万円を入金せずに事務所の金庫に保管しており、令和元年6月から令和4年12月までの間の複数回にわたり、その保管に係る金銭を甲の自宅に持ち帰り、その後、遊興費として費消したが、Vから指示されてVに直接手渡したものもあった。 〔設問〕 |
訴因特定に必要かどうかについては、他の犯罪と区別できるか、構成要件該当性判断が可能な程度に具体的かで判断されるのでした。これも、正確に答案に書かないと、本試験では即座に合否に直結するレベルの重要事項で、合格レベルに達している受験生なら余裕で覚えていることでしょう。
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(大阪連続傷害事件決定より引用。太字強調は筆者。) 訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。 (引用終わり) |
構成要件該当性判断が可能かどうかは、刑法の試験問題として出題されたときに、構成要件を当てはめることができるだけの事実があるか、という視点でみると、分かりやすいでしょう。上記事例で、業務上横領罪の構成要件に当てはめまることは問題ないでしょうから、ここはクリアしています。
問題は、他の犯罪との区別です。これは、少し頭を使います。区別対象として、どんな罪を想定するか。Vを殺害する殺人罪などを想定しても、そんなの区別できているに決まっているから、考える意味がない。ここでは、Vに対する別の業務上横領罪との区別を考えなければなりません。例えば、V以外の者の所有物を横領していたとしても、訴因で被害者はVと特定されているので、それは明らかに別の犯罪です。毎月の売上金以外にもVのお金の管理を任されていて、それを横領した場合、訴因は売上金の横領として特定されているので、別の犯罪と識別できるでしょう。また、令和元年より前の時期の売上金の横領については、訴因で令和元年1月から令和4年12月までの間という期間が特定されているので、別の犯罪と識別できるでしょう(※)。逆にいえば、これらの記載がないと、他の犯罪との区別ができなくなる。こうして、被害者、客体となる金銭の性質、期間などは、訴因特定に必要な要素だ、ということが分かるわけです。なので、裁判所が、Vから管理を任されていた売上金以外の金銭を客体にしたり、令和元年1月より前や令和4年12月より後の横領行為を認定したりすれば、それは審判対象画定の見地から訴因変更が必要だ、ということになるでしょう。
※ 厳密には、訴因で特定された期間以外の横領であっても、訴因事実とされる横領と包括一罪関係にあるとされた結果、訴因記載の横領と同一の横領であると判断される余地が全くないわけではありません。
しかし、上記事例では、訴因で特定された期間と同一の期間内における横領行為の内訳が変わっただけです。当該期間内にされた売上金の横領は、すべて全体として包括一罪になるという実体法の前提からすれば、内訳がどうなっても、同じ業務上横領罪一罪を構成する。金額は関係ない。被害額が多額になると量刑上不利になる等の考慮は、次の段階、すなわち、被告人の防御との関係で考えればよいことです。このように考えれば、各横領行為の日時・回数・金額などの内訳は、他の犯罪との区別に必要な事項ではなく、それらの事項に変化があっても、審判対象画定の見地からは訴因変更は不要である、という理解に至るわけですね。
さて、以上の理解を前提に、本判例の判示を見てみましょう。
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(最決令7・10・20より引用。太字強調は筆者。) 上記罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。 (引用終わり) |
審判対象画定の見地からは訴因変更は不要である、という結論については、「そうだよね。」と思うことでしょう。だけど、「あれっ?」と思うところもある。それは、「全体として訴因を超える認定をしない限り」の部分です。これは、逆に読めば、全体として訴因を超える認定をする場合には、審判対象画定の見地から訴因変更が必要になる、という意味になるでしょう。どのような論理によれば、そうなるのか。
「縮小認定ってことじゃないの?」と思った人もいることでしょう。包括一罪なのだから、総額を基準にして、訴因より小さい金額を認めることは、縮小認定として許されるのだ、という論理なら、超える金額は縮小認定とはいえないので、訴因変更が必要になる、という理解になり、これはこれで、ありそうにもみえます。今後、そのような観点からの評釈も出るかもしれません。しかしながら、現在の理論水準からすれば、本件の場合を縮小認定で理解することは適切ではないと思います。縮小認定というのは、例えば、強盗罪の訴因で公判請求されたが、暴行・脅迫が反抗抑圧に至らないと裁判所が認定して恐喝罪で有罪判決をするような場合です。この場合、強盗罪から恐喝罪に犯罪類型が変化する以上、他の犯罪との区別に関わる要素が変化しているといわざるを得ません。だとすれば、審判対象画定の見地から訴因変更が必要になるはず。だけど、強盗罪の訴因には恐喝罪の主張も黙示に含まれているだろうと考えて、第1段階はクリアすると考えよう。後は、第2段階の被告人の防御との関係をクリアすれば、訴因変更は不要である。縮小認定に関する最判昭26・6・15、最決昭55・3・4は青森保険金目的放火・殺人事件決定前の判例だけれども、同決定が定立した判断基準を踏まえて再構成するなら、このように理解できる。これが、現時点における縮小認定の理解だったのでした。
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(最判昭26・6・15より引用。太字強調は筆者。) 原判決は第一審判決を破棄し自ら判決を為すに当り、公訴事実中強盗の点につき、訴因罰条の変更手続を経ることなく、恐喝の事実を認定していること所論の通りであるが、元来、訴因又は罰条の変更につき、一定の手続が要請される所以は、裁判所が勝手に、訴因又は罰条を異にした事実を認定することに因つて、被告人に不当な不意打を加え、その防禦権の行使を徒労に終らしめることを防止するに在るから、かかる虞れのない場合、例えば、強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮少された事実を認定するについては、敢えて訴因罰条の変更手続を経る必要がないものと解するのが相当である。 (引用終わり) (最決昭55・3・4より引用。太字強調及び※注は筆者。) 道路交通法117条の2第1号の酒酔い運転も同法119条1項7号の2の酒気帯び運転も基本的には同法65条1項(※注:酒気帯び運転等の禁止を指す。)違反の行為である点で共通し、前者に対する被告人の防禦は通常の場合後者のそれを包含し、もとよりその法定刑も後者は前者より軽く、しかも本件においては運転開始前の飲酒量、飲酒の状況等ひいて運転当時の身体内のアルコール保有量の点につき被告人の防禦は尽されていることが記録上明らかであるから、前者の訴因に対し原判決が訴因変更の手続を経ずに後者の罪を認定したからといつて、これにより被告人の実質的防禦権を不当に制限したものとは認められず、原判決には所論のような違法はない。 (引用終わり) |
現在では、学生向けのテキスト等でも、このような理解に基づいた説明がされています(緑大輔『刑事訴訟法入門[第2版]』(日本評論社 2017年)260、261頁、斎藤司『刑事訴訟法の思考プロセス』(日本評論社 2019年)271、272頁、吉開多一ほか『基本刑事訴訟法Ⅱ[第2版]-
論点理解編』(日本評論社 2025年)200、201頁[緑大輔])。
以上の理解を踏まえて考えてみましょう。本件では、横領した金銭の総額が変化しても、業務上横領罪であることに変わりはありません。縮小認定の理論によるまでもなく、第1段階をクリアしている。だから、「縮小認定だから」という理解は、適切とはいえないのです。
では、上記判示中の「全体として訴因を超える認定をしない限り」の部分は、どのように理解すればよいのか。これは、訴因で示された額が、本来入金すべき金額と帳簿上の入金額の差額の全額に相当する額だったことによるのだろう、というのが、今のところの筆者の見立てです。前に示した事例を、もう一度見てみましょう。
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【事例】 甲は、Vから、売上金の管理を任されていた。 |
検察官は、既にフルマックスの金額を訴因に記載して公判請求しています。仮に、全体として訴因を超える金額を認定した場合には、何を意味するか。厳密には、売上金の総額が増えた、という場合があり得るのですが、これは証拠上動かしがたいとしましょう。そうすると、これは売上金以外の金銭を横領していることを意味するだろう。前に説明したとおり、売上金以外の金銭を横領したとするなら、それは訴因とは別の犯罪を意味します。だから、全体として訴因を超える部分は、自動的に、他の犯罪との区別に関わる要素の変化となるのです。こうして、「全体として訴因を超える認定」をする場合には、審判対象画定の見地から訴因変更を要する、という上記判示の趣旨が導かれるのでした。
ここまで理解していれば、原文の事案を見ても、無理なく理解できるはずです。元の判例の事案は、以下のようなものでした。
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(最決令7・10・20より引用。太字強調は筆者。) 1 本件公訴事実及び本件の経過
本件公訴事実の要旨は、弁護士会の経理担当職員として、弁護士照会手数料及び負担金会費等を管理し、同会名義の銀行口座への入出金等の業務に従事していた被告人が、平成30年1月から令和3年5月までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約8544万3156円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、35回にわたり、現金合計約5066万7838円を着服して横領したというものであり、その訴因には月ごとの受領現金額及び横領金額が明示されていた。 (引用終わり) |
検察官が差額をフルマックスで主張し、裁判所がそのうちのいくつかを認めなかったため総額が減額された事案であることを確認できれば、ここは十分です。
4.さて、審判対象画定の見地から訴因変更を要しない場合であっても、被告人の防御との関係で、訴因変更を要する場合があったのでした。次回は、この点をみていきます。