児童扶養手当と障害基礎年金の併給調整の合憲性
(最判令7・6・10)

1.当サイトでは、従来、年ごとに、Kindle用の電子書籍として、「最新判例ノート」を公開してきました(当サイト作成の電子書籍一覧)。今年からは、これに代えて、ウェブサイトに解説を掲載することとしました。

2.今回は、最判令7・6・10を取り上げます。どんな判例かは、いきなり多数意見をみれば大体分かる。太字強調部分を中心に、雑に斜め読みしてみてください。

(最判令7・6・10より引用。太字強調及び※注は筆者。)

1 上告理由のうち憲法25条及び14条1項違反をいう部分について

(1) 憲法25条の規定の趣旨に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府の広い裁量に委ねられているところ、児童扶養手当法(令和2年法律第40号による改正前のもの。以下同じ。)4条1項の規定に基づく児童扶養手当と国民年金法上の障害基礎年金とは、いずれも我が国の社会保障制度の一部を成すものであり、また、受給権者に対する所得保障の給付である点において性格を同じくするものである。そうすると、児童扶養手当と障害基礎年金との間において社会保障給付の全般的公平を図るために併給調整を行うかどうか、この具体的な内容としてどのようなものを許容する趣旨で政令に委任するかは、上記の立法府の裁量の範囲に属する事柄であるというべきである。

(2) また、憲法14条1項違反をいう点についてみるに、児童扶養手当法13条の2第2項1号が母又は父に対する児童扶養手当について適用される場合においては、母又は父の一方のみが児童扶養手当及び障害基礎年金の受給権者であるのに対し、同条1項2号又は3号が母又は父に対する児童扶養手当について適用される場合においては、母又は父の一方が児童扶養手当の受給権者であり、他方が障害基礎年金の受給権者であるなどの違いがある。この点に加え、生活保護等の各種の社会保障制度の存在やその他上記(1)で述べたところに照らして総合的に判断すると、同条2項1号及びその委任を受けた児童扶養手当法施行令(令和2年政令第318号による改正前のもの。以下同じ。)6条の4が規定する児童扶養手当と障害基礎年金との間の併給調整は、同法13条の2第1項2号又は3号が適用される場合との間で合理的理由のない差別をもたらすものとはいえない。

(3) 以上の検討を踏まえれば、児童扶養手当法13条の2第2項1号の規定及び児童扶養手当法施行令6条の4の規定のうち同号所定の公的年金給付中の受給権者に子があることによって加算された部分以外の部分を対象として児童扶養手当の支給を制限する旨を定める部分が、障害基礎年金との併給調整において憲法25条、14条1項に違反するものとはいえない。このことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁(※注:高齢公務員待命処分事件大法廷判決を指す。)、最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁(※注:堀木訴訟大法廷判決を指す。)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和54年(オ)第1068号同57年12月17日第二小法廷判決・裁判集民事137号601頁、最高裁昭和54年(行ツ)第110号同57年12月17日第二小法廷判決・裁判集民事137号635頁、最高裁平成17年(行ツ)第246号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁(※注:学生無年金事件判決を指す。)、最高裁平成25年(行ツ)第402号同27年2月19日第一小法廷判決参照)。論旨は採用することができない。

(引用終わり)

 「ほとんど堀木訴訟じゃん。」と思ったなら、まあまあ正しい。この判例を正確に理解しようとするなら、対象となっている社会保障制度をきちんと整理して理解する必要があります。でも、それは受験対策としてはコスパが悪すぎる(※)。そんなわけで、ここでは、ものすごくざっくりと受験対策で必要なことだけを解説したいと思います。
 ※ 社会保障法制はちょくちょく改正されるので、ある時点の制度を頑張って理解しても、徒労に終わることが多いでしょう。本判例で問題となった併給調整についても、令和2年に改正があり、既に内容が異なっています。

3.まず、短答対策としては、「近時、最高裁は、児童扶養手当と障害基礎年金との併給調整について、立法府の裁量の範囲を逸脱・濫用するものとして、憲法25条に違反するとの判断を示した。」という感じの肢は誤りだ、という程度でよい。知らないと、「俺が知らないうちに新判例が出たんじゃないか。」と現場で不安になりかねないので、この程度を知っているだけでも、意味があります。

4.論文式試験では、現行の詳細な社会保障制度を知らないと解けない問題は出ません。なので、出題されるとすると、仮想的な制度が問題文に記載され、それを前提に解くことになるでしょう。そのような例として、令和5年司法試験公法系第1問がありますね。このような場合には、知識で解くのではなく、問題文に記載された要素をいかに合憲・違憲の方向に整理して、誘導に従って答案に書き写していくか、ということが合否を分けます。なので、上記判例を知識として覚える意味はほとんどないのです。ただ、汎用性のある重要ポイントが3つあり、これは問題文の要素を評価する際のヒントになります。

(1)1つは、上記多数意見は、政令への委任についても立法府の裁量を認めている点です。

(最判令7・6・10より引用。太字強調は筆者。)

(1) 憲法25条の規定の趣旨に応えて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府の広い裁量に委ねられているところ、児童扶養手当法(令和2年法律第40号による改正前のもの。以下同じ。)4条1項の規定に基づく児童扶養手当と国民年金法上の障害基礎年金とは、いずれも我が国の社会保障制度の一部を成すものであり、また、受給権者に対する所得保障の給付である点において性格を同じくするものである。そうすると、児童扶養手当と障害基礎年金との間において社会保障給付の全般的公平を図るために併給調整を行うかどうか、この具体的な内容としてどのようなものを許容する趣旨で政令に委任するかは、上記の立法府の裁量の範囲に属する事柄であるというべきである。

(引用終わり)

 政令に委任する立法をするか否かは、立法の内容に属することですから、これ自体はおかしくありません。もっとも、委任に基づいて政令を制定するのは内閣ですから、どのような政令を制定するか、というのは、行政裁量の問題であって、これは「委任命令の限界」の論点の話になります。ここでは、立法府が定めた法律による委任の枠があるわけなので、行政府の広範な裁量は認められていなかったことを確認しておきましょう(幼年者接見制限事件判決、医薬品ネット事件判決等を参照)。このことは、社会経済政策に関する領域においても同様とするのが判例の傾向(児童扶養手当事件判決等参照)とされます(尾形健「社会保障行政における委任立法をめぐって──児童扶養手当法施行令に関する事件を素材に──」同志社法学75巻4号(2023年)417頁)。このように、「政令に委任する立法をする裁量(立法裁量)」と、「委任された行政機関が委任命令を制定する裁量(行政裁量)」は別物だ、ということは、整理して理解しておくべきです。ここは、本試験でも、混同すれば評価に影響するでしょう。

(2)もう1つは、平等原則との関係で、「不合理な併給調整等があっても、それで不足する部分は生活保護などの他の社会保障制度で穴埋めされているから問題ない。」という理屈が成立するかが、1つの対立点になる、ということです。多数意見は、この理屈が成立するとみえる判示を行っています。

(最判令7・6・10より引用。太字強調は筆者。)

(2) また、憲法14条1項違反をいう点についてみるに、児童扶養手当法13条の2第2項1号が母又は父に対する児童扶養手当について適用される場合においては、母又は父の一方のみが児童扶養手当及び障害基礎年金の受給権者であるのに対し、同条1項2号又は3号が母又は父に対する児童扶養手当について適用される場合においては、母又は父の一方が児童扶養手当の受給権者であり、他方が障害基礎年金の受給権者であるなどの違いがある。この点に加え、生活保護等の各種の社会保障制度の存在やその他上記(1)で述べたところに照らして総合的に判断すると、同条2項1号及びその委任を受けた児童扶養手当法施行令(令和2年政令第318号による改正前のもの。以下同じ。)6条の4が規定する児童扶養手当と障害基礎年金との間の併給調整は、同法13条の2第1項2号又は3号が適用される場合との間で合理的理由のない差別をもたらすものとはいえない。

(引用終わり)

 これに対して、宇賀克也反対意見は、平等原則との関係では、そんな理屈は成立しないと言います。

(最判令7・6・10における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。)

 上告人は児童扶養手当に加えて児童手当を支給されており、また、生活保護も受けている。したがって、上告人が受けている社会保障給付を全体としてみれば、上告人には、十分な社会保障給付がされているので、本件併給調整を問題にする必要はないという考え方もあるかもしれない。憲法25条違反の有無の判断に当たっては、そのような全体としての社会保障給付の視点で把握することは必要と思われる。また、社会保障制度を設けるに当たっては、財源の問題を無視し得ず、いかなる社会保障制度を設けるかについて、立法者にかなり広範な立法裁量を認めざるを得ない。児童扶養手当制度を設けるか否か、設けるとして給付額をいくらにするかについては、財政状況も含めた立法裁量を尊重せざるを得ないであろう。しかし、ある社会保障制度を設ける法律が制定された場合、個々の社会保障制度について、そこに合理的に説明できない差別があれば、それは平等原則に違反するといわざるを得ず、その差別の結果、給付が低下した部分が生活保護等により補填されているのであれば、個々の社会保障制度において、合理性が説明できない差別があってもよいということにはならないと思われる。たとえば、児童扶養手当を非嫡出子については嫡出子の2分の1とする法律を制定すれば、それは、憲法14条違反といわざるを得ず、生活保護等の他の社会保障制度があることも、財政上の制約も、平等原則違反を正当化する理由にはなり得ないと考えられる。平等原則は憲法上の原則であり、立法機関も行政機関も拘束するものであるから、法律が政令に委任するに当たって、平等原則に違反する委任をすることができないことも、内閣が平等原則に違反する政令を制定することができないことも当然である。

(引用終わり)

 宇賀克也反対意見も、生存権(25条論)との関係では、上記理屈が成立し得るとしている点には、注意を要します。すなわち、生存権(25条論)との関係では、トータルで最低生活を維持してれば問題ないじゃん、という余地がある。でも、平等原則(14条論)との関係では、不合理な差別取扱いがあったらダメなわけだから、トータルの金額は関係ないでしょ、ということですね。この対立点は、事前に知っておくと、論文式試験で仮想的な制度が出題され、その中でこの点が問われた場合にも、すぐに気付くことができるでしょう。

(3)3つ目は、児童扶養手当のような子の養育に関する給付については、子の視点から考えるべきだ、という観点があり得る、ということです。

(最判令7・6・10における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。)

 原審が上記(ⅰ)で念頭に置いているのは、障害基礎年金を受給している親に障害を負っていない配偶者がおり、その配偶者が児童扶養手当を支給されている場合との比較であると思われるが、その場合の配偶者は、障害基礎年金を受給しているわけではないので、同一の者が障害基礎年金と児童扶養手当を受給する場合と異なる併給調整となることは平等原則に違反しないという趣旨であると思われる。しかし、「児童の福祉の増進を図る」(児童扶養手当法1条)という同法の究極目的に照らせば、形式的には児童扶養手当の受給権者は親であっても、子の視点から考えることが必要であり、したがって、生計を一にする世帯単位で子の養育に必要な費用が補填されるかが肝要であると思われる。そして、生計を一にしている世帯でみれば、本件のようなひとり親世帯と上記のようなふたり親世帯の間で、障害基礎年金と児童扶養手当の併給調整について、配偶者の有無によって異なる取扱いがされていることになる。
 原審は上記(ⅰ)において、ふたり親世帯の場合には、障害基礎年金を受給していない配偶者が、障害により稼得能力の全部又は一部を喪失していないことを前提とした水準の給与所得等を有するという点で、ひとり親世帯と異なることを指摘している。しかし、そうであるとすると、ふたり親世帯のほうが、稼得能力が大きいことになり、したがって、所得保障の必要性も低いことになるにもかかわらず、ふたり親世帯のほうがひとり親世帯よりも、有利な併給調整とすることの合理性を説明できないのではないかと思われる。すなわち、上記(ⅰ)の相違は、むしろ、ひとり親世帯に有利な併給調整制度とする理由にはなり得ても、ふたり親世帯に有利な併給調整制度とする理由にはなり得ないのではないかと考えられる。

(引用終わり)

 論文式試験で仮想的な制度が出題され、給付を受ける親の属性によって給付が制限されているような場合に、「子の視点から考えることが必要である。」として、子の視点からみると不合理ではないか、という観点から検討がされていれば、積極の評価を受けやすいでしょう。知っておいて損はない視点です。

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