1.今回は、第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)の続きです。前回は、事案を確認したところでした。今回は、最高裁の判断の中身をみていきます。
2.まず、本件施設の宗教性については、(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)をそのまま踏襲しています。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。) 1(1) 前記事実関係等によれば、本件施設は、その外観等に照らして、神体又は本尊に対する参拝を受け入れる社寺との類似性がある上、本件施設で行われる釋奠祭禮は、孔子の霊の存在を前提として、これを崇め奉るという宗教的意義を有する儀式というほかなく、本件施設の建物等も、このような宗教的意義を有する儀式である釋奠祭禮を実施するという目的に従って配置されたものということができる。さらに、本件施設の設置に至る経緯等からすれば、本件施設は当初の至聖廟等及び旧至聖廟等の宗教性を引き継ぐものといえる。これらからすれば、本件施設は、一体として宗教性を有するものといえ、その程度も軽微とはいえない(令和3年大法廷判決参照)。 (引用終わり) |
これは、(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)の以下の部分を要約したものです。
|
((第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)より引用。太字強調は筆者。)
本件施設は、本件公園の他の部分から仕切られた区域内に一体として設置されているところ、大成殿は、本件施設の本殿と位置付けられており、その内部の正面には孔子の像及び神位が、その左右には四配の神位がそれぞれ配置され、家族繁栄、学業成就、試験合格等を祈願する多くの人々による参拝を受けているほか、大成殿の香炉灰が封入された「学業成就(祈願)カード」が本件施設で販売されていたこともあったというのである。そうすると、本件施設は、その外観等に照らして、神体又は本尊に対する参拝を受け入れる社寺との類似性があるということができる。 (引用終わり) |
3.他方で、本件施設の宗教性以外の要素については、世俗性を強調する内容になっています。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。) (2) もっとも、本件施設は、かつて琉球王国の繁栄を支えた久米三十六姓が17世紀以降に建立した当初の至聖廟等を、そのゆかりの地である久米地域に再建したものといえ、地域の歴史や文化を伝えるものとして、一定の歴史的、文化的価値を有するものということができる。加えて、本件施設は、市の公式ガイドマップに掲載されるなどして現に観光客が訪れており、上記の歴史的、文化的価値や、後記の公園施設としての機能と相まって、観光資源としての意義を有するものということができる。 (引用終わり) |
これは、(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)の以下の部分と対照すると、違いがよく分かるでしょう。
|
((第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)より引用。太字強調は筆者。) 本件免除がされた経緯は、市が、本件施設の観光資源等としての意義に着目し、又はかつて琉球王国の繁栄を支えた久米三十六姓が居住し、当初の至聖廟等があった久米地域に本件施設が所在すること等をもって本件施設の歴史的価値が認められるとして、その敷地の使用料(公園使用料)を免除することとしたというものであったことがうかがわれる。 (引用終わり) |
4.本件設置許可に至る経緯についても、世俗性を強調する内容となっています。 受験対策上は、「目的が宗教的意義を有するものとはいえない」ことが、経緯の考慮要素となっていることに注目しましょう。当てはめで、どの考慮要素として答案に書き写すのか、ということに関係する点ですね。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。) 2 本件設置許可に至る経緯をみると、市は、本件施設の設置を含めた本件公園の整備について検討を重ね、その際、本件施設の設置について憲法上の政教分離原則との関係で一定の懸念が示されたものの、最終的には、当初の至聖廟等及び旧至聖廟等の歴史や性格に照らし、大成殿及び明倫堂は、体験学習施設ないし歴史上又は学術上価値の高いものとして、公園施設と位置付けることができると整理したものである。これらに加え、上記1(2)で説示したところも考慮すると、市は、本件施設の歴史的、文化的価値、さらにはこれらを背景とする観光資源としての意義に着目し、本件公園の都市公園としての機能を増進し、地域の振興やまちづくりの実現等を図るという世俗的、公共的な目的から、本件施設に係る各公園施設設置許可をしてきたものというべきであり、その目的が宗教的意義を有するものとはいえない。 (引用終わり) |
(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)では、「使用料免除がされた経緯」に関するものとして、以下のように判示されていたのでした。
|
((第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)より引用。太字強調は筆者。) 本件免除がされた経緯は、市が、本件施設の観光資源等としての意義に着目し、又はかつて琉球王国の繁栄を支えた久米三十六姓が居住し、当初の至聖廟等があった久米地域に本件施設が所在すること等をもって本件施設の歴史的価値が認められるとして、その敷地の使用料(公園使用料)を免除することとしたというものであったことがうかがわれる。 (引用終わり) |
5.(第1次)孔子廟事件と異なるのは、使用料の納付がある、という点です。最高裁は、これを特別の便益と評価し難い要素として指摘しています。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。)
3 また、公園条例上、公園施設設置許可を受けた者は、市に対し、占用面積1㎡につき1か月360円の使用料を納付しなければならないものとされているから、本件設置許可は、その相手方である甲に、年間576万7200円(占用面積1335㎡×360円×12か月)の公園使用料の納付義務を生じさせるものである。このように、本件設置許可を受けた甲において、本件施設を利用した活動を行うためには、相応の使用料を負担しなければならないこととなるのであって、その額も、公園条例の規定に基づき一義的に定まるものである。そうすると、本件設置許可は、これにより甲において本件土地に宗教性を有する本件施設を設置し、そこで宗教的活動を行うことが可能となるという側面があるとしても、同活動に係る特定の宗教に対する特別の便益の提供に当たるものとは評価し難いというべきである。 (引用終わり) |
適正な使用料を支払わせて便益を提供するのは普通の便益提供であって、特別の便益提供ではなかろう、ということですね。この点は、国が宗教団体に対価の支払を受けて便益を提供する事案一般にいえる評価なので、答案でそのまま使う機会もありそうです。ただし、このような評価をするには、「誰に使わせるか。」の選定について特別の考慮がない、という前提が必要だ、ということは知っておきましょう。例えば、とても希少な土地であって、対価を払ってでも使いたい団体が多数にのぼる、という事例において、敢えて特定の宗教団体を選定して使用を許可した、という場合にあっては、「その団体を選定したこと」それ自体が特別だ、という評価を基礎付けることがあり得るのです。
ちなみに、使用料が全額免除されていた(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)では、以下のように判示されていました。
|
((第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)より引用。太字強調は筆者。) 本件免除に伴う国公有地の無償提供の態様は、本件設置許可に係る占用面積が1335㎡に及び、免除の対象となる公園使用料相当額が年間で576万7200円(占用面積1335㎡×1か月360円×12か月)に上るというものであって、本件免除によって参加人が享受する利益は、相当に大きいということができる。また、本件設置許可の期間は3年とされているが、公園の管理上支障がない限り更新が予定されているため、本件施設を構成する建物等が存続する限り更新が繰り返され、これに伴い公園使用料が免除されると、参加人は継続的に上記と同様の利益を享受することとなる。 (引用終わり) |
6.最後に、以上のような評価を前提に、一般人の目からみてもそうだよね、ということを確認しています。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。) 4 そして、これまで説示したところによれば、本件施設の宗教性やその程度を考慮しても、市長が本件設置許可をし、これに基づき市が本件土地を本件施設の敷地としての利用に供していることは、一般人の目からみて、市が本件施設における甲の活動に係る特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されるおそれがあるものとはいえないというべきである。 (引用終わり) |
(第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)では、真逆の評価がされていたのでした。
|
((第1次)孔子廟事件大法廷判決(最大判令3・3・24)より引用。太字強調は筆者。) 本件施設の観光資源等としての意義や歴史的価値を考慮しても、本件免除は、一般人の目から見て、市が参加人の上記活動に係る特定の宗教に対して特別の便益を提供し、これを援助していると評価されてもやむを得ないものといえる。 (引用終わり) |
7.こうして、最高裁は、本件を合憲と結論付けたのでした。参照判例として、津地鎮祭訴訟大法廷判決、愛媛玉串料訴訟大法廷判決、空知太事件大法廷判決、(第1次)孔子廟事件大法廷判決が掲げられています。
|
(第2次孔子廟事件判決(最判令7・3・17)より引用。太字強調は筆者。) 5 以上のような諸事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すると、市長が本件設置許可をし、これに基づき市が本件土地を本件施設の敷地としての利用に供していることは、市と宗教との関わり合いの程度が、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとは認められず、憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に違反するものではないと解するのが相当である。」、「以上の点は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日判決・民集31巻4号533頁(※注:津地鎮祭訴訟大法廷判決を指す。)、最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日判決・民集51巻4号1673頁(※注:愛媛玉串料訴訟大法廷判決を指す。)、最高裁平成19年(行ツ)第260号同22年1月20日判決・民集64巻1号1頁(※注:空知太事件大法廷判決を指す。)、令和3年大法廷判決)の趣旨に徴して明らかというべきである。 (引用終わり) |
8.本判例には、一般論として判断枠組みを明示する部分はありません。しかし、これまでにみてきた判示から明らかなように、空知太事件及び(第1次)孔子廟事件各大法廷判決と同様の判断枠組みが採用されています。
|
(空知太事件大法廷判決より引用。太字強調は筆者。)
憲法89条は、公の財産を宗教上の組織又は団体の使用、便益若しくは維持のため、その利用に供してはならない旨を定めている。その趣旨は、国家が宗教的に中立であることを要求するいわゆる政教分離の原則を、公の財産の利用提供等の財政的な側面において徹底させるところにあり、これによって、憲法20条1項後段の規定する宗教団体に対する特権の付与の禁止を財政的側面からも確保し、信教の自由の保障を一層確実なものにしようとしたものである。しかし、国家と宗教とのかかわり合いには種々の形態があり、およそ国又は地方公共団体が宗教との一切の関係を持つことが許されないというものではなく、憲法89条も、公の財産の利用提供等における宗教とのかかわり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものと解される。 (引用終わり) ((第1次)孔子廟事件大法廷判決より引用。太字強調は筆者。)
憲法は、20条1項後段、3項、89条において、いわゆる政教分離の原則に基づく諸規定(以下「政教分離規定」という。)を設けているところ、一般に、政教分離原則とは、国家(地方公共団体を含む。以下同じ。)の非宗教性ないし宗教的中立性を意味するものとされている。そして、我が国においては、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきているのであって、このような宗教事情の下で信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大であった。しかしながら、国家と宗教との関わり合いには種々の形態があり、およそ国家が宗教との一切の関係を持つことが許されないというものではなく、政教分離規定は、その関わり合いが我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものと認められる場合に、これを許さないとするものであると解される。 (引用終わり) |
政教分離の判断枠組みについては、目的効果基準と使い分ける考え方と、空知太事件及び(第1次)孔子廟事件各大法廷判決の判断枠組み(「総合考慮基準」といわれることもあります。)に一本化する考え方があり、当初は、前者の考え方が有力でした(※1)。それが、(第1次)孔子廟事件各大法廷判決の調査官解説が後者を示唆したこと等もあって、現在では、学説上も後者の方が有力になっています(空知太事件及び(第1次)孔子廟事件各大法廷判決の判断枠組みについて、「より広範な事例に適用しうる枠組みへと発展されうる可能性をも孕んでいる」とするものとして、
林知更「判批」憲法判例百選Ⅰ(第8版)104頁。「政教分離原則については……(略)……目的効果基準により判断されるとする理解が判例・学説ともに一般的であったところ、砂川空知太神社訴訟上告審判決によりそのような理解が動揺し、その後、第一次訴訟上告審判決を経て、砂川空知太神社訴訟上告審判決が示した総合的判断の枠組みこそが政教分離原則違反を判断する一般的な判断枠組みであるとする理解が判例上、定着しつつある。本判決もかかる判例の動向に沿ったものといえる。」とする本判例の評釈として、片桐直人「都市公園内における宗教的施設の収去を怠る事実と政教分離原則」ジュリスト1614号(2025年)101頁)。受験対策としては、わざわざ2つの規範を覚える必要もないので、今後は空知太事件及び(第1次)孔子廟事件各大法廷判決の判断枠組みに一本化していいのだろうと思います。ただし、その場合、考慮要素を当該事案にフィットするように適宜改変する必要がある、ということは知っておきましょう。その目で上記の各判例をみると、空知太事件大法廷判決では、「当該宗教的施設の性格、『当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った』経緯、『当該無償提供』の態様、これらに対する一般人の評価等」とされているのに対し、(第1次)孔子廟事件大法廷判決では、「当該施設の性格、『当該免除をすることとした』経緯、『当該免除に伴う当該国公有地の無償提供』の態様、これらに対する一般人の評価等」のように微妙に異なることに気が付くでしょう(※2)。演習を通じて、こうした点は臨機応変に対応できるようになっておきたいところです。
※1 当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』では、当時の学説状況を踏まえて、前者の立場を採用しています(「宗教性が明確でない場合の「宗教的活動」(20条3項)該当性の判断基準」、「宗教性が明確な場合の「宗教的活動」(20条3項)該当性の判断基準」等の項目を参照)。
※2 当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』では、覚えてそのまま使えるよう、少し抽象化した考慮要素としています(「宗教性が明確な場合の「宗教的活動」(20条3項)該当性の考慮要素、判断方法
」の項目を参照)。