1.最決令7・2・26の解説の続きです。前回は、多数意見の立場を説明しました。今回は、宇賀克也反対意見について、みていきましょう。
2.宇賀克也反対意見は、公定幅運賃制度それ自体が合理性に乏しいという前提に立って、以下のように述べています。
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(最決令7・2・26における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。) 1 公定幅運賃制度は、ダンピングといえるような採算割れの低料金で顧客を奪い合う価格競争の結果、タクシー業界の収益が悪化すると、歩合制が主流のタクシー業界では、タクシー事業者の収益の減少を補うために、タクシー運転者の労働時間が長期化し、乗客の安全性も損なわれるおそれがあることから、かかる事態を回避する目的で設けられたものと解すべきである。そして、タクシー運転者が過重労働になる傾向があるとしても、その要因は歩合制にあるから、それについては、本来、労働時間の規制、固定給の割合の増加等の労働規制で対処すべきであって、公定幅運賃制度という価格規制で対処することは合理性に乏しいから、同制度については、営業の自由を過度に制約しないような解釈が特に求められるというべきである。したがって、国土交通大臣等が、公定幅運賃を設定するに当たり、それまで能率的な経営の下に適正な原価に適正な利潤を加えた運賃で営業してきたタクシー事業者の届け出た運賃であって、それを認めることによって同業者との競争が激化することが想定されず、また、当該タクシー事業者においても安全性の低下が懸念されないような場合にまで、当該運賃を違法として認めないことは、上記の公定幅運賃制度の趣旨を逸脱し、営業の自由に対する過度な制約となるものとして許されないというべきである。 (引用終わり) |
前回の記事でみたとおり、多数意見は、公定幅運賃制度の趣旨に関する立法府の判断を尊重する前提に立っていました。公定幅運賃制度によって供給過剰を解消・予防することがタクシー運転者の労働条件の悪化等に伴う輸送のサービス及び安全性の低下の回避のために必要かつ合理的である、すなわち、合憲的な営業の自由の制限として許容されると考えるのであれば、同制度の定める範囲において営業の自由が制限を受けることは当然に織り込まれているといえるわけですから、重ねて特措法の定める要件を加重するような考慮は不要だよね、というのが自然な帰結です。これに対して、宇賀克也裁判官は、そもそも公定幅運賃制度の趣旨に関する立法府の判断はおかしいだろ、と言っているわけですね。その前提に立つなら、特措法の要件だけでは不合理な結果になるから、営業の自由を侵害しないよう特別の考慮が必要だ、という帰結になるのが自然です。多数意見と反対意見とは、公定幅運賃制度の趣旨に関する立法府の判断をどのように評価するかという前提部分で対立しており、それが結論を分けているといえるでしょう。
本判例の事案では、公定幅運賃制度の変更に関する裁量逸脱濫用が問題となっていましたから、上記反対意見もその観点から説明していますが、これは実質において公定幅運賃制度自体が違憲であると言っているようなものです。同制度については、憲法22条1項に違反する旨の違憲論も有力です(阿部泰隆『行政法の解釈(4)』(信山社 2019年)88頁以下、渡辺昭成「タクシー事業に対する運賃規制および参入・増車規制の問題点」舟田正之先生古稀祝賀『経済法の現代的課題』(有斐閣 2017年)598~601頁)。なので、このテーマは、憲法分野の問題として出題される可能性も、相当程度あると思います。その際には、上記反対意見の指摘する、「タクシー運転者が過重労働になる傾向があるとしても、その要因は歩合制にあるから、それについては、本来、労働時間の規制、固定給の割合の増加等の労働規制で対処すべきであって、公定幅運賃制度という価格規制で対処することは合理性に乏しい」という点、すなわち、供給過剰→価格競争→運転者の労働条件の悪化→安全性低下という関連性が実質的なものか、他の選び得る手段はないか等の観点を指摘できるかがポイントになるでしょう。規制目的との関連でいえば、主たる目的を安全性の確保にあると捉えれば、警察(消極)規制とみることになるでしょうが、供給過剰による価格競争からタクシー事業者を保護する目的、あるいは、サービスの向上による消費者(乗客)保護の目的も含まれているとみれば、積極規制の要素が含まれているともいえそうです。中間目的と捉えて規制態様を加味する立場からは、運賃という職業活動の内容・態様の規制にとどまるとして小売市場基準を採用するという立場と、参入自体断念させかねない強力な規制とみて薬事法基準を採用するという立場が考えられるでしょう。また、中間目的と捉えた上で客観条件か主観条件かで区別する立場からは、公定幅の枠外の運賃はいかに努力しても設定できないとして客観条件とみることになりそうですが、公定幅の枠内の運賃でも利益が出るよう事業者が努力して営業すればよいのだから主観条件とみる余地もないわけではなさそうです。
3.上記のように、宇賀克也反対意見は制限的な解釈運用を要するとの立場を前提とするので、当然のように個別事情を考慮します。
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(最決令7・2・26における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。) 2 相手方らが同業者と比較して低額の運賃を設定できるのは、予約送迎中心の営業形態により、特定の固定客を主な取引先とするなどして相応の利益を確保しているとみられるからであって、そのような運賃の設定により、過度の運賃値下げによる不当な競争を惹起するものではない。そして、相手方らは、上記のとおり、一般のタクシー事業者とは異なるビジネスモデルで営業しており、競合するのは同業者というよりも、バス、ハイヤー、鉄道等であるといえるから、本件総括原価方式の下で算定された下限運賃を下回る運賃を認めたとしても、同業者との競争を激化させることは想定しがたい。また、相手方らにおいては、上記のとおり相応の利益を確保しているのであるから、従前どおりの運賃での営業を認めたとしても、それにより相手方らのタクシー運転者が過重労働となり、乗客の安全性が低下する懸念もないと考えられる。ところが、本件変更により大幅な公定幅運賃の改定が行われ、本件旧公定幅運賃の上限が本件公定幅運賃の下限を大きく下回ることになった結果、相手方らは、従前どおりの運賃で営業することができなくなり、同業者ではなく、バス、ハイヤー、鉄道等への切替えによる予約客の大幅な減少による経営危機に陥るおそれがある。 (引用終わり) |
上記のような事実の評価は、当てはめの参考になるでしょう。もっとも、仮に上記のように考えるとすると、関東運輸局長は、公定幅運賃を設定する際に、今回問題になった事業者だけでなく、あらゆる事業者について、上記のような個別事情があるかないかを調査しなければ公定幅運賃を変更できないことになりそうです。実務的にはそんなのやってらんないだろ、という感じがします。また、仮に、ある事業者の個別事情を考慮して、通常より低い公定幅運賃を設定した場合、そのような個別事情のない事業者もその低い運賃を設定できるようになるでしょう。それでいいのだろうか、という疑問が生じます。そのような点について、宇賀克也反対意見は何ら触れていません。個別に事業者からの運賃の申請を受け、個別に審査して認可するという制度であれば、その事業者に限って例外的に低い運賃を認可する、という取扱いが可能です。しかし、公定幅運賃というのは、その地域全体に一律に適用されるものなので、個別事情を考慮して上限・下限を設定するというのは、制度の仕組みにそぐわないのではないか。このような点は、多数意見を支持する方向の理由付けとなるでしょう。
4.多数意見が、特措法の規定ぶりからして個別事情を考慮する感じじゃないだろ、と言っていたのに対して、宇賀克也反対意見は、特措法16条2項1号の「標準とすること」という文言から、個別事情の考慮が許容されているとも述べています。
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(最決令7・2・26における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。) また、特措法16条2項1号の「標準とすること」という文言は、本件で用いられた総括原価方式による基準の画一的な適用を義務付けるものではなく、上記のような事情がある場合には、柔軟な運賃設定を認める趣旨と解すべきである。 (引用終わり) |
改めて、特措法16条をみてみましょう。
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(参照条文)特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法 (運賃の範囲の指定) |
「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自動車運送事業者が行う一般乗用旅客自動車運送事業に係る適正な原価に適正な利潤を加えた運賃とすること」ではなく、「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自動車運送事業者が行う一般乗用旅客自動車運送事業に係る適正な原価に適正な利潤を加えた運賃を『標準とする』こと」となっているのだから、これは一応の原則ないし目安であって、個別事情を考慮してそれと違う運賃に設定することも許す趣旨と読めるだろ、というわけです。本試験で同様の文言を用いる法令が出題されたときに、文言解釈の参考となるでしょう。もっとも、「標準とする」というのは、タクシー事業全体にわたる一般的な例外要素(例えば、コロナ禍による事業環境の激変など)の考慮を許す趣旨とはいえても、個々の事業者ごとの個別事情を考慮して異なる運賃を設定せよ、という趣旨とまではいえないのではないか、という考え方も十分成り立ち得るところであり、そのような考え方は、多数意見を支持する方向の理由付けとなるでしょう。
5.以上のような理由から、宇賀克也反対意見は、本件変更を違法と結論付けています。
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(最決令7・2・26における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。) 以上によれば、本件変更は、相手方らのようなタクシー事業者に与える影響に対する配慮を欠くものであり、公定幅運賃制度の趣旨を逸脱し、営業の自由に対する過度な制約をするものとして違法であるというべきである。 (引用終わり) |
さらに、宇賀克也反対意見は、公定幅運賃の変更とは別に、運賃変更命令に係る効果裁量の逸脱・濫用についても触れています。この点も、本試験で個別法の効果裁量に関する解釈が問われた際の参考となるでしょう。
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(最決令7・2・26における宇賀克也反対意見より引用。太字強調は筆者。)
3 また、準特定地域の指定は、タクシー事業が「供給過剰となるおそれ」(特措法3条の2第1項)があることが要件となっており、その事由がなくなったと認めるときは、同指定を解除するものとされているのであって(同法3条3項、3条の2第2項)、公定幅運賃制度による運賃の設定に対する制限は、当該地域においてタクシー事業が供給過剰となるおそれがあることが前提になっている。 4 以上によれば、相手方らの運賃変更命令の仮の差止めを求める申立てにつき、「本案について理由があるとみえるとき」に当たり、仮の差止めが認められるべきである。 (引用終わり) |
6.本試験で類似事案が出題される場合には、反対の見解を想定した解答が求められることでしょう。そのような場合に備えて、宇賀克也反対意見のような考え方も、一応理解しておくと、解答の指針が立てやすくなると思います。