1.最決令7・2・26の解説の続きです。準特定地域における公定幅運賃が変更されたのだけれど、それに不服な事業者が、敢えて公定幅運賃の範囲外の運賃を届け出て、どうせ食らうであろう運賃変更命令等について、先手を打って差止訴訟の提起及び仮の差止めの申立てを行った事案だったよね、という話でした。今回は、事案の詳細をみていきます。
2.差止訴訟の提起及び仮の差止めの申立てをしたのは、準特定地域に指定された区域内に営業所を有しているタクシー事業者です。ちなみに、「相手方ら」と表記されているのは、国側が許可抗告した事案なので、抗告人に対する「相手方」の地位にあるためです(※)。
※ 厳密には、タクシー事業者側は運賃変更命令の他にも事業停止命令、事業許可取消処分、輸送施設の使用停止処分等の複数の不利益処分を対象にしており、第1審(東京地決令5・2・28)が、そのうちの運賃変更命令及び事業許可取消処分について仮の差止めを命じ、これに対して国が即時抗告し、抗告審は事業許可取消処分に係る部分については原決定を取り消して仮の差止めの申立てを却下し、運賃変更命令に係る部分については抗告を棄却したため、抗告人である国が許可抗告をしたという事案です。
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(最決令7・2・26より引用。太字強調は筆者。) 2 記録によれば、本件の経緯等は次のとおりである。 (1) 相手方らは、道路運送法(令和5年法律第18号による改正前のもの。以下同じ。)4条1項所定の許可を受けたタクシー事業者であり、タクシー事業が供給過剰となるおそれがあるなどとして、特措法3条の2第1項に基づき準特定地域として指定されている東京都特別区、三鷹市及び武蔵野市から成る区域(以下「本件交通圏」という。)内に営業所を有している。 (引用終わり) |
タクシー事業が道路運送法4条1項の許可制になっていることを確認しておきましょう。
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(参照条文)道路運送法4条(一般旅客自動車運送事業の許可) 一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者は、国土交通大臣の許可を受けなければならない。 |
3.今回問題となった公定幅運賃の変更は、従来のものから引き上げるもので、それを行ったのは、権限の委任を受けた関東運輸局長でした。
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(最決令7・2・26より引用。太字強調は筆者。) (2) 国土交通大臣から権限の委任を受けた関東運輸局長(以下、国土交通大臣又はその権限の委任を受けた地方運輸局長を「国土交通大臣等」という。)は、平成26年2月、本件交通圏につき、適法に営業することができる運賃の範囲である公定幅運賃を指定し、令和元年8月30日、消費税の税率引上げを契機としてこれを変更した。 (3) 関東運輸局長は、令和4年10月11日、その適用日を同年11月14日として、本件交通圏における公定幅運賃を変更し(以下、この変更を「本件変更」といい、本件変更前の公定幅運賃を「本件旧公定幅運賃」、本件変更後の公定幅運賃を「本件公定幅運賃」という。)、これにより、本件交通圏における公定幅運賃は、上限及び下限のいずれについても、本件旧公定幅運賃より引き上げられることとなった。 (引用終わり) |
論文式試験で、本来の行政庁と処分をした行政機関が異なるときは、委任規定を確認する必要があります。公定幅運賃の指定・変更に係る委任について定めているのは、特措法の18条です。
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(参照条文)特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法18条(権限の委任) この法律に規定する国土交通大臣の権限は、国土交通省令で定めるところにより、地方運輸局長に委任することができる。 |
4.公定幅運賃の範囲の指定・変更に関する特措法の準則としては、原則である道路運送法の認可基準と同様の大枠があるだけで、その大枠を満たす範囲でどのような幅とするべきかについては、具体的な準則がありません。
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(参照条文) ◯特定地域及び準特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法 ◯道路運送法 9条の3(一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金) 附則 |
関東運輸局長は、公定幅運賃の具体的決定に裁量があることを前提に、事前に定められた裁量基準(審査基準)に依拠して、粛々と変更後の公定幅運賃を算出しました。そして、その算定自体は、特におかしくないとされています。
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(最決令7・2・26より引用。太字強調は筆者。) (4)ア.関東運輸局長は、「公定幅運賃の範囲の指定方法等について」(平成26年1月27日付け関東運輸局長公示)において、特定地域又は準特定地域における公定幅運賃の設定方法を、概要、次のとおり定めている(以下、この設定方法を「本件総括原価方式」という。)。 (ア) 公定幅運賃の上限は、当該地域に営業所を有するタクシー事業者のうち、小規模事業者、事故を多発している事業者、実働率の低い事業者等を除外して選定した「能率的な経営を行う標準的な一般乗用旅客自動車運送事業者」の中から、所定の基準に従い抽出したタクシー事業者(以下「原価計算対象事業者」という。)のタクシー事業に係る費用及び適正な利潤を算出し、これと同事業に係る運送収入が相償う運賃水準とする。 (イ) 公定幅運賃の下限は、原価計算対象事業者が特に効率的な経営を行った場合に収支が相償う運賃水準とするとの考え方に基づき、基本的には上記(ア)と同様の方法により算定するが、上記のタクシー事業に係る費用の算出に当たり、燃料油脂費、車両償却費、役員報酬等の特定の費用項目については、各原価計算対象事業者が要した費用のうち、最も低い水準のものを用いる。 イ.関東運輸局長は、本件総括原価方式により、本件公定幅運賃を定めたものであるところ、その計算過程に明らかな過誤又は欠落があるとは認められない。 (引用終わり) |
ざっくり言えば、マトモに稼働している事業者を抽出して費用と利潤が適正になるように算出した運賃を上限にし、各事業者の一番低い費用を用いて算出した運賃を下限とした、ということですね。乱暴な言い方をすれば、上限運賃は、「適正利潤以上になる運賃はボッタクリである。」という考え方、下限運賃は、「マトモな事業者がどんなに経営努力してもこれ以上下げられない費用よりもさらに安い運賃にするのは赤字覚悟のダンピングである。」という考え方といえるでしょう。
5.裁量基準に依拠した判断としておかしくないとしても、裁量基準は通常の場合を想定した場合なのだから、例外事情がある場合は、個別事情を考慮する義務があるのではないか。これが、個別事情考慮義務の論点でした(『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』「異なる取扱いをすべき特段の事情の判断基準」、「異なる取扱いをすべき特段の事情があるのに審査基準に依拠した場合」の各項目も参照)。
本件における例外的な個別事情とは、何か。それは、変更前の公定幅運賃の範囲内で事業を行っていた、という事情です。
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(最決令7・2・26より引用。太字強調は筆者。) (5) 相手方らは、本件変更前、本件旧公定幅運賃内の運賃を定めてタクシー事業を行っていたが、本件変更後の令和4年11月11日付けで、関東運輸局長に対し、本件旧公定幅運賃内ではあるが、本件公定幅運賃の下限を下回る運賃を定めて、これを届け出た(以下、この届出を「本件届出」という。)。 (引用終わり) |
これまで普通にタクシー事業を遂行していたのに、変更によってこれができなくなるのは、営業上の不利益が特に大きいのではないか。だから、これを個別事情として考慮すべきではないか。第1審及び原審は、まさにそのような考え方を採用したのでした。
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(最決令7・2・26より引用。太字強調は筆者。)
3.原審は、要旨次のとおり判断して、相手方らの運賃変更命令の仮の差止めを求める申立てを一部認容すべきものとした。 (引用終わり) |
ちなみに、上記の 「『一応』認められる」という表現は、疎明(37条の5第4項、25条5項)を意味しています。
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(参照条文)行政事件訴訟法 (執行停止) (仮の義務付け及び仮の差止め) |
6.受験対策との関係でいえば、論文式試験で類似の事案が出題された場合に、問題文から変更前の公定幅運賃の範囲内で事業を行っていたという事実を抽出して、個別事情考慮義務の論点を書く、ということになるわけですね。問題提起に配点があるのは、このような場合です。論証として暗記している「~が問題となる。」式の問題提起とは違い、事例分析が前提になっていることが重要です。
さて、これに対して最高裁がどう判断したか。これは次回、説明したいと思います。