1.今回は、論文の合計得点のバラ付きをみていきます。得点のバラ付きを示す指標が、標準偏差です。論文式試験の得点は、各科目について得点調整(採点格差調整)がされるため、各科目の得点の標準偏差は毎年常に同じ数字です(法務省の資料で「配点率」と表記されているものに相当し、得点分布から逆算する方法によって10に設定されていることが分かっています。)。しかし、各科目の得点を足し合わせた合計点の標準偏差は、年によって変動し得る。そのことは、以下の表をみれば分かります。憲民刑の3科目、100点満点で、ABCの3人の受験生が受験したと想定した場合の得点の例です。
| 表1 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
| 受験生A | 90 | 10 | 50 | 150 |
| 受験生B | 50 | 90 | 10 | 150 |
| 受験生C | 10 | 50 | 90 | 150 |
表1では、各科目ではABCに得点差が付いていますが、合計得点は全員一緒です。ある科目で高得点を取っても、他の科目で点を落としたり、平凡な点数にとどまったりしているからです。
| 表2 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
| 受験生A | 90 | 90 | 90 | 270 |
| 受験生B | 50 | 50 | 50 | 150 |
| 受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
表2も、各科目の得点のバラ付きの程度は、表1の場合と同じです。しかし、合計得点に大きな差が付いている。これは、ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取るという、強い相関性があるからです。このように、各科目の得点のバラ付きが一定であっても、合計得点のバラ付きは変動し得るのです。そして、そのバラ付きの大小は、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という相関性の強弱を示すものでもあるといえます。
2.実際の数字を見てみましょう。以下は、法務省の公表する資料から算出した平成26年以降の論文式試験の合計得点の標準偏差の推移です。標準偏差の数字は、大きければバラ付きが大きく、小さければバラ付きが小さいことを示します。
| 年 | 論文式試験 合計得点 標準偏差 |
| 平成26 | 71.5 |
| 平成27 | 78.1 |
| 平成28 | 80.4 |
| 平成29 | 81.0 |
| 平成30 | 76.3 |
| 令和元 | 81.1 |
| 令和2 | 83.3 |
| 令和3 | 83.0 |
| 令和4 | 85.3 |
| 令和5 | 86.3 |
| 令和6 | 80.6 |
| 令和7 | 83.9 |
令和元年以降、80を超える高い標準偏差が常態化していることが分かります。一昨年は、平成26年以降で最大の標準偏差でした。これは、「ある科目で高得点を取る人は、他の科目も高得点を取り、ある科目で低い得点を取る人は、他の科目も低い得点を取る。」という科目間の相関性が強くなっていることを意味します。このことは、当サイトが繰り返し説明している、基本論点について規範を明示し、事実を摘示して解答するという答案スタイルが確立していれば、どの科目も安定して得点できるという最近の傾向と符合します(※)。逆にいえば、そのような答案スタイルを確立していない「受かりにくい人」は、どの科目も得点できないので、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則が成立するのでした。
※ 当サイトでは、当初から、論文には「受かりにくい者は、何度受けても受かりにくい。」法則がある、と指摘し続けてきました。そして、その正体として、規範明示等を強調するようになったのが、平成26年辺りからで(「平成26年司法試験の結果について(9)」)、規範明示・事実摘示に特化した参考答案を掲載するようになったのが、平成27年からです(「平成27年司法試験論文式公法系第1問参考答案」)。それ以降、急激に標準偏差が上昇していることは、これらの情報に接することで規範明示・事実摘示重視の答案を書く人と、これらの情報に接することなく、従来どおりの答案スタイルを維持する人の差が拡大したことによるとみて矛盾がありません。
3.以下は、直近5年の短答合格者ベースの論文合格率の推移です。
| 年 (令和) |
論文 合格率 |
| 3 | 53.1% |
| 4 | 56.2% |
| 5 | 56.5% |
| 6 | 53.8% |
| 7 | 54.4% |
直近では、5割を超える高い合格率が続いています。合格率がここまで高くなってくると、逆に、「どんな答案を書いたら落ちるんだよ。」と思うところですが、単純に基本論点をポロポロ落とす明らかな勉強不足のケースを除けば、その典型的なイメージは、「規範を明示せずにいきなり当てはめに入る答案」(規範欠落型)、「当てはめで事実を摘示しない答案」(事実欠落型)です。この種の答案は、単純に文字数が少なく、一見して「スカスカ」な感じのものもあれば、それなりの文字数を書いており、自分の理解を自分の言葉で書く部分が非常に多いため、一見するとすごく良い答案に見えるが、よく見ると規範と事実を答案に示していない(本人は当然の前提だと思って省略している。)ので、配点を取りようがない、というものがあります。前者は、論点を幅広く拾う反面で当てはめが薄いというスタイルで受かってしまった予備試験の合格者や、「あらすじ答案」がもてはやされた旧試験時代からの受験生に多く、後者は、「自分の言葉で本質を書きなさい。」等と誤った指導を受けがちな法科大学院修了生に多い傾向があります。それから、問題提起や趣旨からの論証を重視する予備校等で学んだ受験生に多いのが、「問題提起や趣旨からの理由付けを書いていたら時間がなくなって、規範明示・事実摘示を省略せざるを得なくなった。」とみえる答案です。合格率がこれだけ高くなっても、この種の答案を書いていると、なかなか受かりません。心当たりのある人は、意識して修正すべきでしょう。最後の例については、問題提起や趣旨からの理由付けを省略して、端的に規範を明示するスタイルにすれば、あっさり合格することが多く、分かりやすく修正の効果が出る例です。このことは、単純な答案スタイルの問題であって、「地頭の良さ」等は関係がありません。どんなに頭の回転が速い人でも、受かりやすい答案スタイルで書いていないと、普通に不合格になる。これが、論文式試験の怖さです。