「共謀に基づく実行」の要件について

1.共同正犯の要件について、学説上は様々な整理があります(受験生向けの解説として、「共同正犯の論証パターン」『特集:刑法研究者が作った論証パターン』法学セミナー839号(2024年 日本評論社)21~24頁[豊田兼彦]参照)が、多くの受験生が、「共謀」、「正犯意思」ないし「正犯性」、「共謀に基づく実行」の3つを要件として覚えていることでしょう。「共謀」と「共謀に基づく実行」の2要件とする場合であっても、「共謀」要件の中で「正犯意思」ないし「正犯性」を検討することになるので、実質は同じです。もっとも、平成24年司法試験論文式試験問題出題趣旨では、「いわゆる共謀共同正犯の成否が問題となるが、検討を行う際には、問題文中に現れている具体的な事実を丁寧に拾い上げて、共謀の成否(特に犯罪を行う意思の相互認識、相互利用補充意思)及び乙の正犯性を論じる必要がある。」と指摘されており、共謀と正犯性(正犯意思)を区別しているので、両者を分ける方が配点項目を答案上明瞭にする意味でも、受験対策としては適切だろうと思います。 当サイト作成の『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』では「正犯意思」を要件としつつ、その判断基準において、「重要な役割」に置き換える立場を採用しています(「正犯意思の判断基準」の項目を参照)が、これは実務の説明の仕方(司法研修所編『難解な法律概念と裁判員裁判』(法曹会 2009年)58頁)に依拠したものです。令和3年司法試験論文式試験出題の趣旨では、「共同正犯と幇助犯の区別基準としては、自己の犯罪を遂行する意思(正犯意思)で犯行に加わっているかによって区別する立場、犯行において客観的に重要な因果的寄与を果たしたといえるかを基準とする立場、他の関与者の行為を支配する地位にあったかを基準とする立場などがある」とされていて、判断基準はどれでもよいという立場が示されています。 なお、実際の答案では、「共同正犯と幇助の区別」という論点の立て方ではなく、先に共同正犯を検討して、共謀ないし正犯意思(正犯性)を欠くことから、幇助の要件を検討する、という流れになるでしょう。
 ちなみに、「共謀と正犯性を分けるのは実務ではない。」などと一部で言われているようですが、これは誤解に基づくものだと思います。一般に、実務では、いわゆる支配型の共同正犯では共謀の立証があればほぼ自動的に背後者に正犯意思が認定できますが、対等型の共同正犯では、両者を別個に認定すべき場合が多いとされます(植村立郎『実践的刑事事実認定と情況証拠(第4版)』 (立花書房 2020年)415頁)。「共謀と正犯性を分けるのは実務ではない。」というのは、支配型共同正犯において積極には共謀の認定しかされていない(共謀の認定が同時に正犯意思の認定を意味することから、省略されている。)ことに由来すると思われるのですが、正しい指摘ではないと思います。また、「行為共同説を採らなければ共謀と正犯性を分ける説は取れない。」などとも一部で言われているようですが、上記のとおり、部分的犯罪共同説(シャクティ事件決定、インスリン不投与指示事件決定等参照)を採用する実務でも、共謀と正犯性を分けており、正しい指摘ではないと思います。前掲法学セミナー839号21~24頁においても、そのような指摘はされていません。

2.さて、問題は、「共謀に基づく実行」の要件です。これは、具体的には、「共謀に参加した者の少なくとも1人の実行」を意味します。この点については、ほぼ争いがないといってよいでしょう(大塚裕史ほか『基本刑法1総論[第3版]』(2019年 日本評論社)324頁[十河太朗]、前掲法学セミナー839号22頁参照)。簡単な事例をベースにして説明しましょう。

【事例1】

 甲乙丙が共謀し、丙が犯罪を実行した。

 事例1で、「共謀に基づく実行」の当てはめとしては、丙が共謀に基づいて犯罪を実行したことを示さなければなりません。すなわち、「共謀に基づく実行」を行う主体は、丙だけであって、甲乙ではない。「甲が共謀に基づいて犯罪を実行したか。」や「乙が共謀に基づいて犯罪を実行したか。」を検討するのは、「共謀に基づく実行」の要件の意味を理解していないものとして、厳しい評価になる可能性が高いでしょう。仮に、「甲は結果に対して重要な因果的寄与をしたから、甲は『共謀に基づいて犯罪を実行』したといえる。」というような理解に立つのであれば、それは明らかに通説とは異なる理解ですから、特別な説明をする必要があるでしょう。最近、この点について、あたかも、「甲は結果に対して重要な因果的寄与をしたから、甲は『共謀に基づいて犯罪を実行』したといえる。」というような理解に立っているかのような記載をする受験生向けの本があるようですので、注意を要します。当サイトでは、『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』を作成するに当たり、この点について文献調査をした経験があります。少なくとも、当サイトが学術体系書や学術論文を調査した限りでは、実行行為を行っていない背後者である甲について、「甲は結果に対して重要な因果的寄与をしたから、甲は『共謀に基づいて犯罪を実行』したといえる。」というような理解を積極に主張するものはなく、そのような理解を記載しているのは、当サイトが知る限り、予備校本、受験生ないし合格者の自作論証集、学者が執筆したとされる受験生向けの受験対策本だけです。

3.上記の理解は、「共同正犯関係の解消」の論点(「解消」と「離脱」の用語法については、『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』「離脱による共犯関係の解消」の項目を参照)にも影響します。以下の事例をベースにして考えてみましょう。

【事例2】

 甲が犯行を計画し、甲乙丙において、その犯行計画を乙丙が実行するという内容の共謀を遂げたが、犯行当日に乙は離脱したため、丙がひとりで犯罪を実行した。

 事例2で、乙の離脱による共同正犯関係の解消を「共謀に基づく実行」の要件で検討しようとする答案がみられます。そのような答案は、「共謀に基づく実行」を行う主体を誰にしているかによって、2つの類型に分けることができます。
 1つは、「離脱した以上、乙は『共謀に基づく実行』を行ったとはいえない。」とするものです。この答案が不適切であることは、上記2で説明したとおりです。事例2で「共謀に基づく実行」をしているのは、丙だけであって、乙は離脱したか否かに関係なく、「共謀に基づく実行」なんてしていません。
 もう1つは、「乙の離脱により、丙は『共謀に基づく実行』を行っていないといえるから、乙に共同正犯は成立しない。」とするものです。この答案は、上記2で説明した点はクリアしています。しかし、「丙は『共謀に基づく実行』を行っていない」と認定してしまうのはマズい。これでは、「共謀に基づく実行」を誰も行っていないことになる。そうなると、離脱していない甲との関係でも、「丙は『共謀に基づく実行』を行っていないといえるから、甲に共同正犯は成立しない。」という結論になってしまうでしょう(後記のとおり、十河説はこの帰結を認めますが、通説とはいえません。)。これは、答案の形式で書くと、より明確な論理矛盾となって顕れます。事例2に関する下記の答案例を見ると、それが明瞭です。

【答案例】

第1.丙の罪責

 ……(略)……。
 よって、丙は、〇〇罪の罪責を負う。

第2.甲の罪責

 ……(略)……。
 上記共謀に基づいて丙が~しているから、丙は「共謀に基づく実行」をしたといえる。
 ……(略)……。
 以上から、甲は〇〇罪について丙と共同正犯となる。
 よって、甲は、〇〇罪の罪責を負う。

第3.乙の罪責

 ……(略)……。
 上記のとおり、乙は離脱したから、丙は「共謀に基づく実行」をしたとはいえない。
 以上から、乙について〇〇罪の共同正犯は成立しない。
 ……(略)……。

以上

 該当箇所だけを抜粋すると明らかなとおり、丙が「共謀に基づく実行」をしたか、という点において、同じ答案で認定が矛盾しています。過去の採点傾向から、本試験では、このような答案はとても厳しい評価を受ける場合があることが分かっています。「共謀に基づく実行」の要件で離脱を検討するのは、このような意味でも、適切とはいえないのです。
 ちなみに、共犯関係の解消を共謀の射程とパラレルに理解し、「共謀に基づく実行」の要件に位置付ける学者として、十河太朗教授がいます。同教授は、「共犯関係の解消の有無は、実行行為が当初の共謀に基づいて行われたといえるか、それとも、当初の共謀とは別の新たな共謀ないし犯意に基づいて実行行為が行われたかという基準により判断するのが、妥当であると思われる。」と明言します(十河太朗「共謀の射程と共同正犯関係の解消」同志社法学67巻4号(2015年) 399頁)。しかし、この説は、因果性の遮断という観点だけで説明することに疑問を呈する立場(前掲十河390、393頁)を前提に、離脱によって当初の共謀が雲散霧消し、離脱後の残余者による犯行は当初の共謀に基づかない別個の犯行であるとする考え方です。事例2でいえば、「当初の甲乙丙の共謀は乙丙がタッグを組んで実行することを前提にしていたのだから、乙が離脱した時点で当初の共謀は実現不能になった。だから、丙の犯行は当初の共謀に基づくものでなく、丙の独断によるものである。ゆえに、丙は『共謀に基づく実行』をしたとはいえない。」と説明するわけですね。そうなると、当然ながら、甲に(共謀)共同正犯は成立しない。これはこれで一貫した考え方ではありますが、通説とは異なるでしょう。なので、仮に、このような学説を採用するのであれば、その旨を答案で説明しなければならない。「十河説があるから、『共謀に基づく実行』で離脱を検討してもいいんです。」とは全然いえません。

4.共同正犯の要件と各論点との関係については、意外なほどに基本書では記述が欠けており、犯罪共同説と行為共同説の対立をどの要件で書けばよいか、承継的共同正犯をどの要件で書けばよいか、などについて、困惑している受験生は多いことでしょう。当サイトでは、『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』の作成に当たり、詳細な文献調査をして、この点を整理して論証化し、※注において、説明をしました。最後は宣伝のようになりましたが、気になる人は参考にしていただければ幸いです。

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