令和7年予備試験論文式刑法参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点がある。①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示すること。これが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。従来、当サイトでは、この①~③に特化した「参考答案(その1)」と、規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をした「参考答案(その2)」を示してきました。両者を示すことにより、「規範と事実」で書く答案がどのようなものか、規範の理由付け、事実の評価、応用論点等を書くとすればどうなるか、というイメージが具体化されるとともに、理想を追い求めて、規範の理由付け、事実の評価、応用論点等を書きに行くと、現実には絶対に書けない答案になる、ということも、実感できたのではないかと思います。
 当サイトとしては、上記のいわば両極ともいえる答案のイメージを具体化することについては、もう十分に達成できたと考えています。次の段階は、両者の中間に位置する現実的でリーズナブルな合格答案として、どのようなものをイメージすればよいのか。これを具体化することにある。そこで、今回からは、上記①~③をベースとしつつ、無理なく書ける範囲の現実的でリーズナブルな合格答案を示すこととしました。このことは、来年以降、CBT方式による実施となることで、「文字を小さくして、たくさんの文字を書く。」とか、「1行に無理やり2行の文章を書き込む。」というようなテクニックが使えなくなるため、文字数の制限をより意識しなければならなくなることからも、意味のあることだろうと思っています。

2.刑法は、論述の取捨選択と適切な事実摘示ができたかで、合否が分かれるでしょう。余計な抽象論を書いている暇は全くないので、理由付けと規範をまとめて覚えていたとしても、理由付けは省いて規範部分だけ書く。規範の明示も、すべての論点でやっていたら時間・紙幅が足りないので、配点が高いと思われる部分に絞る必要があります。
 設問1は、「他人の物」で代金200万円が支払済みであることを摘示したか、横領成立時が移転登記を了した7月15日であることを摘示したか、Aへの売却の事実の有無が本件山林購入の判断の基礎となる重要な事項であったことを基礎付ける事実を摘示したか、故意の認定で、乙がわざわざ甲に明言したことを指摘しているか等で差が付くでしょう。形式的個別財産説か実質的個別財産説か、なんていう抽象論なんて書いてる暇はありません。なお、形式的個別財産説を採用して詐欺罪の成立を肯定したとされる東京高判昭48・11・20とは異なり、実質的個別財産説からは詐欺罪は成立しないと説明されている(松原芳博『刑法各論[第3版]』(日本評論社 2024年)360頁)ので、実質的個別財産説を採用する旨を答案で明言しつつ、簡単に詐欺罪を成立させてしまうと、評価を落とすでしょう。
 設問2は、丙の正犯意思の当てはめでどれだけ事実を摘示できるかで、合否が分かれそうです。前半でAが無駄に暴れているのは、ここで使うためなのですね。以前にXの投稿で説明したとおり、ここには応用論点が隠れています。1つは、Aに対する不能犯論に基づく殺人未遂罪の成否です。ここは、人間ではなくAそっくりの人形だったなら、と考えると理解しやすいところ。「人形の場合には誰も死んでないから殺人未遂を検討するのは分かるけど、本問では実際にBCが死んでるんだから問題にならないんじゃないの?」と思うかもしれませんが、そうではありません。Aの生命に対する危険は、「仮にBCではなくAだったなら。」という仮定的危険であって、「仮に人形ではなくAだったなら。」という典型的不能犯の場合と同じ構造なので、やっぱり問題になるのです。BCが生身の人間かどうかは、関係がない。不能犯論を当てはめると、具体的危険説からは、一般人の認識可能性の認定次第でどちらもありそうです。他方、修正客観説からは、AとBCが入れ替わったのは、たまたま急用ができたという偶然によるもので、実際にAがひき殺されたかもしれない危険があったという意味で、未遂犯の成立が肯定できそう。Aに対する殺人未遂罪が成立するとなれば、「その未遂って中止未遂なの?障害未遂なの?」という問題が生じる。丙が「やめろ。そいつはAじゃない。」と叫んだことは、ここで意味を持ちます。結論としては、仮定的危険を除去できていないので、「中止した」の要件を欠いて中止犯にはならないということになるのでしょう。このように、不能犯論→Aに対する殺人未遂罪成立→中止犯の成否という筋以外では、中止犯を論じるべき場合はありません。書いても余事記載でしょう。結果が発生してしまった場合について、かつては従来型の責任減少説の立場から類推適用論が存在しましたが、現在は積極に主張する論者はほとんどいませんから、BCが死亡したが中止未遂規定を類推できないか、という論点は、書いても点にならないと思います(『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』「従来型違法・責任減少説批判」、「結果が発生した場合に43条ただし書適用の余地はあるか」等の項目を参照)。もう1つ、丙がAではないと気が付いたことが意味を持つ応用論点があります。それは、「着手時には故意があったが、実行行為の中途で故意を失った場合に、なお結果について故意犯が成立するか。」(着手限定故意ないし故意の喪失)という論点です。類似論点として、実行行為の途中で心神喪失になった場合の原自行為の論点がありますね。本問は共犯が絡むので分かりにくいのですが、単独犯に置き換えると、「丙は、ダンプカーを急発進させた後、A車から降り立った人物がAではなく子供を背負った見知らぬ人物であることに気付いたため、慌ててブレーキを踏もうとしたが、誤ってアクセルを踏み込んで同ダンプカーを加速させB及びCに同ダンプカーの前部を衝突させてれき過させた。」という感じになります。さて、この場合、誤ってアクセルを踏み込んだ行為は過失行為となるわけですが、故意既遂犯を認めることはできるでしょうか。ここで実行の着手論が関係してきます。丙が人違いに気付く以前のダンプカー急発進時に着手が認められたなら、どうか。この場合、ダンプカーを急発進させる行為を実行行為と捉えてBC死亡との間の因果関係を肯定できれば、問題なく故意既遂犯が成立することが分かるでしょう。丙が人違いに気付いた後の非故意行為は、介在事情として処理するわけですね。これを理解した上で本問をみると、丙が人違いに気付いた後の乙の行為も、共謀に基づく以上は客観的には丙に帰属するわけですが、主観的帰属という点でみると、丙は「A車から降り立ったAではない子供を背負った見知らぬ人物」の死亡の認容を喪失していますので、丙が人違いに気付いた後の乙の行為については故意がなく、過失犯になりかねない。なので、それ以前の乙のダンプカー急発進行為に着手を認め、これを実行行為と捉えてBC死亡との間の因果関係を肯定できれば、丙に故意既遂犯を認めることができるだろう。そんなわけで、着手時期と因果関係が問題になりそうだね、ということになるのですが、こんなの誰も書けないし、書いてる時間・紙幅なんてないわけで、万が一気付いても、本気で書こうと思ってはいけません。書くとしても、参考答案のように、「丙はA車から降り立った人物がAでなく子供を背負った見知らぬ人物と気付いて認容を喪失したが、ダンプカー急発進後であるから、上記結論を左右しない。」という感じで簡単に触れる程度でしょう。「丙の故意が問題になるかも?」くらいは気付く人もいるかもしれなくて、この程度でも触れていれば、微妙に加点される可能性はありそうです。なお、本問は、「客体の錯誤と方法の錯誤の区別」や「実行共同正犯と共謀共同正犯の区別」が微妙な事例で、具体的符合説や実行共同正犯の要件と共謀共同正犯の要件を区別する説に立つと異常にめんどくさい問題になっています。その意図はよく分かりませんが、受験生通説と異なる説に立つ場合には、このような場合もあることを考慮すべきでしょう。自分ひとりだけ難易度が上がる学説選択は、適切とはいえません。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集刑法総論【第2版】』、『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』に準拠した部分です。

 

【参考答案】

第1.設問1

1.本件山林を乙に売却し移転登記を了した点につき横領罪(252条1項)を検討する。

(1)「占有」とは、委託信任関係に基づき、物を事実上又は法律上処分し得る支配力をいう。
 Aに売却し登記移転義務を負う点で委託信任関係に基づき、本件山林の登記は甲にあり、法律上処分し得る支配力があるから、「自己の占有」がある。

(2)本件山林は既にAに売却され、代金200万円が支払済みであるから、「他人の物」に当たる。

(3)「横領」とは、不法領得の意思を実現する一切の行為をいい、不法領得の意思とは、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできない処分をする意思をいう(判例)。
 乙への売却・移転登記は、Aへの権利移転・登記具備を不能とする点で委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできない処分であり、移転登記を了した7月15日にこれを確定的に実現して「横領」した。

(4)以上から、横領罪が成立する。

2.Aへの売却がないと乙に誤信させて300万円を受け取った点につき詐欺罪(246条1項)を検討する。

(1)欺く行為とは、財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう。
 乙は、甲が真の所有者であれば甲から本件山林を取得しようと考え、甲に「Aにあの山林を売却したという噂は本当か。」と尋ねた。これに対し、甲は、乙に「Aに売ったなんて噂…はうそだ。」と言って、Aへの売却の事実を偽った。以上から、Aへの売却の事実の有無は本件山林購入の判断の基礎となる重要な事項であったと評価でき、甲がこれを偽ったことは欺く行為に当たる。

(2)乙は、甲の言葉を信じ、甲から本件山林を購入することに決めた。上記(1)の欺く行為により錯誤に陥っていなければ、代金300万円を交付しなかったと評価でき、「人を欺いて財物を交付させた」といえる。詐欺罪は個別財産に対する罪であるから、対価が相当かは上記結論を左右しない。

(3)乙は、甲に「Aはやっかいな人物であると聞いている。もしあの山林がAに売却済みであればAと重大なトラブルになりかねないので、あなたとは取引しない。」と明言しており、Aへの売却の事実の有無が本件山林購入の判断の基礎となる重要な事項であったことにつき甲に認識・認容があったから、故意がある。

(4)本件山林の登記名義が甲であることを利用して、乙に本件山林を高値で売却して移転登記をすることによって儲けようと考えたから、不法領得の意思がある。

(5)以上から、詐欺罪が成立する。

3.よって、甲は、横領罪と詐欺罪の罪責を負い、併合罪(45条前段)となる。

第2.設問2

1.ダンプカー衝突・れき過でBCを死亡させた点につき殺人罪(199条)の共同正犯(60条)を検討する。
 「共同して犯罪を実行」とは、共謀、正犯意思、共謀に基づく実行があることをいう。

(1)丙は、Aを本件山林に呼び出した上、Aをダンプカーでひき殺すこととし、それを乙に実行させることを計画した。丙は、乙に事情を説明した上、上記犯行計画を伝え、乙はこれに応じた。共謀がある。

(2)正犯意思は、自己の犯罪といえる程度の重要な役割を果たしたかで判断する。

ア.乙は、ダンプカーを急発進・加速させてBCに衝突・れき過させる実行行為を行ったから、自己の犯罪といえる程度の重要な役割を果たしており、正犯意思がある。

イ.確かに、犯行当日の実行行為はすべて乙が行い、丙は本件工事現場の近くの物陰から様子を見ていたに過ぎない。
 しかし、Aは、8月上旬頃から、丙が営む会社事務所前路上にA車を停め、拡声器を用いて大音量で繰り返し怒声を張り上げ、丙は、このままでは本件山林一帯宅地造成工事やその後の住宅の建築・販売計画も立ちゆかなくなってしまうと考え、Aを殺害することを決意した。A殺害の動機は専ら丙にある。犯行は丙が計画し、丙が乙にもちかけた。Aを呼び出す電話をしたのも丙である。自己の犯罪といえる程度の重要な役割を果たしたと評価でき、正犯意思がある。

(3)確かに、上記アの共謀はAをひき殺すものであったが、乙はBCをひき殺した。
 しかし、乙は、A車が到着した状況を目撃し、西日の影響で、Cの存在には気付かず、降り立った人物の特徴までは分からなかったものの、この時刻に本件工事現場に来るのはA以外にはいないと考え、その人物がAであると思い、Aをひき殺すつもりでダンプカーを急発進・加速させたから、上記アの共謀に基づく実行がある。

(4)以上から、共同正犯関係が成立する。

2.丙は、乙に「やめろ。そいつはAじゃない。」と叫んだが、丙の声は乙まで届かなかったから、上記共同正犯関係は解消しない。

3.認識事実と発生事実が構成要件の枠内で一致する限り、故意がある(法定的符合説・判例)。構成要件の範囲で故意を抽象化する以上、故意の個数は問わない(数故意説・判例)。
 乙丙は、Aの死を認識してBCの死を実現しており、殺人罪の枠内で認識事実と発生事実が一致する。BC双方について殺人の故意がある。なお、丙はA車から降り立った人物がAでなく子供を背負った見知らぬ人物と気付いて認容を喪失したが、ダンプカー急発進後であるから、上記結論を左右しない。

4.よって、乙丙は、BCに対する2個の殺人罪の罪責を負い、両者は観念的競合(54条1項前段)となる。

以上

 

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