1.令和7年予備試験民法。全体として作りが雑で、設問1はややマイナーな百選判例(最判昭60・5・23)をそのまま出題しただけ、設問2(1)も、債権請求をわざわざ聞く意味ある?、という印象なのですが、設問2(2)に至っては、これはもう没問というほかないと思います。説明しましょう。
2.設問2(2)のうち、①は、債権法改正前の東京高判平18・3・30が賃貸借契約→差押え→賃料発生という時系列の事案で、当時の511条(現在の同条1項に概ね相当する。)を適用して相殺を否定したのに対し、債権法改正後は賃貸借契約が511条2項の「前の原因」に当たるから相殺できるよね、ということを問いたかったのでしょう(※1)。この点に関しては、賃貸借契約は、賃料や必要費との関係では「前の原因」といえるけれども、有益費との関係では「前の原因」とはいえない、というのがポイントでした
(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「「前の原因」(511条2項)の判断基準」の項目の※注を参照)。
※1 賃料債権の発生時期については、教科書レベルではほとんど記載がないと思いますが、㋐個々の具体的賃料債権を発生させる抽象的な基本債権と、㋑特定の金額の金銭債権である個々の具体的賃料債権があり、㋐は賃貸借契約と同時に発生するが、㋑は日々刻々の使用収益に対応して発生する、と考えるのが判例・通説とされています。学術論文や体系書でよく引用される著名な論文として、白石大「債権の発生時期に関する一考察(1)」早稲田法学88巻1号(2013年)
100~128頁があり、ネット上ですぐ読めます。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) ① Gは、令和7年7月1日、債権αを回収するため、債権βを差し押さえた。Iは、Gに対し、同月分以降のFに対する賃料債権を自働債権とし、債権βを受働債権とする相殺を対抗することができるかについて論じなさい。 (引用終わり) (参照条文)民法511条(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止) |
ところが、東京高判平18・3・30は未払賃料を自働債権とする相殺の事案だったのですが、本問は、将来賃料を自働債権とする相殺になっています。一般に、将来賃料に関する相殺ができるのは、将来賃料を受働債権とする場合です。この場合には、「本来はまだ発生していない債権なのだから相殺に供することはできないはずであるが、未発生賃料であっても任意に前払できると解されているのだから、期限の利益の放棄に準じて考えることができる。」という論理によって、相殺が肯定されていたのでした(『司法試験令和5年最新判例ノート』巻末付録論証集「未発生賃料債権を受働債権とする相殺の可否」の項目の※注を参照)。しかし、本問のように将来賃料を自働債権とする場合には、未発生賃料を相殺に供することがそもそもできません。Gへの対抗以前に、そもそもFとの関係で相殺適状にすらなっていない。これはもう、問題として成立していないといわざるを得ないでしょう。
3.次に、②ですが、「Lに対して、この差押えの効力を主張し」とわざわざ書いてあるところからみて、おそらく最判平10・3・24の理解を問うつもりだったのでしょう。その場合には、民事執行法151条を摘示できるかがポイントになるはずでした(『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』「将来賃料債権譲渡の効力は譲渡人(旧賃貸人)から賃貸人の地位を承継した者(新賃貸人)に及ぶか」の項目も参照)。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 14.Fは、Fの新規事業に関心を持つKの依頼を受けて、令和6年11月1日、Kに対し、賃料月額15万円を当月末日払として、Fの所有する戊土地を賃貸する契約を締結し、同日、戊土地をKに引き渡した。 15.しかし、その後、Fが体調を崩したことにより、Fの事業収入の減少傾向が続いた。Gは、期限を過ぎても債権αの弁済を受けられなかった。 16.Fは、令和7年8月1日、戊土地をLに売り渡し、その旨の登記がされた。 (中略) ② Gは、令和7年7月1日、債権αを回収するため、FのKに対する賃料債権を差し押さえた。Gが、Lに対して、この差押えの効力を主張し、【事実Ⅳ】14の賃貸借契約に基づく同年8月分以降の賃料債権をKから取り立てることができるかについて論じなさい。 (引用終わり) (最判平10・3・24より引用。太字強調は筆者。) 自己の所有建物を他に賃貸している者が第三者に右建物を譲渡した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれに伴って右第三者に移転するが(最高裁昭和35年(オ)第596号同39年8月28日第二小法廷判決・民集18巻7号1354頁参照)、建物所有者の債権者が賃料債権を差し押さえ、その効力が発生した後に、右所有者が建物を他に譲渡し賃貸人の地位が譲受人に移転した場合には、右譲受人は、建物の賃料債権を取得したことを差押債権に対抗することができないと解すべきである。けだし、建物の所有者を債務者とする賃料債権の差押えにより右所有者の建物自体の処分は妨げられないけれども、右差押えの効力は、差押債権者の債権及び執行費用の額を限度として、建物所有者が将来収受すべき賃料に及んでいるから(民事執行法151条)、右建物を譲渡する行為は、賃料債権の帰属の変更を伴う限りにおいて、将来における賃料債権の処分を禁止する差押えの効力に抵触するというべきだからである。 (引用終わり) (参照条文)民事執行法 |
ところが、上記判例は建物賃貸借の事案だったのですが、本問はこれを土地賃貸借の事案にしてしまいました。「建物賃貸借の事案だと敷地の問題が生じるから、土地の賃貸借にしちゃおうよ。」という安易な発想だったのかもしれません。それが悲劇を生みます。建物賃貸借とは異なり、土地賃貸借では、引渡しだけで対抗力を取得できません(借地借家法10条1項、31条対照)。本問では、土地の引渡しがあるだけで、Kが賃借権の対抗力を備えた旨の記載がないので、605条の2第1項による賃貸人の地位の移転は生じません(※2)。FL間で賃貸人の地位の移転の合意をした旨の記載もないので、605条の3による賃貸人の地位の移転も生じないだろう。そうなると、LがKに対して明渡し請求をしていない時点においては、賃貸借関係はいまだFK間で存立していることになります(※3)。そうだとすれば、Gは、「Lに対して、この差押えの効力を主張」する必要なんて全然ない。だからこれも、普通に考えて没問です。本当にありがとうございました。
※2 「賃貸目的物を譲渡した場合、特段の事情がない限り、賃貸人の地位も当然に移転する。」という判例法理は、賃借人が対抗力を備えていることを前提としており、それを明文化したものが、605条の2第1項です。なので、「賃借人が対抗力を備えていないから605条の2第1項の適用はないが、特段の事情がない限り賃貸人の地位が移転するとする判例法理によって賃貸人の地位が移転する。」という理解は誤りです。
※3 Lの立場としては、Fと賃貸人の地位の移転に係る合意をするか、Fに賃貸してKを転借人にするか、Kに明渡しを求めるか、という選択肢を持っているので、当然にFK間の関係は終了しないのです。Lへの戊土地売渡しにより直ちにFK賃貸借が終了するとして、差押え後の賃貸借終了に関する最判平24・9・4を参照すべきとする解説もあるようです。しかし、同判例は、賃借人が賃借物を譲り受けたことによって混同が生じ、当然に賃貸借関係が終了した事案(本問の登場人物でいえば、FがKに戊土地を譲渡した事案に相当する。)に関するものです。本問では、LがKに対して明渡し請求をしていない以上、当然に賃貸借関係が終了したとはいえませんから、そのような解説は適切とはいえないでしょう(同判例と上記最判平10・3・24の差異については、谷口哲「判批」早稲田大学法務研究論叢第1号(2016年)187~195頁を参照)。