1.司法試験の世界では、「文字数は関係ない。大事なのは本質だ。」とか、「俺は平均5頁で合格した。だから文字数は関係ない。」というような言説が定期的に流布されます。それが誤りであることは明らかなのですが、「そうかも。」と思ってしまう受験生もいるようです。そこで、この点について、整理して説明しておきましょう。
2.まず、「文字数は関係ない。」という命題の真偽について、これを文字どおりに捉えれば、「今年の漢字」のように、1文字で解答しても合格できる、という結論になります。そんなことあるわけない。なので、「文字数は関係ない。」という命題が偽であることは明らかなのです。このように言われると、「当たり前なことを言うな!最低限の文字数は必要に決まってるだろ!」と言いたくなるでしょう。そのとおり。このように、少し考えれば、「文字数は関係ない。」というのは乱暴であり、「合格点を取るために最低限必要な文字数は必要だ。」ということが容易に理解できるでしょう。では、「最低限必要な文字数」とは、どの程度なのか。これを厳密に測定することは難しいのですが、当サイトの経験則では、司法試験では3~4頁、予備試験では1.5頁程度ではないか、と感じています(1行は概ね30文字程度)。ここまでで分かることは、楷書で1文字1文字を丁寧に書いているなどして、試験時間内に司法試験で3~4頁、予備試験で1.5頁すら書き切れない人は、どんなに勉強しても、「書く文字数が足りない。」という物理的な理由によって、直ちに不合格になるだろう、ということです。そのような人に対してなすべき受験指導は、「文字を崩してもいいから、とにかく早く書く訓練をしましょう。」というものであって、「文字数は関係ないですよ。答案の文字数はそのままで、本質を理解する勉強をしましょう。」などと指導することは明確に誤りです。
3.さて、司法試験で3~4頁、予備試験で1.5頁程度が最低限必要な文字数だとしても、現実に試験現場で答案を書く、ということを考えるときには、それだけの文字数では合格できないのが普通です。試験現場では、配点表を見ながら書く、ということはできません。問題文から、配点を推測して書くしかない。必然的に、配点がない事項を論じてしまったり、より少ない文字数で足りるのに、過剰な文字数を投じてしまったり、ということが生じます。なので、それを見越したバッファが必要になる。当サイトの経験則では、安定して合格するには、司法試験で6頁、予備試験で3頁程度が必要で、これを下回ると、合格率が顕著に下がります。
上記のことから分かることは、配点事項を最低限の文字数で的確に捉えていけば、少ない文字数でも合格できる、ということです。この要素を、「論述の精度」と呼びましょう。あたかも配点表を見ながら書いているかのように、100%の精度で答案を書ける人は、最低限必要な文字数に近い文字数で合格できるでしょう。これに対し、精度の低い人は、合格するのにより多くの文字数を要することになる。もっとも、これは逆に考えれば、論述の精度が低くても、文字数をたくさん書くことによってカバーできることを示しているともいえるでしょう。「論述の精度」は、単純化すれば、1文字当たりの得点効率と考えることができます。これを数式のようにして表現するならば、論文の得点は、「論述の精度」×「文字数」で決まる。勉強法を考えるに当たっては、この2つの要素を考慮する必要があるのです。
4.司法試験で、平均4頁程度しか書いていない不合格者を考えましょう。この人には、2つの処方箋が考えられます。1つは、「論述の精度」を上げること。もう1つは、「文字数」を増やすことです。ローの教官等に相談すれば、ほとんどの場合、「論述の精度」を上げる方向で指導されるでしょう。しかし、ここで考えておきたいのは、一般に、「文字数」を増やす訓練の方が劇的に効果が出る、ということです。平均4頁程度の人が、平均6頁程度になるように訓練するのは、書く際の姿勢を考えるとか、早く書けるボールペンを選ぶとか、文字を崩すとか、意味が通る誤字脱字は直さない、といった単純な方法論を考えて実践すれば、多くの人が達成できることが分かっています(後記8のとおり、来年以降はタイピングを早くする方法論に対応します。)。重要なことは意識的に行うということで、逆にいえば、意識せずに漫然と「なんとなく早く書けたらいいなあ。」という程度では効果が出ません。意識的に訓練すれば、時間内に答案用紙に書ける文字数が目に見えて増えるので、自分でもすぐ効果が実感できます。しかも、これは特定の科目に限った話ではないので、書ける文字数が増加すれば、全科目で得点を上昇させることができる。これに対し、「論述の精度」を上げるのは、容易ではありません。まず、「論述の精度」をダイレクトに向上させる単純な方法論というものが存在しない。しかも、答案用紙の文字数が増える、というように視覚的に一目瞭然のものではないので、効果も実感しにくい。さらに、「規範と事実」のようなある程度共通の要素はあるものの、ある特定の科目について「論述の精度」が向上しても、直ちに他の科目に波及するという関係にないので、劇的な効果にはなりにくい。こうしたことを考慮すると、平均4頁程度しか書いていない不合格者に対して、まず指導すべきは、「時間内に最低でも6頁は書けるようにしましょう。」というものであって、「文字数は関係ないですよ。答案の文字数はそのままで、本質を理解する勉強をしましょう。」などと指導することは適切とはいえないことが分かるでしょう。
上記とは逆に、どの科目も8頁びっしり書いているのに、不合格になった、という人を考えてみましょう。まず、経験則として、このような不合格者は極めてまれです。ほとんどの場合、8頁びっしり書いていたら、合格してしまう。8頁びっしりということは、文字数の要素はマックスなので、不合格になるということは、「論述の精度」があり得ないくらい極端に低い、ということを意味しています。そのような人への処方箋は、ただ1つで、「論述の精度」を高めましょう、というだけです。極端に得点効率の悪い書き方をしているケースなので、普通の書き方に直すだけで、合格できます。その意味では、「論述の精度」を向上させやすい例外的ケースともいえるでしょう。具体的には、(短期)合格者に答案を見てもらって、「これ要らないでしょ。」という部分に印を付けてもらって、なぜそれが要らないかを理解し、今後はそれを書かないようにして、より得点効率の高い事項を書く、ということを意識して演習すれば、劇的に効果が出ます。最初の頃は、自分がこだわりを持って書いている部分を否定されて気分が悪いでしょうが、試験に受かりたければ、そういうものだ、と納得して実践するよりありません。
5.ここまでを理解すれば、冒頭で紹介した「文字数は関係ない。大事なのは本質だ。」とか、「俺は平均5頁で合格した。だから文字数は関係ない。」という言説が誤りであることは明らかでしょう。後者の言説についていえば、「5頁で合格できたのは、論述の精度が高かっただけだよね。」、「仮に当日肩を痛めていて、平均3頁しか書けなかったらさすがに受かってないよね。」、「平均5頁で合格できる論述の精度を持っていたのであれば、8頁びっしりならきっと1桁合格だったよね。もったいない。」などの意味において、文字数は大いに関係あるのです。同時に、「論述の精度」が低い人が、真似をして平均5頁で受かろうとしても、失敗する可能性が高いだろうという意味で、そのような言説を参考にするには注意が必要だ、といえるでしょう。
6.このように、時間内に書ける文字数は、合否を直接左右し得る重要な要素です。それにもかかわらず、一般に受験指導では軽視されやすい。ローの教官に、「今年1年で時間内に書ける文字数を倍にしました!」などと嬉々として報告しても、「お前何やってんの?」とバカにされるでしょう。しかし実際には、時間内に書ける文字数が倍になれば、鼻血が噴出するくらい劇的に効果があります。また、若手の短期合格者には時間内に文字を書きまくることに長けた「大魔神」が多いのですが、自分で「文字を書く力で合格しました!」とは言わないことが多い。「文字数より本質です!」と言った方がカッコイイ、ということもある。こうしたこともあって、文字数は軽視されがちなのですね。SNS等の言説を参考にする際には、このようなバイアスにも留意すべきでしょう。
7.当サイトでは、過去問等の演習を中心にする学習を推奨しています。それはなぜかというと、問題文から的確に配点事項を読み取る訓練をすることで、「論述の精度」を高めることができると同時に、時間を測って書くという訓練をすることで、時間内に書ける「文字数」をも鍛えることができるからです。さらに、復習で覚えるべき事項をリスト化することで、効率的なインプットもできる(「答案を書くことで覚える範囲がわかる」 、「ガチ暗記する方法」)。論証集をグルグルしたり、基本書を読んだりしても、このような効率的な学習にはなりません。
8.以上のことは、CBT実施となる来年以降は、タイピング力の差として顕れます。とりわけ、片手の人差し指でポツポツ入力することしかできず、時間内に司法試験で3~4頁、予備試験で1.5頁すら入力できない、という人は、それだけで不合格になってしまうでしょう。法律の勉強なんてやってないで、大至急タイピングの練習をするべきです。司法試験で5頁以下、予備試験で2頁以下という人も、他の人より不利になります。 タイピングの能力は、実務でも確実に役に立ちますので、早く入力できるようになっておいて損はありません。余裕のあるときに、積極的に練習しておくとよいでしょう。