令和7年司法試験論文式民事系第2問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和7年民事系第2問についていえば、どの設問もそれほど複雑な事案ではなく、事実の書写しだけなら多くの人がこなせそうなことに加え、事実の意味付けの重要性が高く、ただ書き写すだけだと羅列感が強くなりがちで、不十分な印象を否定し難いものの、そもそも問題文の書写しすらしない答案が一定数あるであろうこと、法律構成の選択に若干の応用性があるため、「何か他に論点があるのではないか。」と邪推して余事記載にしかならない論述を大展開するなどの答案も一定数ありそうなことから、参考答案(その1)でも、ギリギリ合格答案にはなるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集債権総論・契約総論』、『司法試験定義趣旨論証集会社法【第2版】』、『司法試験令和6年最新判例ノート』の付録論証集に準拠した部分です。 

【参考答案(その1)】

第1.設問1

 Aは、β購入設置により、甲社に損害を生じさせたので、甲社に対し任務懈怠責任(423条1項)を負うという主張が考えられる。

1.同項の責任が発生するためには、任務懈怠、免責事由がないこと(428条1項反対解釈、民法415条1項ただし書)、損害の発生、損害との因果関係が必要である。

2.「任務を怠った」とは、法令・定款違反をいう。

(1)「重要な財産の処分」(362条4項1号)に当たるかは、財産の価額、会社の総資産に占める割合、財産の保有目的、処分行為の態様、会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断する(奈良屋事件判例参照)。このことは「譲受け」にも当てはまる。
 確かに、βの価額は4000万円で、甲社の総資産額は100億円である。保有目的は乙社との新供給契約締結のため、電子機器α大量生産、α試作品品質向上である。乙社は、甲社製造製品の主要出荷先の一つである。乙社担当者から、これまでとは全く別の規格のαを継続的大量生産して乙社に供給可能かどうか検討依頼され、試作品の検討開発を始めた。甲社工場既存機械設備ではα大量生産困難で乙社と新供給契約締結にはβの購入設置が必要である。令和5年10月甲社取締役会で確認された本件方針は、α供給契約締結は甲社に大きな利益をもたらすと見込まれ、甲社における乙社の重要性からすれば、基本的には乙社の依頼に応じる方向である。同年11月、乙社担当者はα試作品の品質に難色を示し、「この程度の品質ではとても御社とは契約することができない。供給契約について今後協議を開始する前提として、まずはもっと品質の良い試作品を作ってもらう必要がある。」、「御社以外にも電子機器αの供給の検討をお願いした会社があり、我が社と供給契約を締結することができるのは1社だけなので、もし契約を勝ち取りたいと真剣に考えるのであれば、品質の良い試作品を急ぎ用意することをお勧めする。」とAに告げた。同年12月上旬に、既存機械設備ではこれ以上の品質の試作品製作は困難だが、βを設置して製作すれば現状よりも品質向上が見込まれる旨の甲社従業員レポートが示された。甲社内規で取締役会承認が必要なのは5000万円以上の取引で、これまでに5000万円未満の取引の承認が甲社取締役会の議題とされたことはなかった。Aも、そのことを考慮して事前に取締役会に諮ることをしなかった。
 しかし、甲社ではここ数年、営業赤字が続いていた。甲社取締役会で1回の設備投資額4000万円は過大との意見もあった。βには汎用性がなく、α生産以外の用途には転用できず、同年10月取締役会で社外取締役Eは、購入設置前に、乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべき旨の意見を述べ、BCDも賛同した。同月時点では、取締役会での本件方針確認にとどまり、β購入設置については、乙社との今後の協議結果を踏まえて改めて取締役会で承認を得るものとされた。
 以上から、β購入設置は「重要な財産の…譲受け」に当たる。

(2)β購入設置について、事前にも事後にも取締役会の承認はない。したがって、362条4項1号に違反する。

(3)以上から、「任務を怠った」に当たる。

3.確かに、Aは、甲社に大きな利益をもたらすことが見込まれる乙社との供給契約締結機会を逃すわけにはいかないと考え、緊急性から事前に取締役会に諮らなかった。乙社との供給契約締結の重要性及び甲社内規で取締役会承認が必要とされているのは5000万円以上の取引であることも考慮すれば、同年10月甲社取締役会におけるEの発言を踏まえても、次回の取締役会で速やかに事後承認が得られるだろうと考えていた。
 しかし、乙社担当者から試作品品質向上を求められたのが令和5年11月で、上記甲社従業員のレポートが示されたのが同年12月上旬であるところ、Aがβ購入設置に踏み切ったのは同月中旬である。Eは、購入設置前に乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべき旨の意見を述べ、BCDも賛同した。免責事由は認められない。

4.甲社はβ購入設置の費用として4000万円を支払ったが、乙社は甲社に新供給契約を締結しない旨を連絡し、設置されたβは使われることのないまま甲社の工場で保管されているから、甲社に4000万円の損害が発生した。

5.令和5年12月下旬の甲社取締役会で、βを購入設置したAの対応は強く非難され、β購入設置につき取締役会の事後承認は得られなかったから、取締役会の承認を求める手続を経ていれば、購入設置に至らなかったといえ、損害と因果関係がある。

6.よって、Aは、甲社に対し、4000万円の損害賠償責任を負う。甲社の主張は正当である。

第2.設問2

 取締役の報酬の額、算定方法等は、株主総会決議によって定めるのが原則である(361条1項)。
 もっとも、361条1項の趣旨はお手盛りの防止にあるから、株主総会決議で取締役全員の報酬総額を定めれば、具体的配分は取締役会の決定に委ねることができる(シチズン時計事件判例参照)。報酬総額の枠があり、明らかに不合理な配分は善管注意義務違反となり得る以上、お手盛り防止の趣旨に反しないから、取締役会は、代表取締役に再一任できる(判例)。
 本件報酬額決定は明らかに不合理な配分であって、善管注意義務違反となるから、Aは、甲社に対し任務懈怠責任(423条1項)を負うという主張が考えられる。

1.令和5年6月の甲社定時株主総会では、株主から「営業赤字が続いている今、なぜ取締役の報酬を増やす必要があるのか。」との質問があったが、Aは、「今後はより優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらう必要がある」、「現在の取締役の勤労意欲の向上を図る」などと回答した。しかし、本件報酬額決定の内容は、A自らの報酬年額を前年度から2億円増額して2億3000万円とし、BCDEは前年度と同額とするものである。Aは、今後は取締役の報酬の支払に関する事務を甲社の外部に委託することとし、各取締役に支払われる報酬の額を甲社の従業員に容易には知られないようにし、Aは、本件報酬額決定に基づく増額後の自らの報酬額を他の取締役に明らかにしたり、取締役会に報告したりすることを一切しなかった。
 以上から、本件報酬額決定は明らかに不合理な配分であり、Aに善管注意義務(330条、民法644条)違反がある。
 したがって、「任務を怠った」といえる。

2.免責事由はない。

3.本件報酬額決定によって甲社には前年度から増額した2億円の損害が生じており、損害の発生及び因果関係がある。

4.よって、Aは、甲社に対し、2億円の損害賠償責任を負う。甲社の主張は正当である。

第3.設問3

1.保有要件(358条1項各号)は選任請求の要件であるから、検査役選任の確定裁判まで存続することを要し、保有要件を欠くに至ったときは、妨害目的の募集株式発行等によるなど特段の事情がない限り、申立ては不適法となる(ジャパングレーライン事件判例参照)。このことは会計帳簿閲覧等請求(433条1項1号)にも当てはまる。

(1)Gは、本件請求時には、甲社総株主議決権の約3.2%に相当する数の株式を保有しており、会計帳簿閲覧等請求の保有要件である総株主議決権3%(同項柱書前段)を満たしていた。しかし、本件請求に係る訴えの事実審口頭弁論終結時である令和7年3月時点では、Gの保有割合は2.9%であったから、保有要件を欠くに至っている。

(2)Gの保有割合が2.9%となったのは、本件増資の結果である。
 確かに、甲社取締役会は、令和6年5月、経営状態悪化により事業継続のための緊急の資金が必要であることを理由に本件増資を決定した。甲社ではここ数年、営業赤字が続いており、同月の時点で、甲社の経営状態は従来と比べて悪化していた。
 しかし、Gは、令和6年3月、甲社におけるAの独断専行に不満を持つ甲社従業員から、Aが令和5年7月から9月にかけて自らの親族の語学留学のための費用を海外調査費用の名目で甲社に負担させていた旨の情報を得た。そこで、Gは、同年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用として支出した金銭の使途を調査し、その調査結果次第ではAの責任を問う株主代表訴訟を提起することも視野に入れた上で、甲社に対し、当該調査を目的とすることを明示して本件請求をした。甲社は、Gの意図を察知したAの指示により本件請求に応じなかった。令和6年5月時点では、甲社は特に使う当てのない多額の預貯金を有していたことから、事業継続のための緊急の資金が必要であるという状態にはなかった。また、本件増資を決定した甲社取締役会において、本件増資を速やかに実施すべきであると述べて終始議論を主導したのはAであった。以上から、本件増資は、本件請求の妨害目的でされた。

(3)したがって、上記特段の事情があり、保有要件を欠くに至っても、本件請求は不適法とはならない。

2.Gは、同年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用として支出した金銭の使途の調査を目的とすることを明示して本件請求をしており、請求理由の明示(同項後段)がある。

3.拒絶事由(2項各号)はない。

4.よって、本件請求は、認められる。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1

 Aがβ購入設置につき取締役会の承認を得なかったことが362条4項1号違反に当たり、任務懈怠を構成することから、甲社に対し損害賠償責任(423条1項)を負うとする主張が考えられる。

1.同項の責任が発生するためには、任務懈怠、損害の発生、損害が賠償範囲に含まれること、免責事由がないこと(428条1項反対解釈、民法415条1項ただし書)が必要である。

2.「任務を怠った」とは、法令・定款違反をいう。

(1)「重要な財産の処分」(362条4項1号)に当たるかは、財産の価額、会社の総資産に占める割合、財産の保有目的、処分行為の態様、会社における従来の取扱い等の事情を総合的に考慮して判断する(奈良屋事件判例参照)。このことは、「譲受け」にも当てはまる。
 確かに、βの価額は4000万円であり、一般には高額といえるものの、甲社の総資産額である100億円に占める割合は0.4%に過ぎない。甲社内規によれば、5000万円以上の取引については取締役会の承認が必要とされているところ、これまでに5000万円未満の取引の承認が甲社取締役会の議題とされたことはなかった。従来の取扱いからすれば、4000万円の費用負担しか生じないβ購入設置は、取締役会に諮ることを要しない案件といえる。令和5年10月甲社取締役会で確認された本件方針では、基本的には乙社の依頼に応じる方向で検討すべきであるとされ、β購入設置は、乙社担当者の意向に応じてα試作品の品質向上を図るためであったから、乙社の依頼に応じたものであって、本件方針に沿うと評価する余地が全くないわけではない。
 しかし、内規は一般的な取扱いに関するものに過ぎず、内規上は取締役会の承認を要しないとされるものであっても、個別の事情を考慮して、特に取締役会が決定すべき重要な業務執行であるとされることがある。甲社取締役会では1回の設備投資額4000万円は過大との意見もあった。βには汎用性がなく、α生産以外の用途には転用できないことから、同年10月取締役会で社外取締役Eは、購入設置前に、乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべき旨の意見を述べ、BCDも賛同した。同月時点では、取締役会での本件方針確認にとどまり、β購入設置については、乙社との今後の協議結果を踏まえて改めて取締役会で承認を得るものとされた。これらの事実から、甲社において、β購入設置はAの独断が許されない案件であって、取締役会が決定すべき重要な業務執行であると認識されていたことが認められる。
 加えて、本件方針確認時点では、既存設備でもα少量生産は可能とされ、乙社との協議で試作品を示すためには必ずしもβ購入設置は必要でなく、乙社との新供給契約締結の見通しが立った場合に、α大量生産を行うための設備投資としてβ購入設置が必要であるとの認識が基礎とされていたと認められる。ところが、その後、本件方針を踏まえた協議において、乙社担当者から試作品の品質向上を求められたことで、いまだ新供給契約締結の見通しが立っていない段階において、試作品品質向上のためβ購入設置が必要となったという事情変更が生じた。新供給契約は甲社に大きな利益をもたらすと見込まれることから、その見通しが立った場合には、4000万円の設備投資にも合理性があるが、その見通しが立たない段階では、契約締結に至らず無駄な設備投資に終わるリスクがある。このことは、甲社として上記リスクを負担するか否かという新たな検討課題が生じたことを意味するから、取締役会に諮るべき重要性・必要性はさらに増していたということができる。
 以上から、β購入設置は、「重要な財産の…譲受け」に当たる。

(2)β購入設置について、事前に取締役会の承認はない。したがって、362条4項1号に違反し、任務懈怠を構成する。

(3)なお、任務懈怠の原因として、別途、善管注意義務(330条、民法644条)違反を検討する意味はない。なぜなら、362条4項は、善管注意義務のうち、取締役会に諮るべき義務を類型化したものであり、「次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定」として、各号該当事項だけでなく包括的に重要な業務執行の決定を取締役会承認事項としていることに照らせば、善管注意義務の内容として取締役会の承認を得るべきものは、すべて「重要な業務執行の決定」として、同項によって取締役会の承認を要すると解されるからである。また、Aの責任の本質は、乙との新供給契約締結に係る将来予測を誤ったという経営判断にあるのではなく、当該事項に係る経営判断権が取締役会に属し、Aの独断で経営判断を行うことが許されないにもかかわらず、独断で経営判断を行ったこと自体にあるから、その意味でも責任原因を善管注意義務違反と把握するのは適切でない。本件と類似の事案において、取締役会に諮るべき義務を善管注意義務として構成した近時の高裁判例もあるが、法律構成を誤ったものというべきである。

3.民法の一般原則によれば、損害とは、本旨履行があったとした場合とそれがない現状との財産状態の差額をいう(差額説)。これを362条4項1号に違反して物品を購入等し、事後の取締役会の承認も得られなかった場合についていえば、取締役会に諮っていれば物品購入等をしなかったであろうと認められ、会社は代金等の費用を負担せずに済んだといえる。したがって、上記物品購入等に要した代金等の費用が第一次的には損害を構成し、当該物品購入等によって会社に生じる利益は、損益相殺の対象となる。
 Aは、362条4項1号に違反してβを購入設置し、取締役会の事後承認も得られなかったから、購入設置費用4000万円が損害を構成する。βは使われることのないまま甲社の工場で保管されており、汎用性がなく、α生産以外の用途には転用できない以上、転売等の処分も期待できないから、損益相殺の余地はない。
 以上から、購入設置費用4000万円全部が、甲社に生じた損害といえる。

4.役員等の任務懈怠責任は、委任関係(330条)に基づく債務不履行責任の性質を有するから、損害範囲について民法416条が適用される。362条4項1号に違反して物品を購入等した場合には、それに要した代金等の費用は定型的に会社に生じる損害といえるから、当該費用は通常損害として賠償範囲に含まれる(民法416条1項)。
 上記3の損害は、βの購入設置に係る費用であるから、すべて通常損害として賠償範囲に含まれる。

5.Aに免責事由はあるか。
 一般に、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられている事項についての取締役の行為は、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務に違反しないとされる(経営判断原則・アパマン事件判例参照)。免責事由の判断も注意義務違反の有無に関わるから、経営判断原則が妥当するともみえる。しかし、経営判断原則は、取締役に経営判断権が属する場合に、その範囲の逸脱又はその濫用があるかを問うべき場合に妥当する。上記2(1)、(3)のとおり、β購入設置についてAに経営判断権は属しないから、経営判断原則は妥当しない。
 役員等の任務懈怠責任は、委任関係に基づく債務不履行責任の性質を有する。したがって、免責事由の判断は、民法の一般原則(民法415条1項ただし書)に従い、債務者が引き受けていないリスクかで判断する。支配・考慮・回避が可能であったかを考慮する(ウィーン売買条約参照)。
 確かに、Aは、乙社担当者から試作品の品質に難色を示され、他社にもα供給を依頼しており供給契約を締結できるのは1社だけなので、品質の良い試作品を急ぎ用意するよう告げられた。既存機械設備ではこれ以上の品質の試作品は製作困難だが、βを設置して製作すれば現状よりも品質向上が見込まれる旨の甲社従業員のレポートが示された。Aとしては、取締役会に諮っていたのでは甲社に大きな利益をもたらすことが見込まれる乙社との供給契約締結の機会を逃すおそれがあったという緊急性があり、取締役会に諮ることは現実には不可能であって、Aは取締役会に諮らなかったことに起因するリスクは引き受けていないともみえる。
 しかし、取締役会を招集するには1週間前に通知を発することを要する(368条1項)が、省略の余地もある(同条2項)。乙社担当者から試作品品質向上を求められたのが令和5年11月で、上記甲社従業員のレポートが示されたのが同年12月上旬であるところ、Aがβ購入設置に踏み切ったのは同月中旬である。この間に取締役会を招集することがおよそ不可能であったとは認められない。仮に、取締役会招集が困難であったとしても、前記2(1)のとおり、Eは、購入設置前に乙社と供給契約について協議してその内容を確認し、甲社が不測の損害を被らないよう最善の注意を尽くすべき旨の意見を述べ、BCDも賛同するなどし、甲社ではβ購入設置は取締役会が決定すべき重要な業務執行であると認識されていた。このことは、甲社において、新供給契約締結機会を逃さないことよりも、β購入設置を急ぐあまり甲社が不測の損害を被るリスクの回避が優先されたことを示している。そうであるとすれば、Aは、取締役会に諮ったことで新供給契約締結機会を逃す結果となるリスクは負担しないが、取締役会に諮らなかったことで生じるリスクは全面的に負担するというべきである。したがって、新供給契約締結の機会を逃すおそれがあったという緊急性は、上記リスク負担を否定する理由とはなり得ない。
 以上から、取締役会に諮らなかったことで生じるリスクをAが引き受けていないとはいえない。免責事由は認められない。

6.よって、Aは、甲社に対し、4000万円の損害賠償責任を負う。甲社の主張は正当である。

第2.設問2

1.以下の理由により、甲社の立場から、本件議案を可決した株主総会決議及び各取締役の報酬の具体的配分をAに再一任する旨の取締役会決議の違法を主張することは考えにくい。

(1)取締役の報酬の額、算定方法等は、株主総会決議によって定めるのが原則である(361条1項)。
 もっとも、361条1項の趣旨はお手盛りの防止にあるから、株主総会決議で取締役全員の報酬総額を定めれば、具体的配分は取締役会の決定に委ねることができる(シチズン時計事件判例参照)。報酬総額の枠があり、具体的な配分が委任の趣旨に反する場合には善管注意義務違反となり得る以上、お手盛り防止の趣旨に反しないから、取締役会は、代表取締役に再一任できる(判例)。
 上記各判例によれば、本件議案を可決した株主総会決議及び各取締役の報酬の具体的配分をAに再一任する旨の取締役会決議は、いずれも適法である。

(2)甲社では、平成24年6月の定時株主総会決議以降、各取締役の報酬の具体的配分が取締役会に一任され、取締役会は、株主総会から一任された各取締役の報酬の具体的配分を毎年代表取締役に再一任していた。上記各判例と異なり、株主総会が報酬額等の決定を取締役会に委任すること、ないし、取締役会が代表取締役に再一任することが違法であると主張することは、甲社において従来行われていた報酬額決定をすべて違法として否定することになりかねない。甲社としては、Aが本件報酬額決定をして増額した報酬を受領したことについての責任を追及したいのであり、Aが受領した増額報酬以外の部分についての効力まで否定する意図はないのであるから、上記の点を主張するのは相当でない。

2.甲社の立場から、本件報酬額決定のうちAの報酬額を2億円増額した部分は株主総会及び取締役会の委任の趣旨に反し、無効であるから、Aは、甲社に対し、2億円の原状回復義務(民法121条の2第1項)を負うという主張が考えられる。

(1)前記1のとおり、株主総会が報酬の具体的配分を取締役会の決定に委ねること、取締役会がさらにこれを代表取締役に再一任すること自体は適法である。しかし、再一任された代表取締役が株主総会及び取締役会の委任の範囲を逸脱する具体的報酬額の決定をしたときは、その限度で権限の基礎を欠くから、会社に効果は帰属しない(民法113条1項参照)。とりわけ、再一任された代表取締役が自らの報酬額を定める部分が取締役会の委任の範囲を逸脱するときは、取締役会の承認を欠く利益相反取引(356条1項2号)と同視できるから、その意味においても、会社に効果は帰属しない(同条2項、民法108条1項)。
 代表取締役に具体的報酬額の決定が再一任された場合には、具体的報酬額は再一任に基づく決定によって確定するから、代表取締役が具体的配分を決定したときに、具体的報酬請求権が発生する(判例)。そうすると、当該決定が会社に効果帰属しないときは、具体的報酬請求権は発生しないから、報酬として支払われた金銭等は不当利得(給付利得)として原状回復義務の対象となる。

(2)そこで、本件報酬額決定が株主総会及び取締役会の委任の範囲を逸脱するかを検討する。

ア.一般に、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられている事項についての取締役の行為は、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務に違反しないとされる(経営判断原則・アパマン事件判例参照)。このことは、具体的報酬額決定が株主総会及び取締役会の委任の範囲を逸脱するかの判断にも妥当するか。
 確かに、取締役会に再一任された代表取締役による具体的配分決定についても、適切なインセンティブ付与は将来における人材獲得や取締役の意欲向上にも影響することから、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられている業務執行としての側面がある。各取締役の会社への寄与を客観的に計測するのは困難であり、ある程度の裁量は認めざるを得ない。経営判断原則がそのまま適用されると理解できる裁判例(ユーシン事件)もある。
 しかし、経営判断原則は、取締役に経営判断権が属する場合に、その範囲の逸脱又はその濫用があるかを問うべき場合に妥当する。報酬額等の決定権は株主総会に属する(361条1項)から、本来的に取締役の経営判断権に服する事項ではない。再一任された代表取締役は自らの報酬額等をも定める点で利益相反構造があり、経営判断原則をそのまま適用するにはなじまない。再一任された代表取締役の権限は、株主総会及び取締役会の委任の趣旨によって範囲が限定されているから、全般的に取締役の裁量に委ねられる経営判断とは性質が異なる。
 以上から、経営判断原則はそのまま妥当せず、取締役会に再一任された代表取締役がした具体的配分決定が株主総会及び取締役会の委任の趣旨に照らし不合理であるときは、当該決定は委任の範囲を逸脱する(テレビ宮崎事件判例も参照)。
 加えて、代表取締役の広範な権限は取締役会による監督(362条2項2号)が機能することを前提とするところ、本件では、Aが取締役の報酬支払に関する事務を外部委託し、各取締役に支払われる報酬額を甲社従業員に容易には知られないようにした上、本件報酬額決定についても、増額後の自らの報酬額を他の取締役に明らかにしたり、取締役会に報告したりすることを一切しなかったという事情がある。このように、取締役会による監督が機能しない状況を自ら作出したことを考慮すれば、本件においてはAに相応の立証負担を課すことが正当化されるから、具体的配分決定の合理性を疑わせる事情があるときは、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に合致することを積極的に基礎付ける特段の事情がない限り、委任の趣旨に照らし不合理と認めることができる。

イ.甲社ではここ数年、営業赤字が続いており、一般には役員報酬等を増額する状況とはいえない。令和5年6月の甲社定時株主総会では、株主から「営業赤字が続いている今、なぜ取締役の報酬を増やす必要があるのか。」との質問があったのに対し、Aは、「今後はより優秀な人材を獲得して取締役に就任してもらう必要がある」、「現在の取締役の勤労意欲の向上を図る」などと回答し、本件議案は可決された。このことは、株主総会の委任の趣旨との関係で考慮すべき要素である。本件報酬額決定は、Aの報酬のみ従前から2億円増額する一方で、他の取締役は前年と同額とするものである。Aの報酬額は前年比で7.66倍となり、BC及びDの報酬額2000万円の11.5倍、Eの報酬額1000万円の23倍にも相当する。優秀な人材の獲得やA以外の現在の取締役の勤労意欲向上に資するとは考え難いだけでなく、Aが私利私欲のために、再一任された権限を濫用して自分だけ報酬を増額したことが疑われる。本件報酬額決定は、株主総会の委任の趣旨に照らし、合理性に疑いがある。
 また、甲社取締役会において、Aが具体的な配分を決定するに当たり、甲社の従来の慣行及び決定方針に従ってするものとされた。甲社の従来の慣行及び決定方針の内容が不明であり、本件報酬額決定がこれらに従ったものかは必ずしも明確ではないが、Aのみ上記のような極端な増額を行うことを許容する慣行や決定方針は通常想定し難いこと、本件報酬額決定がその後の甲社取締役会で強く非難されたことから、これらに従ったものでなかったことが疑われる。本件報酬額決定は、取締役会の委任の趣旨に照らし、合理性に疑いがある。
 以上のとおり、本件報酬額決定は、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に照らし、合理性に疑いがある。そして、令和5年度にAが2億円の増額に見合う特別の貢献をしたとか、報酬額について、通常の取締役は2000万円、社外取締役は1000万円とされ、株主総会において決議された報酬総額からそれらの額を差し引いた残額がすべて代表取締役に配分されることが株主総会において暗黙のうちに前提とされ、又は甲社の従来の慣行及び決定方針の内容となっていたなど、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に合致することを積極的に基礎付ける特段の事情は見当たらない。
 以上から、本件報酬額決定のうち、Aの報酬額を2億円増額した部分は、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に照らし不合理であると認められる。したがって、上記部分は委任の範囲を逸脱したものとして、甲社に帰属しない。

(3)Aに支払われた2億円は、「無効な行為に基づく債務の履行」であるから、Aは、原状回復として、これを甲社に返還する義務を負う(民法121条の2第1項)。

(4)よって、甲社の主張は、正当である。

3.甲社の立場から、本件報酬額決定のうちAの報酬額を2億円増額した部分は株主総会及び取締役会の委任の趣旨に反しており、これを決定したAには善管注意義務違反があるから、甲社に対し任務懈怠責任(423条1項)を負うという主張が考えられる。

(1)善管注意義務は法令上の義務である(330条、民法644条)から、その違反は法令違反として任務懈怠を構成する。

ア.株主総会及び取締役会から委任を受けた事務を処理することも取締役の業務執行といえる以上、取締役会に再一任された代表取締役が報酬の具体的配分を決定することも、取締役の業務執行に属し、その決定に当たり、善管注意義務を負う。その内容として、当該代表取締役は、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に反しないよう決定すべき義務を負う。
 既に前記2(2)で検討したとおり、本件報酬額決定のうち、Aの報酬額を2億円増額した部分は、株主総会及び取締役会の委任の趣旨に照らし不合理であって、委任の範囲を逸脱したと認められる。したがって、Aに善管注意義務違反がある。

イ.したがって、「任務を怠った」といえる。

(2)前記2(2)のとおり、Aに対する支払いのうち2億円については、具体的報酬請求権がないのに支払われたものであり、甲社からの財産流出と評価できるから、甲社に生じた損害といえる。

(3)代表取締役が委任の範囲を超える報酬額決定を行い、具体的報酬請求権を欠く支払がされた場合には、その支払われた金銭等の価額が定型的に会社に生じる損害といえるから、上記(2)の損害は、すべて通常損害として賠償範囲に含まれる(民法416条1項)。

(4)Aは善管注意義務を尽くさなかった以上、帰責事由がないとはいえないから、免責事由が認められる余地はない。

(5)よって、Aは、甲社に対し、2億円の損害賠償責任を負う。甲社の主張は正当である。

4.上記2及び3の請求は請求権競合の関係にあり、一方が認められれば、他方は認められない関係にある。甲社としては、両者を選択的併合の形式で主張すべきである。

第3.設問3

1.本件請求が認められるためには、総株主の議決権の3%以上の議決権又は発行済株式の3%以上の数の株式を有することを要する(433条1項柱書前段。以下「保有要件」という。)。

(1)Gは、本件請求時には、甲社総株主議決権の約3.2%に相当する数の株式を保有しており、保有要件を満たしていた。しかし、令和6年5月末日以降、Gの保有割合は2.9%であったから、保有要件を欠くに至っている。保有要件はどの時点で備えることを要するか。
 会計帳簿閲覧等請求は訴訟外でも行使できるから、保有要件は、単なる訴訟要件ではなく、実体上の権利行使要件である。訴訟事件において、権利行使要件の存否を判断する基準時は事実審の口頭弁論終結時である(民執35条2項参照)。したがって、訴訟上の請求における保有要件の判断基準時は、事実審の口頭弁論終結時である。もっとも、保有要件の趣旨は、濫用的行使から会社の会計情報に係る秘密を保護する点にあるところ、会社の保護よりも株主の権利行使を優先すべき場合もある。すなわち、同時点において保有要件を欠くに至った場合であっても、会社が請求を妨害する目的で募集株式発行等を行ったなどの特段の事情があるときは、信義則(民法1条2項)上、会社は同時点で保有要件がないことを主張できない。非訟事件である検査役選任申立事件に関するものであるが、同旨の最高裁判例がある(ジャパングレーライン事件)。

(2)Gは、本件請求に係る訴えの事実審口頭弁論終結時である令和7年3月時点では保有要件を欠くに至っているが、それは本件増資を原因とする。そこで、上記特段の事情の有無を検討する。

ア.本件増資は、経営状態悪化により事業継続のための緊急の資金が必要であることを理由としてされた。確かに、甲社ではここ数年、営業赤字が続いており、令和6年5月の時点で、甲社の経営状態は従来と比べて悪化していた。本件増資による資金調達の必要性が全くなかったとはいえない。取締役会の決定を得ることができた事実は、Aのほか少なくともBCD及びEのうち2名以上の賛成があった(369条1項)ことを意味しており、本件増資それ自体が必ずしも直ちに不合理なものではなかったことを示している。
 しかし、同月の時点では、甲社は特に使う当てのない多額の預貯金を有していたことから、事業継続のための緊急の資金が必要であるという状態にはなかった。少なくとも、上記理由のうち、緊急性をいう部分は事実の基礎を欠く。

イ.本件請求は、Gが、Aが令和5年7月から9月にかけて自らの親族の語学留学のための費用を海外調査費用の名目で甲社に負担させていた旨の情報の真偽を確認し、それが真実と認め得るときはAの責任を追及する株主代表訴訟を提起する意図でなされたと認められる。甲社が本件請求に応じなかったのは、Gの上記意図を察知したAの指示により本件請求に応じなかったためである。本件増資を決定した甲社取締役会において、本件増資を速やかに実施すべきであると述べて終始議論を主導したのはAであった。Aが、自らの不正が露見するのを妨げるため、本件増資を主導したとみて矛盾がない。

ウ.上記ア及びイを総合すると、本件増資は、それ自体としては必要性を否定できないものの、本件請求がされてから、これに係る訴えの事実審口頭弁論終結時である令和7年3月までの間にしなければならない緊急性まではなく、自らの不正が露見するのを妨げるため、本件請求を妨害する目的で、Aによって主導されたとの疑いの余地がある。もっとも、上記目的があることを確信させる程度の間接事実があるとまではいえない。
 しかしながら、会計帳簿閲覧等請求は、権利の行使・確保に必要な事実について十分な主張・立証をするための資料を収集する手段として株主に認められた権利であるから、その行使要件の認定について、高度の立証責任の負担を株主に負わせるのは相当でない。ここでの増資目的の認定は、募集株式発行の効力を左右するものではなく、引受人等の取引安全等を考慮する必要もないから、上記の程度の事実が認められれば、Aにおいて本件請求を妨害する目的がなかったことを積極に基礎付ける反対の事実がない限り、Aに上記目的があったと認定すべきである。
 本件では、他にAにおいて本件請求を妨害する目的がなかったことを積極に基礎付ける反対の事実は見当たらない。したがって、Aに上記目的があったと認定できる。そして、Aは甲社の代表取締役であるから、甲社が本件請求を妨害する目的で本件増資を行ったといえる(民法101条1項参照)。

エ.以上から、上記特段の事情があり、甲社は、Gが保有要件を欠くに至ったことを主張できない。

(3)したがって、保有要件は充足するものと扱われる。

2.「請求の理由」(433条1項後段)は、関連性のある会計帳簿を特定し得る程度に具体的に記載する必要があるが、これを基礎付ける事実の立証は不要である(ポーラグループ事件判例参照)。
 Gは、同年7月から9月までの期間に甲社が海外調査費用として支出した金銭の使途の調査を目的とすることを明示して本件請求をしており、同期間中に海外調査費用として支出した金銭に関する記載のある帳簿等を指す趣旨のものと理解できるから、関連性のある会計帳簿を特定し得る程度に具体的に記載されたものといえる。
 したがって、「請求の理由」の明示がある。

3.以下のとおり、拒絶事由(2項各号)に当たらない。

(1)Gは、調査結果次第ではAの責任を問う株主代表訴訟を提起することを視野に入れており、Aが私的に不正利用した資金を甲社に返還ないし賠償させ、会社財産を回復させる目的で本件請求を行っていると認められるから、「その権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行った」(同項1号)とも、「当該株式会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行った」(同項2号)とも、「閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求した」(同項4号)ともいえない。

(2)Gは、自らが所有する多数の不動産から得られる収入によって生計を立てており、自らは営業を行っておらず、また、甲社と競合する事業を営む会社の株式又は持分は一切保有していないから、「当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事する」(同項3号)とはいえない。

(3)Gにおいて、「過去2年以内において、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがある」(同項5号)との事実はない。

4.よって、本件請求は、認められる。

以上

 

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