令和7年司法試験論文式公法系第2問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和7年公法系第2問についていえば、書くべき事項が多いだけでなく、会議録のヒントの意味を理解することが難しかったことから、会議録の指摘に対応する問題文や条文を書き写すだけで精一杯だった人が多かったと思われること、時間配分を誤って配点の高い設問2がスカスカになった人が相当数いると思われることから、参考答案(その1)でも、合格答案にはなるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集行政法【第2版】』に準拠した部分です。 

【参考答案(その1)】

第1.設問1(1)

1.①

(1)狭義の処分とは、公権力主体たる国・公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(ごみ焼却場事件判例参照)。
 本件勧告は、行政指導である。行政指導は法的効果を有せず(行手法2条6号、32条1項)、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものでないから、狭義の処分に当たらない(医療法勧告事件判例における藤田宙靖補足意見参照)。

(2)狭義の処分以外にも、権力的事実行為など抗告訴訟の対象とすべきものは、「公権力の行使に当たる行為」として処分性がある(行訴法3条2項かっこ書)。

ア.本件勧告に処分性を認める見解の論拠は、医療法勧告事件判例が行政指導に処分性を認めたことにある。

イ.しかし、上記判例は、法的効果と同視しうる不利益の確実性、重大性を考慮して処分性を認めた。
 正当な理由なく本件勧告に違反しても罰則はなく、市長は必要な措置をとるべきことを指示できる(本件条例33条1項)が、あらかじめ審議会の意見を聴かなければならない(同条2項)。したがって、法的効果と同視しうる不利益の確実性、重大性がない。
 以上から、「公権力の行使に当たる行為」でない。

(3)よって、本件勧告は処分性を有しない。

2.②

(1)本件指示は、「指示」であり、行政指導であるから、狭義の処分に当たらない。

(2)「公権力の行使に当たる行為」か。抗告訴訟の対象とする趣旨の規定の有無、公権力性、相手方の地位への影響、実効的な権利救済等を考慮する。

ア.本件指示に処分性を認めない見解の論拠は、違反しても罰則がないことにある。

イ.しかし、以下のとおり、本件指示は「公権力の行使に当たる行為」である。

(ア)抗告訴訟の対象とする旨が文言上明示されていなくても、制度の仕組み等からその趣旨が読み取れれば足りる(土地改良施行認可事件、労災就学援護費事件、被扶養者非該当通知事件各判例参照)。
 指示をしようとするときは、あらかじめ審議会の意見を聴かなければならない(同項)。審議会は委員10人以内をもって組織され(同条例37条2項)、 学識経験者、識見ある市民等から委嘱される(同条3項)。B市長は、Aに対し、行手法30条と同旨のB市行政手続条例の規定に基づき、弁明の機会の付与の通知を行った。制度の仕組み等から抗告訴訟の対象とする趣旨が読み取れる。

(イ)公権力性とは、法律を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行うことをいう(労災就学援護費事件判例参照)。単なる指導・助言は私人でもなしうるから、行政指導に公権力性があるというには、私人になしえない法制度上の特別な位置付けを要する(医療法勧告事件判例参照)。
 本件条例は法律ではないが、地公体が環境保全の見地から条例を制定すること自体は当然に禁止されず、同条例は適法であるから、法律に準じる根拠がある。指示に従わなかったときは、その旨を公表でき(同条例34条)、私人になしえない法制度上の特別な位置付けがある。同条例33条1項を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行うものとして公権力性がある。

(ウ)本件指示は法的効果のない行政指導であり、相手方の地位に及ぼす影響については、法的効果と同視しうる不利益の確実性、重大性を考慮する(医療法勧告事件判例参照)。
 市長は、設置者が従わなかったときは、その旨を公表できる(同条例34条)。B市長は、Aに対し、行手法30条と同旨のB市行政手続条例の規定に基づき、弁明の機会の付与の通知を行った。この通知には、本件指示に従わない場合にはB市長は本件条例34条に基づく公表を行う方針であることが記載されていた。同条に基づく公表が行われた場合には、本件養鶏場で生産された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあり、Aの養鶏業者としての信用や社会的評価が害される。法的効果と同視しうる不利益の確実性、重大性があり、相手方であるAの地位への影響がある。

(エ)実効的な権利救済の合理性につき、民事訴訟・当事者訴訟(保育所廃止条例事件判例参照)、後続処分に対する抗告訴訟(札幌税関事件、土壌汚染対策法事件、浜松市事件等判例参照)等による救済の実効性を考慮する。
 同条に基づく公表が行われた場合には、本件養鶏場で生産された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあり、Aの養鶏業者としての信用や社会的評価が害される。民事訴訟・当事者訴訟、後続処分に対する抗告訴訟等による救済では実効性がなく、本件指示の抗告訴訟を認めることに実効的な権利救済の合理性がある。

(3)よって、本件指示は、「公権力の行使に当たる行為」として処分性がある。

第2.設問1(2)

1.事後の取消訴訟・執行停止での救済が容易でなく、事前の差止めでなければ救済が困難かで判断する(君が代事件判例参照)。損害回復困難の程度等を考慮する(行訴法37条の4第2項)。
 確かに、B市長は、本件指示に従わない場合には本件条例34条に基づく公表を行う方針である。公表が行われた場合には、本件養鶏場で生産された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあり、Aの養鶏業者としての信用や社会的評価が害される。
 しかし、同条は「公表することができる。」とし、本件指示の内容は、指示発出後40日以内に勧告事項1~3に対応した措置をとることを求めるものである。本件では指示の発出後直ちに公表が行われるわけではない。
 以上から、事後の取消訴訟・執行停止での救済が容易でなく、事前の差止めでなければ救済が困難とはいえない。

2.よって、「重大な損害を生ずるおそれ」は認められない。

第3.設問2

1.勧告事項1

(1)本件養鶏場は鶏を500羽以上飼養する施設であり、「特定家畜飼養施設」(本件条例29条1項)に当たる。本件養鶏場から40m離れた場所には、Cが所有する本件住宅がある。同条2項によれば、特定家畜飼養施設は、別表で定める規制距離内には、当該規制距離内の住宅の居住者の同意があるとき等を除き、 設置できない。勧告事項1は、AがCの同意を得ておらず、本件養鶏場が同項に違反していることを理由とする。
 もっとも、高齢であるCは、本件住宅に1人で居住していたが、本件養鶏場設置前の令和6年8月に、本件住宅内で転倒して骨折し、B市に隣接するD市内の病院に入院した。令和7年1月以降、Cは同市内の介護老人保健施設に入所している。そのため、本件住宅は、現に居住している者がいない状態が続いている。Cは本件住宅に現に居住しておらず、本件住宅に居住者はいないのではないかという点が問題となる。

(2)そもそも規制距離内の住宅に居住者がいない場合には同項の違反はない。同項にいう居住者とは、規制距離内の住宅に現に居住している者をいう。したがって、Cは居住者に当たらない。
 これに対し、住宅から一時的に離れているにすぎない者は居住者に該当するとの反論が想定される。
 確かに、Cは、本件住宅に1人で居住していたが、本件養鶏場設置前の令和6年8月に、本件住宅内で転倒して骨折し、B市に隣接するD市内の病院に入院した。Cの住民票上の住所は本件住宅の所在地のままとなっている。本件養鶏場が設置された同年9月の時点では、Cは一時的に本件住宅を離れていたにすぎないといえなくもない。
 しかし、令和7年1月以降、Cは同市内の介護老人保健施設に入所している。当該介護老人保健施設は長期間の入所を想定した施設ではないから、Cが本件住宅に戻ってくる可能性はあったとも思われるが、実際には本件住宅に人が住んでいない状態が継続している。このような状況に鑑みると、少なくとも本件勧告がされた同年5月7日においては、Cは居住者ではなくなっており、同項違反はない。
 したがって、仮に本件養鶏場の設置当時においてCが同項にいう居住者に該当していたとしても、本件勧告がされた同年5月7日においては、同項違反はない。

(3)以上のとおり、同項違反はなく、本件条例32条の「特定家畜飼養施設がこの条例…の規定に適合していないとき」という要件に該当しない。

2.勧告事項2

(1)B市は、令和7年4月、悪臭防止法20条1項に基づいて本件養鶏場の立入検査を実施しようとしたが、Aはこれを拒否した。勧告事項2は、上記立入検査の拒否を理由とする。

ア.しかし、Aが立入検査を拒否したからといって、本件養鶏場が本件条例32条にいう「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」には当たらない。

イ.本件養鶏場について同条1項に基づく立入検査を行うことはできない。すなわち、同項は、同法8条1項による措置に関して立入検査を行うことを認めているが、B市は、令和6年11月以降、本件養鶏場の敷地境界線の地表における臭気測定を毎月実施し、本件養鶏場の所在地についての悪臭防止法4条1項1号に基づく規制基準では、アンモニアの許容限度は1ppmとされているところ、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されるようになった。同法8条1項の要件である「規制地域内の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭原因物の排出が規制基準に適合しない場合」が充足されていない。
 これに対し、同項の要件が充足されていない場合であっても、事案によっては立入検査を行うことができるという反論が想定される。確かに、同法20条1項は、「必要があると認めるとき」とする。しかし、本件養鶏場から65m離れた場所に居住する住民Fが、本件養鶏場から自宅に向かって風が吹いてきた場合には不快な臭いが感じられることがあるとの意見をB市に提出しただけであり、「必要があると認めるとき」に当たらないから、反論は失当である。

ウ.仮に同項違反があるとしても、これについては同法に定める措置(同法28条)によって対処すべきであるから、「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に当たらない。

(2)以上のとおり、本件条例32条の「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に当たらない。

3.勧告事項3

(1)B市は、令和6年11月以降、本件養鶏場の敷地境界線の地表における臭気測定を毎月実施し、本件養鶏場の所在地についての悪臭防止法4条1項1号に基づく規制基準では、アンモニアの許容限度は1ppmとされているところ、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されるようになった。同号に基づく規制基準に適合しない状態が確認されておらず、本件養鶏場の臭いという点では、本件条例32条の「特定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」という要件の該当性は認められない。このような場合には、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」には当たらない。

(2)本件養鶏場の敷地境界線の地表において、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されている点と、周辺住民のFから本件養鶏場の臭いについて意見が出された点に着目すれば、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」に当たるとの反論が想定される。
 しかし、本件条例29条2項の規制距離は50mであるが、Fは本件養鶏場から65m離れた場所に居住し、本件養鶏場から自宅に向かって風が吹いてきた場合には不快な臭いが感じられるとの意見をB市に提出しただけであり、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」には当たらないから、上記反論は失当である。

(3)上記要件の認定について裁量が認められるとの反論が想定される。しかし、仮にそのような立場に立ったとしても、悪臭防止法4条1項1号の規制基準不適合がないこと、本件条例29条2項の規制距離が50mでFは本件養鶏場から65m離れた場所に居住していること、Fが不快な臭いが感じられるとするのは風が吹いてきた場合であることを十分に考慮せず、アンモニアが計測されたこと、Fが不快な臭いが感じられるとの意見をB市に提出したことを不当に重視して、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」に当たると判断することは考慮不尽・他事考慮で裁量逸脱であり、違法である。

以上

【参考答案(その2)】

第1.設問1(1)

1.①

(1)狭義の処分とは、公権力主体たる国・公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(ごみ焼却場事件判例参照)。自主条例も法律に準じた法源となる(地自法14条1項)から、上記「法律」には自主条例を含む。上記狭義の処分に当たるかは、行為自体の性質から類型的に判断されるから、行為ごとに分断して個別に判断する(ごみ焼却場事件判例参照)。
 本件条例32条の勧告は、行政指導である。行政指導は法的効果を有せず(行手法2条6号、32条1項)、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものでないから、狭義の処分に当たらない(医療法勧告事件判例における藤田宙靖補足意見参照)。

(2)狭義の処分以外にも、権力的事実行為など抗告訴訟の対象とすべきものは、「公権力の行使に当たる行為」として処分性がある(行訴法3条2項かっこ書)。「公権力の行使に当たる行為」は非類型的で行為自体の性質のみからは判断できないから、制度の仕組み全体から判断する(医療法勧告事件等判例参照)。

ア.医療法勧告事件判例が病床数削減・病院開設中止の勧告について処分性を認めた理由は、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらす制度の仕組みであること、国民皆保険制度の下では保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ない、すなわち、病院開設禁止の法的効果と同視し得るような重大な不利益が生じることにある。

イ.本件勧告に処分性を認める見解の論拠として、勧告に従わない場合には、相当程度の確実さをもって指示(本件条例33条1項)・公表(同条例34条)がされる仕組みが採られており、一度公表されると信用低下等が生じ、事後の回復が困難となる結果をもたらすため、本件勧告についても上記判例の趣旨が及ぶとするものが考えられる。

ウ.しかし、指示及び公表はいずれも「できる」(本件条例33条1項、34条)とされ、市長に効果裁量がある。指示をするには事前に審議会の意見聴取を要する(同条例33条2項)。審議会の意見に拘束力はないが、審議会は学識経験者等で構成される合議体である(同条例37条2項、3項)から、市長はこれを尊重しなければならないと考えられる。このように、勧告に従わないというだけで機械的に指示に至るのではなく、指示をするか、しないかは審議会の意見も踏まえ、慎重に判断される仕組みとなっている。公表についても、指示の不遵守により直ちにされるのではなく、公表により得られる公共の利益と特定家畜飼養施設設置者の不利益とを考量して、必要かつ相当と認められる場合に初めてなされるものと考えられる。したがって、勧告に従わない場合に相当程度の確実さをもって指示・公表に至るとはいえない。
 また、公表に至ったとしても、信用低下等が生じるにとどまり、直ちに特定家畜飼養施設を廃止せざるを得なくなるわけではない。同施設の設置禁止ないし廃止義務付けの法的効果と同視し得るような重大な不利益は生じない。
 以上から、上記判例の趣旨は同条例32条の勧告に及ばず、同条の勧告は、「公権力の行使に当たる行為」とはいえない。

(3)よって、本件勧告は処分性を有しない。

2.②

(1)本件指示に処分性を認めない見解の論拠として、「指示」は一般に行政指導を指す用語であり、違反に罰則がないことから狭義の処分に当たらないこと、勧告・指示の違法確認の訴えや公表に対する民事の差止請求・仮処分(北方ジャーナル事件判例参照)の手段があり、抗告訴訟による救済を認める合理性がないなどから「公権力の行使に当たる行為」でもないことが考えられる。

(2)しかし、本件条例34条の趣旨は、同条例33条1項の指示によって課された具体的な法的義務の違反について否定的な評価を下し、これに対する制裁として公表することで、違反者に信用低下等の事実上の不利益を与える点にある。審議会の意見聴取(同条2項)も、指示の義務賦課性に着目した事前手続とみることができる。
 したがって、同条の指示は、それが抽象的努力義務にとどまらず、具体的な法的義務を課すものであるときは、相手方に直接具体的な義務を形成し、又はその範囲を確定する効果を有する。法的効果は文言のみで決まるものでなく、義務違反の制裁は刑事罰に限らないから、「指示」の語が用いられ、違反に罰則がないことは、上記の解釈を妨げない。
 本件指示の内容は、指示発出後40日以内に、同条例29条2項違反状態解消措置をとること、本件養鶏場について悪臭防止法(以下「法」ということがある。)20条1項に基づく立入検査に応じること、施設の運用の改善等の措置をとることを求めるものであり、抽象的努力義務にとどまらず、具体的な法的義務を課すものである。
 そうすると、本件指示は、公権力主体たる公共団体であるB市(地自法1条の3第2項)が行う行為のうち、その行為によって、直接名宛人である特定家畜飼養施設設置者の義務を形成し又はその範囲を確定することが、本件条例上認められているものであり、狭義の処分に当たる。なお、狭義の処分に当たるかは行為自体の性質から類型的に判断されるから、指示の違法確認の訴えや公表に対する民事の差止請求・仮処分による救済が合理的かは問題にならない。狭義の処分に当たる以上、これらの手段は排除される(行訴法44条参照)。

(3)よって、本件指示は処分性を有する。

第2.設問1(2)

1.裁判所が事前に適法性を判断して差止めを命ずるのは例外であり、それに見合う救済の必要性を要するから、「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の4第1項本文)があるかは、事後の取消訴訟・執行停止での救済が容易でなく、事前の差止めでなければ救済が困難かで判断する(君が代事件判例参照)。その判断に当たっては、損害回復困難の程度等を考慮する(同条2項)。

(1)上記判例は、毎年度2回以上ある式典のたびに職務命令が発出され、その違反に対する懲戒処分が累積すると加重され、概ね4回で停職処分に至る仕組みであったことに着目し、「重大な損害を生ずるおそれ」を認めている。
 上記判例の趣旨を、停職処分に至るまでが極めて短期間で、事後の取消訴訟・執行停止では間に合わない点にあるとみることはできない。なぜなら、式典が短期間に集中することは考えにくく、個別の職務命令に対し取消訴訟を提起し、その執行停止(効力の停止)の決定を得るまでに停職処分に至ることは考えにくいからである。
 上記判例の趣旨は、式典のたびに職務命令が発出され、累積過重的性質から複数の職務命令のうち一部のみを提訴したのでは重い懲戒処分に至ることを避けられないという状況の下において、事後の取消訴訟・執行停止によって救済を得ようとするならば、職務命令が出されるのを待って、その都度、すべての職務命令について、個別に取消訴訟の提起、執行停止の申立てを繰り返さなければならないことから、事前の差止めによって、職務命令が繰り返される事態そのものを防止しなければ救済が困難であるとする点にある。
 これに対し、本件指示は、本件勧告の不遵守を契機とする一回的なもので、指示の不遵守に対しても公表が予定されているだけである。本件指示と同旨の指示が反復継続して発出され、その違反の累積により不利益処分が加重される仕組みとはされていない。B市長が本件指示と同旨の指示を乱発する等の特段の事情があれば、Aの提訴負担を考慮する余地があるが、そのような事情も見当たらない。

(2)本件指示がされた後にその取消訴訟を提起し、その効力停止の申立てをすることによって、本件指示による義務の発生を停止できる。「指示に従わなかったとき」(本件条例34条)とは、指示により生じた義務の不履行をいうから、本件指示による義務の発生が停止されている間は、同要件を充足せず、B市長は公表をすることができない。

(3)本件指示の不遵守が公表されると、本件養鶏場で生産された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあり、Aの養鶏業者としての信用や社会的評価が害される。信用や社会的評価は、一度害されると、事後に本件指示や公表が違法とされ、取消しないし撤廃されたとしても、回復は困難である。しかし、本件指示の内容は、指示発出後40日以内に勧告事項1~3に対応した措置をとることを求めるもので、少なくとも本件指示発出後40日間は公表に至ることはないから、その間に本件指示の取消訴訟を提起し、その効力停止の決定を受けることは十分に可能である。

(4)以上から、事後の取消訴訟・執行停止での救済が容易でなく、事前の差止めでなければ救済が困難であるとはいえない。

2.よって、「重大な損害を生ずるおそれ」は認められない。

第3.設問2

1.勧告事項1

(1)本件条例1条は生活環境被害防止を掲げ、29条1項は周辺地域における生活環境に影響を及ぼすおそれがある施設を特定家畜飼養施設とする(29条1項)。
 上記各規定に照らせば、同条2項本文の趣旨は、規制距離内住宅居住者(以下、単に「居住者」という。)の生活環境の保護にあり、同項ただし書の趣旨は、法益主体である居住者の同意により要保護性が失われる点にある(法益主体の同意の法理)。
 規制距離内住宅に居住者がないときは、そもそも法益主体がなく要保護性のないことが明らかであるから、同項本文は居住者の存在を当然の前提としている。したがって、居住者がないときは、同項本文に違反しない(もちろん解釈)。

(2)悪臭等で生活環境を害されるのは、現に居住する者である。したがって、「居住者」とは、現に居住する者をいう。
 Cは、令和6年8月にB市に隣接するD市内の病院に入院し、令和7年1月以降は同市内の介護老人保健施設に入所し、本件住宅は、現に居住している者がいない状態が続いている。そうである以上、本件住宅に居住者はなく、本件養鶏場について同項違反はない。

(3)これに対し、住宅から一時的に離れているに過ぎない者は、「居住者」に該当するとの反論が想定される。

ア.確かに、特定家畜飼養施設が一度設置されると、将来にわたって継続的に生活環境への影響が生じ得るから、近い将来に帰来する者との関係で、帰来後の生活環境はなお保護に値する。したがって、住宅から一時的に離れているに過ぎない者は「居住者」に該当するとの解釈が成立する余地は否定できない。
 上記解釈によれば、本件養鶏場が設置された令和6年9月当時、Cは、B市に隣接するD市内の病院に入院中であって、近い将来に骨折の治癒が期待でき、本件住宅に帰来し再び居住すると見込まれる。したがって、上記時点においては、Cは本件住居から一時的に離れているに過ぎない者として、「居住者」に当たる。

イ.しかし、本件条例32条の趣旨は、指導・勧告をもって、特定家畜飼養施設設置者において、現に存在する同条所定の不適合を任意に改善させる契機とする点にある。したがって、条例不適合を理由に勧告をする場合には、勧告をする時点において、条例不適合が存在することを要する。
 そうすると、仮に上記アの解釈によるとしても、令和7年1月以降、Cは同市内の介護老人保健施設に入所しており、本件勧告がされた同年5月7日においては、Cは「居住者」に当たらない。

(ア)これに対し、Cの住民票上の住所は本件住宅の所在地のままとなっているし、介護老人保健施設は在宅復帰を支援する施設(介護保険法8条28項)であって、長期間の入所を想定した施設ではないから、Cが本件住宅に戻ってくる可能性はあったといえ、なお本件住居から一時的に離れているに過ぎない者として、「居住者」に当たるとの反論が想定される。

(イ)しかし、「居住者」該当性は、現に住居に帰来する見込みがあるか、という現実的観点から判断すべきであり、住民票上の住所の記載や介護老人保健施設の理念に基づく観念的な想定ないし可能性に依拠して判断すべきでない。
 Cは高齢で、令和7年1月以降、本件勧告がされた同年5月7日に至るまで、当該施設に入所を継続しており、近い将来に退所して本件住居に戻る予定がある等の事情もうかがわれない以上、本件住居から一時的に離れているに過ぎない者とは評価できない。したがって、上記(ア)の反論を考慮しても、Cは「居住者」に当たらない。

(4)以上のとおり、本件条例29条2項違反はなく、本件勧告は同条例32条の「特定家畜飼養施設がこの条例…の規定に適合していないとき」の要件を欠く。

2.勧告事項2

(1)本件条例32条は、「特定家畜飼養施設が…悪臭防止法…の規定に適合していないとき」としており、特定家畜飼養施設の法令不適合を要件とする。法20条1項に基づく立入検査拒否の違法は設置者であるAの法令違反であって、特定家畜飼養施設である本件養鶏場の法令不適合ではない。
 したがって、本件勧告は、同条例32条の要件を欠く。

(2)上記(1)に対し、立入検査受忍義務の主体が設置者であるとしても、立入りの対象である施設と無関係ではないから、特定家畜飼養施設に関連する法令不適合として、「特定家畜飼養施設が…悪臭防止法…の規定に適合していないとき」に当たるとの反論が想定される。
 確かに、法20条1項が設置者に立入検査受忍義務を課しているのは、立入検査の性質上、設置者の協力行為を要するという法技術的要請に過ぎないと解する余地があり、上記解釈が成立し得ることは否定できない。
 しかし、上記解釈によるとしても、以下のとおり、立入検査拒否は法令不適合事由に当たらない。

ア.法20条1項の趣旨は、改善勧告等の要件を充足する場合において、いかなる措置を執るべき旨の内容とすべきか、すなわち、効果裁量権の行使に当たり、施設の運用状況等を踏まえる必要があることから、それらの事項を調査する権限を市町村長に付与する点にある。同項が「第8条第1項…の規定による『措置に関し』必要があると認めるときは」とするのも、上記趣旨を明らかにするものである。
 したがって、法8条1項の要件を充足しない場合には、いかなる措置を執るべきかは問題にならないから、「第8条第1項…の規定による措置に関し必要があると認めるときは」の要件を欠く。

イ.本件養鶏場の所在地についての法4条1項1号に基づく規制基準では、アンモニアの許容限度は1ppmとされている。しかし、令和6年11月以降、B市が毎月実施した本件養鶏場の敷地境界線の地表における臭気測定(以下「本件臭気測定」という。)において、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されるようになったというにとどまり、1ppmを超えるアンモニアは計測されていない。したがって、「規制地域内の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭原因物の排出が規制基準に適合しない場合」(法8条1項)に当たらず、同項の要件を充足しない。
 以上から、B市による立入検査は、「第8条第1項…の規定による措置に関し必要があると認めるときは」の要件を欠き、違法である。

ウ.これに対し、法8条1項の要件を充足するか否かの判断に必要な事項を調査すべき場合もあるとして、法8条1項の要件を充足しない場合にも事案によっては立入検査を行うことができるとの反論が想定される。
 確かに、立入検査をしなければ基準適合性を判断できない場合には、その限度で、「第8条第1項…の規定による措置に関し必要がある」という余地がある。
 しかし、本件で問題とされているのは事業場の敷地の境界線の地表における規制基準(法4条1項1号)の適合性である。B市は、本件臭気測定を実施することができており、本件養鶏場内部に立ち入らなければ基準適合性を判断できない場合とはいえない。
 以上から、上記反論を踏まえても、B市による立入検査は、上記要件を欠くといわざるを得ない。

エ.また、立入検査は権力的事実行為であって、「公権力の行使に当たる行為」(行訴法3条2項かっこ書)として処分性を有するから、権限ある機関によって取り消されない限り、仮に違法であっても相手方はこれを拒むことができないとする反論が想定されるが、一般に行政調査への非協力は調査に違法があるなど正当な理由のあるときは不利益処分等の理由とはならないと考えられており、違法な立入検査を拒否しても本件条例32条の法令不適合を構成しないというべきであるから、上記反論は失当である。

オ.以上のとおり、B市による立入検査は違法であり、Aが拒否したことには正当な理由があるから、本件勧告は「悪臭防止法…の規定に適合していないとき」の要件を欠く。

(3)仮に、法20条1項違反が認められるとしても、同項の立入検査は法8条1項の改善勧告を有効に実施するための付随処分であって、受忍義務違反に対する制裁として行政刑罰(法28条)が設けられている。このような行政過程は、本件条例32条の勧告から指示(同条例33条1項)を経て公表の制裁(同条例34条)に至る行政過程とは別個独立のものであり、2つの行政過程が相互に混線することは予定されていない。
 したがって、法20条1項違反は、本件条例32条の「悪臭防止法…の規定に適合していないとき」には該当しない。

3.勧告事項3

(1)本件条例32条が悪臭防止法不適合と並列的に「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」を定めた趣旨は、悪臭とは別の原因によって生活環境が損なわれる場合があり得ることから、そのような場合にも指導・勧告をなし得るものとする点にある。したがって、悪臭防止法不適合が認められない場合に、悪臭を原因として「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」に該当すると判断することは許されない。
 本件臭気測定において、法4条1項1号に基づく規制基準における許容限度1ppmを超えるアンモニアが検出されたことはない。したがって、悪臭防止法不適合は認められない。
 勧告事項3は、本件臭気測定結果及びFの意見に着目し、不快な臭いにより周辺地域の生活環境を損なうおそれがあるとして、悪臭原因物質排出減少措置を求めるものであるから、悪臭を原因として「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」に該当すると判断したことが明らかであり、その判断には違法がある。

(2)これに対し、以下の反論が想定される。

ア.悪臭防止法は、主として悪臭により放置できない程度の生活環境・国民健康の侵害を禁圧するという最低限の警察(消極)目的規制を定める(1条)のに対し、本件条例は、より積極的に「市民が健康で文化的な生活を営むことのできる良好な環境を確保する」(1条、憲法25条も参照)ことをも目的とするから、同じ悪臭を原因とする規制であっても、悪臭防止法とは異なるより積極的・予防的な規制を設けることがある。
 本件条例32条が「周辺地域の生活環境を損なう『おそれがある』と認められるとき」とする趣旨は、生活環境が一度損なわれると回復困難なことがあることを踏まえ、予防的措置として指導・勧告を行うことを認める点にある。したがって、現時点で悪臭防止法不適合に至らない場合であっても、近い将来不適合に至るおそれがあると認められるときは、上記要件を充足する。
 そして、本件条例32条が「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると『認められる』とき」とする趣旨は、生活環境の概念は抽象的かつ多義的で、専門技術的知見を要するだけでなく、上記積極目的の実現等に当たっては他の公益との調整に関する政策判断を要することから、市長に要件裁量を認める点にある。したがって、上記要件を充足するとのB市長の判断が違法となるのは、重要な事実の基礎を欠くか、社会通念に照らし著しく妥当性を欠く場合に限られる(マクリーン事件、呉市学校施設使用不許可事件、小田急本案事件等判例参照)。

イ.本件臭気測定において、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmという規制基準の1ppmに近い濃度のアンモニアが計測されるようになった。また、同年3月には、本件養鶏場から本件条例29条2項の規制距離である50mに近い65m離れた場所に居住する住民Fから、本件養鶏場から自宅に向かって風が吹いてきた場合には不快な臭いが感じられることがあるとの意見がB市に提出されている。
 これらの事実から、近い将来法4条1項1号の規制基準に適合しない事態に至るおそれがあるとして、上記要件を充足するとしたB市長の判断は、重要な事実の基礎を欠くとも、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くともいえない。

(3)しかし、上記(2)アの見解を前提としても、以下のとおり、B市長の判断は裁量権の範囲を逸脱するものとして違法である。

ア.裁量判断の過程に考慮不尽・他事考慮があり、それがなければ異なった結論に至る可能性があったときは(日光太郎杉事件高裁判例参照)、処分が社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたといえる(剣道実技受講拒否事件、呉市学校施設使用不許可事件、小田急本案事件等判例参照)。

イ.本件養鶏場の敷地境界線の地表におけるアンモニア濃度が近い将来に上昇するか、下落するかは様々な要因によるところ、そのような要因は考慮されておらず、その有無を調査した形跡もない。

ウ.本件条例29条2項及び別表が50mを規制距離とする趣旨は、その範囲においては、個別具体の資料・根拠によらずとも類型的に生活環境に悪影響を及ぼすと認められる点にある。この趣旨を反対解釈すれば、上記範囲を超える場所において生活環境に悪影響が及ぶと認めるに当たっては、個別具体の客観的な資料・根拠に基づくことが求められる。
 Fは、上記規制距離を超える場所に居住しているから、個別具体の客観的な資料・根拠を要する。しかし、Fの自己申告があるだけで、Fの生活環境に悪影響が及ぶと認めるに足りる客観的な資料・根拠は存在しない。しかも、Fの申告も、自宅に向かって風が吹いてきた場合という限られた気象条件を前提とするものに過ぎない。B市がFの住居周辺で臭気測定を行った事実もない。

エ.確かに、Aが立入検査を拒否したため、将来予測に必要な資料の一部が収集できなかったという事情はある。しかし、本件養鶏場内部に立ち入らなくても収集できる情報は多様に存在するところ、それらの情報を積極に収集しようとした事実は認められない。

オ.本件養鶏場の敷地境界線の地表におけるアンモニア濃度が近い将来に上昇するか、下落するかを判断するに要する資料が欠落しており、さらなる調査を要すること、Fの限られた気象条件を前提とする自己申告では不十分であり、Fの住居周辺での臭気測定等のさらなる調査を要することを適切に考慮したならば、さらなる調査をすべきとする判断に至るのは容易であり、その結果、上記地表におけるアンモニア濃度が上昇する見込みが乏しいとか、Fの住居周辺での臭気は生活環境に悪影響を及ぼすに至らない等の判断を可能にする客観的資料が収集されたときは、異なる結論に至る可能性があったことは明らかである。
 ところが、B市長は上記の点を十分に考慮せず、本件臭気測定の結果とFの意見のみを不当に重視して、近い将来法4条1項1号の規制基準に適合しない事態に至るおそれがあるとして、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」の要件を充足すると判断した。

カ.以上によれば、上記B市長の判断は、社会通念に照らし著しく妥当性を欠く。

以上

 

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