令和7年司法試験論文式公法系第1問参考答案

【答案のコンセプト等について】

1.現在の論文式試験においては、基本論点についての規範の明示と事実の摘示に極めて大きな配点があります。したがって、①基本論点について、②規範を明示し、③事実を摘示することが、合格するための基本要件であり、合格答案の骨格をなす構成要素といえます。下記に掲載した参考答案(その1)は、この①~③に特化して作成したものです。規範と事実を答案に書き写しただけのくだらない答案にみえるかもしれませんが、実際の試験現場では、このレベルの答案すら書けない人が相当数いるというのが現実です。まずは、参考答案(その1)の水準の答案を時間内に確実に書けるようにすることが、合格に向けた最優先課題です。
 参考答案(その2)は、参考答案(その1)に規範の理由付け、事実の評価、応用論点等の肉付けを行うとともに、より正確かつ緻密な論述をしたものです。参考答案(その2)をみると、「こんなの書けないよ。」と思うでしょう。現場で、全てにおいてこのとおりに書くのは、物理的にも不可能だと思います。もっとも、部分的にみれば、書けるところもあるはずです。参考答案(その1)を確実に書けるようにした上で、時間・紙幅に余裕がある範囲で、できる限り参考答案(その2)に近付けていく。そんなイメージで学習すると、よいだろうと思います。

2.参考答案(その1)の水準で、実際に合格答案になるか否かは、その年の問題の内容、受験生全体の水準によります。令和7年公法系第1問についていえば、施策①(a)で「選挙権の性質や選挙の諸原則を踏まえつつ」をガン無視する答案、施策①(b)で在外国民選挙権事件判例をガン無視したり、問題文冒頭の立法事実の記載を単なる場面設定に過ぎないと考え、書き写すことを怠る答案、施策②が時間切れでスカスカになる答案等が相当数あると思われることから、参考答案(その1)でも、優に合格答案になるのではないかと思います。

3.参考答案中の太字強調部分は、『司法試験定義趣旨論証集(憲法)』に準拠した部分です。 

【参考答案(その1)】

第1.施策①

1.(a)(骨子第1の1)

 国民の選挙権(15条1項、3項、43条1項、44条ただし書)を侵害し違憲か。

(1)選挙権の性質を純粋な権利とする立場からは、選挙の諸原則のうち15条4項後段の原則は強制投票制度の禁止を含み、上記各規定及び15条4項後段に反し違憲と考えることになる。
 しかし、選挙権は、議会制民主主義の根幹をなす基本的権利である(在外国民選挙権事件判例参照)とともに、公務員の選定という公権力の行使や国家意思の形成に参画する公務でもある(受刑者欠格事件裁判例参照)。選挙権は公務でもあり、投票しない自由までは保障されないから、投票義務化は選挙権の制約とはいえない。

(2)よって、合憲である。

2.(b)(骨子第1の2)

(1)選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難かで判断する(在外国民選挙権事件判例参照)という立場からは、国政選挙において連続3回にわたり投票をしなかった者の選挙権を停止しなければ選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難とはいえない以上、違憲と考えることになる。

(2)しかし、議会制民主主義においては、主権者である国民の意思を議会へ反映させる上で、議会の構成員となる議員を選出する選挙が重要な役割を果たしている。そこで、有権者が選挙に積極的に参加することが求められる。選挙で漫然と投票を放棄する者は、議会制民主主義における上記選挙権の重要性を忘れている可能性があり、公務適格性を欠くとする理由によるから、公務適格性に基づく選挙権制約である。在外国民選挙権事件判例が選挙犯罪者等について別論とした趣旨は、公務適格性による正当化の余地のない純粋な権利の側面に対する制約についての判示であることを明らかにする点にあるから、同判例の趣旨は公務適格性に基づく選挙権制約に及ばない。公務適格性の見地から必要かつ合理的かで判断する。

ア.20**年以降、我が国では投票率が低下し続け、研究者による有権者の動向調査では、近い将来、国政選挙の投票率が30パーセントを下回ると予想されている。このままでは、多数の有権者からの支持を受けていないという意味において、十分な民主的正統性を備えていない国会議員が恒常的に出現することとなる。これを受けて、人々の間では、結果的に議会制民主主義の危機ともいえる事態を招くのではないかとの懸念が共有されるようになった。そこで、この事態を回避するための積極的な施策の導入が模索され始めている。本来、議会は、多数の有権者からの支持を受けた議員によって構成されるはずであるから、国政選挙における昨今の低投票率現象は議会制民主主義の維持にとって極めて深刻な事態である。今後、更なるその事態の進行が懸念される中、国民主権の下で有権者が選挙権を行使することの重要性を人々に再認識してもらい、その権利の行使を促して国政選挙における投票率を上げる必要がある。多数の有権者が選挙に参加することで初めて議会の民主的正統性が確保され、それを十分確保できないとなると、民主的統治の在り方全体に関わってくる問題となる。選挙権の停止により、人々が上記選挙権の重要性を再認識することが期待される。公務適格性の見地から必要性がある。

イ.本法案骨子は超党派の国会議員によって用意された。世界には投票の義務化で高い投票率を維持する国があることから、我が国でもその導入によって同様に投票率の向上が見込まれる。新聞各社の世論調査によると、「国政選挙において一定期間投票をしないと、その選挙権が停止されるとしたら、あなたは投票に行きますか。」という質問に対して、7割程度の人々が「行く。」との回答を示しているから、選挙権の停止は、投票率を上げる手法として効果がある。
 確かに、諸外国では、選挙権の停止ではなく、罰金を伴う強制投票制度を導入して90パーセント程度の高投票率を維持している場合が多く見られる。
 しかし、罰金だとペナルティとしての側面が強く出てしまう。また、罰金を払いたくないだけの無責任投票が増えるおそれもある。さらに、選挙権の停止の方が、高い意識を持って投票に臨む契機になり、施策目的により合致する。公務適格性の見地から合理性がある。

ウ.以上から、公務適格性の見地から必要かつ合理的である。

(3)よって、合憲である。

第2.施策②(骨子第2)

 聴衆の表現の自由(21条1項)を侵害し違憲か。

1.「表現」(21条1項)とは、自らの思想等を外部に表明することをいう。
 国政選挙の候補者に対してメッセージを伝達する行為は、自らの思想等を外部に表明する行為といえるから、「表現」として、同項の保障を受ける。

2.骨子第2の1は、上記行為のうち「不穏当な行為」に当たるものを禁止するから、表現の自由を制約する。

3.表現の自由に対する制約が直接的か、間接的・付随的かは、意見表明そのものの禁止をねらいとするかで判断する(猿払事件判例参照)。

(1)街頭演説において、場所と時間を限って、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような聴衆による不穏当な行為を禁止することで、演説をする側の利益を守ることを目的とし、聞く側の利益を守ることにもつながることから、意見表明そのものの禁止をねらいとしない。したがって、間接的・付随的制約である。

(2)これに対し、演説者が萎縮するのであれば、支援者が大声で声援を送る場合なども、この規制の射程に含まれるはずであるが、規制対象行為を聴衆が行った場合に当該行為者に対してその行為の中止命令を出すためには、街頭演説の主催者の要請に基づくことが必要であり(骨子第2の2)、このような仕組みでは、大声での声援等でも、街頭演説の主催者側が問題視しない場合については中止命令が出されないことから、実質的には候補者を支持しない聴衆のみが排除されるとして意見表明そのものの禁止をねらいとする直接的制約であるとする立場も考えられる。
 しかし、支援者と反対者とがその場で言い争いを始め、それが演説を続けづらくなるような不穏当な行為に該当する場合には、両者に対して命令を出すことを主催者が要請することも考えられるから、意見表明そのものの禁止をねらいとする直接的制約とはいえない。

4.表現の自由に対する間接的・付随的制約の合憲性は、目的が正当か、手段と合理的関連性があるか、得られる利益と失われる利益の均衡を失しないかで判断する(猿払事件、戸別訪問禁止事件、寺西判事補事件、広島市暴走族追放条例事件各判例参照)。
 これに対し、選挙運動はあらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は定められたルールに従って運動するもので、47条は、そのルールにつき国会の広い裁量を認める趣旨を含むから、裁量の逸脱がない限り違憲でないとする立場(ルール論)もある(戸別訪問事件における伊藤正己補足意見参照)。しかし、選挙の公正と無関係なルールや表現の自由を過剰に制約するルールを許容する理由はない以上、合理的関連性や法益の均衡の審査が必要であるから、ルール論は採用できない。

(1)演説をする側の利益を守ることを目的とし、聞く側の利益を守ることにもつながるところ、選挙運動における街頭演説は、候補者等が、有権者に対して自らの主張や公約等をしっかりと伝えるための重要な手段であるから、目的は正当である。

(2)街頭演説では、聴衆が大声で声援を送ったり、ヤジを飛ばしたり、候補者や政党の主張や公約等に関する内容を記したプラカードを掲示したりすることがある。そうした行為の中には、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為もあったが、演説の妨害に至らない限り、これを処罰の対象とする法律の規定はなかった。20**年以降、そうした行為が頻発したことが社会問題化し、街頭演説の場で聴衆が遵守すべき新たなルールの設定を求める声が次第に強くなってきている。選挙運動における街頭演説は、候補者等が、有権者に対して自らの主張や公約等をしっかりと伝えるための重要な手段である。大声での声援、ヤジ、プラカードの掲示等、一部の聴衆の不穏当な行為により、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなると、候補者は自らの主張や公約等を有権者に十分に伝えることができなくなる。手段と合理的関連性がある。

(3)法益の均衡を判断するに当たっては、他の意見表明の機会、法益侵害のおそれの程度などを考慮する。

ア.演説をする側の利益を守ることを目的とし、聞く側の利益を守ることにもつながる。議会制民主主義においては、主権者である国民の意思を議会へ反映させる上で、議会の構成員となる議員を選出する選挙が重要な役割を果たしている。そこで、候補者が自らの主張や公約等を有権者に対して十分に伝えられることが求められる。得られる利益は大きい。

イ.あくまで選挙運動に関する規制であり、さらに、選挙運動中の街頭演説の演説者から半径25m以内、街頭演説の主催者が指定する30分以内の間という一定の場所や時間に限ったものである。

ウ.確かに、罰則が用意されている(骨子第2の3)。
 しかし、この施策が聴衆による一定の言動等に対する制約とも受け取られることを意識し、慎重な制裁の手順が用意されている。すなわち、街頭演説の主催者の要請に基づき、選挙管理委員会が、当該行為の中止を命じ、それに従わなかった場合には当該場所からの退去を命じ、その命令に違反した者は、5万円以下の罰金に処する(骨子第2の2、3)。命令違反に対する罰金は5万円以下で、公職選挙法225条の「選挙の自由妨害罪」が定める「4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」と比べると大分軽い刑罰である。

エ.以上から、得られる利益と失われる利益の均衡を失しない。

5.よって、合憲である。

以上

【参考答案(その2)】

第1.施策①

1.(a)(骨子第1の1)

 施策①(a)(骨子第1の1)は、選挙に関する憲法規定に違反するか。

(1)憲法は、国民主権の原理(前文、1条)に基づき、両議院議員の選挙(43条1項)における投票によって国政に参加できる権利を国民固有の権利(15条1項)として保障し、その趣旨を確たるものとするため、平等な投票機会(15条3項、44条ただし書)を保障する(在外国民選挙権事件判例参照。以下、上記各規定を「本件各規定」という。)。国労広島地本事件・南九州税理士会事件各判例のいう「投票の自由」も、上記の内容のものを指すと考えられる。
 施策①(a)(骨子第1の1)は、投票を義務付けるだけで、国政に参加する権利や平等な投票機会を奪うものではない。したがって、施策①(a)(骨子第1の1)によって、本件各規定が保障する権利が制約されるとはいえない。
 以上から、施策①(a)(骨子第1の1)は、本件各規定に違反しない。

(2)ア.選挙権の性質を純粋な権利とする立場がある。この立場からは、選挙の諸原則のうちの1つである自由選挙の原則(15条4項後段)は選挙権から派生し、その内容として無条件の投票の自由を含むと考えられる。したがって、同項後段の「選択」には投票するか、しないかの選択を含むと解釈され、施策①(a)(骨子第1の1)は、投票しない選択について公的な責任を問うものであるから、「その選択に関し公的にも…責任を問はれない。」とする同項後段に反し、違憲と考えることになる。また、この立場からは、秘密投票の原則(同項前段)に投票の有無が含まれると理解する余地があり、施策①を運用し、適用するに当たり、投票したか否かを探索することが、同項前段に反するとの理解にも結び付く。

イ.しかし、選挙権は、議会制民主主義の根幹をなす基本的権利である(上記判例参照)とともに、公務員の選定という公権力の行使や国家意思の形成に参画する公務でもある(受刑者欠格事件裁判例参照)。投票しないことは、公務を怠ることを意味する以上、憲法がこれを積極に保障するとは考えられない。
 したがって、自由選挙の原則は、無条件の投票の自由を含むものではなく、同項後段の「選択」は投票の内容に関する選択を意味するにとどまり、投票するか、しないかの選択までは含まない。そうである以上、施策①(a)(骨子第1の1)が同項後段に反するとはいえない。

(3)よって、施策①(a)(骨子第1の1)は、本件各規定及び15条4項後段に反することはなく、合憲である。

2.(b)(骨子第1の2)

(1)(b)(骨子第1の2)は、国政選挙において選挙に参加する権利・資格としての選挙権を停止することを内容とするから、本件各規定によって保障される国民の国政に参加する権利及び平等な投票機会を制約する。そこで、(b)(骨子第1の2)が本件各規定に反するかを検討する。

(2)ア.在外国民選挙権事件判例は、選挙権の制限について、選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難な場合でない限り、本件各規定に反するとしている。その根拠は、選挙権は議会制民主主義の根幹をなす基本的権利であり、選挙権の制約は国会と議員の正当性にかかわる以上、国会の裁量はほとんど認められない点にある(同判例における福田補足意見参照)。もっとも、上記判例は、自ら選挙の公正を害する行為をした者等(以下「選挙犯罪者等」という。)の選挙権について一定の制限をすることは別論としている。その趣旨は、国家機関としての選挙人団の一員として公権力の行使及び国家意思の形成に参画する公務に携わることへの適格性(以下「公務適格性」という。)による正当化の余地のない純粋な権利の側面に対する制約についての判示であることを明らかにする点にあるから、同判例の趣旨は公務適格性に基づく選挙権制約に及ばない。

イ.投票をしないことは、買収等(公職選挙法(以下「公選法」という。)221条、222条等参照)とは異なり、選挙の公正を害する行為とはいえないという立場があり得る。この立場からは、(b)(骨子第1の2)は公務適格性に基づかない選挙権の制限であるとして、上記アの厳格な基準が妥当すると考える余地がある。
 上記のように考えると、(b)(骨子第1の2)は選挙の公正を確保するための手段ではなく、選挙の公正の確保と直接の関連性を有しない規律と捉えられるから、選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難という余地はなく、直ちに違憲の結論に至る。

ウ.しかし、(b)(骨子第1の2)は、多数の有権者が選挙に参加することで初めて議会の民主的正統性が確保され、それが十分確保できないと、民主的統治の在り方全体に関わってくる問題となるとの認識を基礎としている。投票をしない行為は、低投票率の原因であり、議会の民主的正統性ひいては民主的統治の在り方全体を揺るがしかねないという意味で、選挙の公正を害する原因の1つと評価することができる。そうすると、国政選挙において連続3回にわたり投票をしなかった者は、上記判例のいう「自ら選挙の公正を害する行為をした者」に準ずるものといえる。
 また、議会制民主主義においては、主権者である国民の意思を議会へ反映させる上で、議会の構成員となる議員を選出する選挙が重要な役割を果たしている。そこで、有権者が選挙に積極に参加することが求められる。有権者は、選挙人団の一員として公務に携わる以上、議会制民主主義における上記選挙権の重要性を十分に認識するべきである。(b)(骨子第1の2)の趣旨は、国政選挙において連続3回にわたり漫然と投票を放棄する者は、上記選挙権の重要性を忘れている可能性があり、公務適格性を欠くことから、その選挙権を制限することにより、人々に選挙権の重要性を再認識させる点にある。
 以上のとおり、(b)(骨子第1の2)は公務適格性に基づく選挙権制約であり、上記アの厳格な基準は妥当しない。

(3)44条本文は選挙人資格を法律事項として一定の欠格事由を予定し、同条ただし書は不合理な差別を禁止する趣旨であって、公務適格性に基づく合理的な欠格事由は許容しているから、公務適格性に基づく選挙権制約の合憲性は、公務適格性の見地から必要かつ合理的かで判断する。

ア.20**年以降、我が国では投票率が低下し続け、研究者による有権者の動向調査では、近い将来、国政選挙の投票率が30パーセントを下回ると予想されている。このままでは、多数の有権者からの支持を受けていないという意味において、十分な民主的正統性を備えていない国会議員が恒常的に出現することとなる。これを受けて、人々の間では、結果的に議会制民主主義の危機ともいえる事態を招くのではないかとの懸念が共有されるようになった。そこで、この事態を回避するための積極的な施策の導入が模索され始めている。上記各事実は、国民主権の下で有権者が選挙人団の一員として公務である選挙権行使を遂行することの重要性を再認識してもらい、その権利の行使を促して国政選挙における投票率を上げる必要があることを基礎付ける立法事実である。

イ.新聞各社の世論調査によると、「国政選挙において一定期間投票をしないと、その選挙権が停止されるとしたら、あなたは投票に行きますか。」という質問に対して、7割程度の人々が「行く。」との回答を示しているから、(b)(骨子第1の2)は、投票を促す手段として合理性がある。

(ア)これに対し、諸外国では、選挙権の停止ではなく、罰金を伴う強制投票制度を導入して90パーセント程度の高投票率を維持している場合が多く見られること、選挙権の停止の効果は重大であり、金銭的負担にとどまる罰金の方が制限的でないと評価できるとして、より目的適合的で、かつ、制限的でない手段として罰金があるから、合理性を欠くとする立場が考えられる。
 しかしながら、以下のとおり、そのような立場は失当である。

(イ)罰金は、金銭負担の威嚇による間接強制手段であるから、選挙権の行使に全く関心のない者であっても、罰金を払いたくないだけの理由で投票に行くことを強いられる。これでは、どの候補者が適任であるかについて何ら考慮せず、漫然と投票するという無責任投票の増加を招き、形式的に投票率が上がったとしても、有権者の意識向上に繋がらないだけでなく、選挙の結果が適正な有権者の意思を反映したものといえるかについて疑義が生じるため、十分な民主的正統性を備えていない国会議員が恒常的に出現するおそれを防止することができない。
 これに対し、(b)(骨子第1の2)によるときは、選挙権の行使に全く関心のない者は、選挙権の停止に対しても何ら意に介さないはずであるから、選挙権の停止を避けるだけの無責任投票が増加するおそれは小さい。他方、前記世論調査が示すように、相当程度の者が選挙権停止に動機付けられて投票すると考えられ、投票したか否かが選挙人団の一員としてふさわしいかという評価に結び付くという自覚を生じさせることにより、高い意識を持って投票に臨む契機になる。これらの点は、国民に選挙人団の一員として公務である選挙権行使の重要性を再認識させるという目的に適合的である。
 以上から、罰金の方がより目的適合的であるとはいえない。

(ウ)罰金は刑事罰(刑法9条、15条)であって、義務の不履行に対する責任非難に基づく制裁の性質を有する。
 これに対し、施策①の趣旨は、(a)(骨子第1の1)において選挙人団の一員としての当然の責務を確認した上で、公務として選挙権を行使することの重要性を忘れている可能性のある者は、公務適格性を欠くことから、(b)(骨子第1の2)において、その地位を一定期間停止させる点にある。したがって、(b)(骨子第1の2)の選挙権停止は、(a)(骨子第1の1)の不履行に対する制裁ではなく、公務の適正を保つため公務適格性の観点からされる分限処分の性質を有する。
 以上のように、両者は性質を異にするから、罰金の方がより制限的でない手段であるということもできない。

ウ.以上から、(b)(骨子第1の2)は、公務適格性の見地から必要かつ合理的である。

(4)よって、(b)(骨子第1の2)は、本件各規定に反しない。

第2.施策②(骨子第2)

 施策②(骨子第2)は、聴衆の表現の自由を侵害し、21条1項に反するか。

1.「表現」(21条1項)とは、自らの思想等を外部に表明することをいう。
 国政選挙の候補者に対してメッセージを伝達する行為は、自らの思想等を外部に表明する行為といえるから、「表現」として、同項の保障を受ける。

2.骨子第2の1は、上記行為のうち「不穏当な行為」に当たるものを禁止するから、表現の自由を制約する。

3.表現の自由に対する制約が直接的か、間接的・付随的かは、意見表明そのものの禁止をねらいとするかで判断する(猿払事件判例参照)。

(1)骨子第2は、特定の思想等の表明をおよそ禁圧しようとするのではなく、聴衆による不穏当な行為によって演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるという弊害の防止をねらいとし、街頭演説において、場所と時間を限って、上記不穏当な行為を禁止するものであるから、意見表明そのものの禁止をねらいとしない。したがって、間接的・付随的制約である。

(2)これに対し、不穏当な行為に対し中止命令を出すためには、街頭演説の主催者の要請に基づくことが必要であり(骨子第2の2)、実質的には候補者を支持しない聴衆のみが排除されるとして、直接的制約ないし内容規制(見解規制)であるとする立場が考えられる。
 しかし、骨子第2の1の規制対象となるかは、専ら演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為に該当するか否かという観点から判断され、表明された思想等の内容や伝達効果に着目して判断されるものではない。このことは、支援者と反対者とがその場で言い争いを始め、それが演説を続けづらくなるような不穏当な行為に該当する場合には、両者に対して命令を出すことを主催者が要請することが考えられることからも明らかである。骨子第2の2が主催者の要請に基づくものとした趣旨は、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるか否かについて、第一次的には演説をする側が自ら判断することが適切であるからに過ぎない。公権力である選挙管理委員会が独自の判断で規制するのではなく、当事者である主催者の要請を待って初めて中止命令を発出できるという点において、公権力の恣意的介入はむしろ抑制されるともいえる。事実上、候補者を支持しない聴衆によるものの方が演説者に対し批判的で圧迫感を感じさせやすく、骨子第2の1の規制対象となりやすくなるとしても、それは飽くまで事実上のものであるし、公権力が特定の思想等を禁圧するため狙い撃ちで規制する場合とは全く性質が異なる。
 以上から、直接的制約ないし内容規制(見解規制)であるということはできない。上記の立場は失当である。

3.わいせつ規制のような直接的制約については、その表現類型が保護すべき価値を有するかに着目すればよいが、間接的・付随的制約は他の法益のための措置が表現の自由に制約を及ぼす場合である以上、両者の考量が不可欠であるから、表現の自由に対する間接的・付随的制約の合憲性は、目的が正当か、手段と合理的関連性があるか、得られる利益と失われる利益の均衡を失しないかで判断する(猿払事件、戸別訪問禁止事件、寺西判事補事件、広島市暴走族追放条例事件各判例参照)。
 これに対し、選挙運動はあらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は定められたルールに従って運動するもので、47条は、そのルールにつき国会の広い裁量を認める趣旨を含むから、裁量の逸脱がない限り違憲でないとする立場(ルール論)もある(戸別訪問事件における伊藤正己補足意見参照)。しかし、選挙の公正と無関係なルールや表現の自由を過剰に制約するルールを許容する理由はない以上、合理的関連性や法益の均衡の審査が必要であるから、ルール論は採用できない。

(1)施策②(骨子第2)は、演説をする側の表現の自由(選挙運動の自由)の保護を直接の目的とし、聞く側の知る権利に奉仕することを付随目的とするところ、選挙運動における街頭演説は、候補者等が、有権者に対して自らの主張や公約等をしっかりと伝えるための重要な手段であることから、ひいては選挙の公正確保をも目的に包含する。以上の目的は、もとより正当である。

(2)20**年以降、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなるような不穏当な行為が頻発したことが社会問題化し、街頭演説の場で聴衆が遵守すべき新たなルールの設定を求める声が次第に強くなってきたという立法事実がある。一部の聴衆の不穏当な行為により、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなると、候補者は自らの主張や公約等を有権者に十分に伝えることができなくなる。上記不穏当な行為を禁圧することで、上記(1)の目的を促進することができる。
 街頭演説の妨害の禁圧については、既に選挙の自由妨害罪(公選法225条2号)がある。しかし、同罪の法定刑は4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金と重く、これと見合うような当罰性の高い態様の行為しか処罰対象とすることができない。同罪で捕捉できない態様の行為について処罰の間隙がある。また、摘発には法定刑の重さに見合う慎重な捜査が要求され、演説中の妨害を実効的に排除することが困難である。
 これに対し、施策②は、選挙の自由妨害罪よりはるかに軽い法定刑(5万円以下の罰金(骨子第2の3))とし、主催者の要請に基づき、選挙管理委員会が中止命令を発し、それに従わなかった場合に発せられる退去命令に違反して初めて処罰対象となるという事後的・段階的規制(広島市暴走族追放条例事件判例参照)を採用している。これにより、罪刑の均衡を確保しつつ、選挙の自由妨害罪で捕捉できなかった態様の行為を処罰対象とすることが可能となるとともに、演説中の妨害を実効的に排除することが可能となる。
 以上から、合理的関連性がある。

(3)法益の均衡を判断するに当たっては、他の意見表明の機会、法益侵害のおそれの程度などを考慮する。

ア.議会制民主主義においては、主権者である国民の意思を議会へ反映させる上で、議会の構成員となる議員を選出する選挙が重要な役割を果たしている。そこで、候補者が自らの主張や公約等を有権者に対して十分に伝えられることが求められる。施策②(骨子第2)は、不穏当な行為から演説をする側の表現の自由(選挙運動の自由)を守り、聞く側の知る権利に奉仕することにもつながり、ひいては選挙の公正を確保することに資する。得られる利益は非常に大きい。

イ.施策②(骨子第2)は、あくまで選挙運動に関する規制であり、さらに、選挙運動中の街頭演説の演説者から半径25m以内、街頭演説の主催者が指定する30分以内の間という、演説者が圧迫感を覚え、萎縮して演説を続けづらくなる危険が顕著に現在すると認められる極めて限られた一定の場所や時間において、上記危険を有する不穏当な態様でされた行為のみが禁止されるにとどまる。それ以外の場所・時間・態様における意見表明は禁止されない。候補者が路上で有権者に握手を求めている際などに声掛けを行ったり、SNS等で候補者等の見解に対する自らの意見等を表明したりするなど、他の意見表明の機会は広範に存在する。
 一般に、表現の自由が手厚く保障されるのは、自由な意見表明と情報の相互受領により多数意見が形成されて国政が決定されることが民主制国家の存立の基礎であるという点にある(北方ジャーナル事件判例参照)が、同時に、意見表明それ自体が他者の権利・利益を侵害することが類型的に少ないという点にもあり、他者の権利・利益を侵害するような態様の意見表明までが当然に手厚く保障されるとは考えられない。施策②(骨子第2)で制限されるのは、上記危険を有する不穏当な行為に該当するものに限られるから、通常の表現の自由一般に妥当するような手厚い保護の必要性は認められない。
 そもそも選挙運動における街頭演説は、個人が不特定多数人に自らの思想等を伝達することが容易でないことを踏まえ、個人である候補者等が、不特定多数人である聴衆に対して自らの主張や公約等を伝えるための重要な手段として公選法上特に一定の規律の下に認められている(同法164条の5等)ものであって、聴衆が候補者等に意見表明等をする機会を保障することは目的としていない。聴衆の意見表明の機会を保障すべきであるとすれば、聴衆ひとりひとりに平等に発言の機会を与えるべきこととなりかねないが、それが不合理であることは明らかである。
 以上のとおり、施策②(骨子第2)によって制限される聴衆の表現の自由の要保護性、制約の程度は極めて小さい。

ウ.以上から、得られる利益は失われる利益に比してはるかに大きく、両者の均衡を失しない。

4.よって、施策②(骨子第2)は、21条1項に反しない。

以上

 

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