令和7年司法試験論文式公法系第1問の参考判例等

(国労広島地本事件判例より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 右資金(※注:政治意識昂揚資金を指す。)は、総選挙に際し特定の立候補者支援のためにその所属政党に寄付する資金であるが、政党や選挙による議員の活動は、各種の政治的課題の解決のために労働者の生活利益とは関係のない広範な領域にも及ぶものであるから、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。したがつて、労働組合が組織として支持政党又はいわゆる統一候補を決定し、その選挙運動を推進すること自体は自由であるが(当裁判所昭和38年(あ)第974号同43年12月4日大法廷判決・刑集22巻13号1425頁(※注:三井美唄労組事件判例を指す。)参照)、組合員に対してこれへの協力を強制することは許されないというべきであり、その費用の負担についても同様に解すべきことは、既に述べたところから明らかである。

(引用終わり)

(南九州税理士会事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。
 特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法3条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。

(引用終わり)

(参照条文)日本国憲法15条
 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

(在外国民選挙権事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。
 憲法は、前文及び1条において、主権が国民に存することを宣言し、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに、43条1項において、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め、15条1項において、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であると定めて、国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして、憲法は、同条3項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障すると定め、さらに、44条ただし書において、両議院の議員の選挙人の資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば、憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。
 憲法の以上の趣旨にかんがみれば、自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。また、このことは、国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても、同様である。

(引用終わり)

(在外国民選挙権事件判例における福田博補足意見より引用。太字強調は当サイトによる。)

 在外国民の選挙権の剥奪又は制限は憲法に違反せず、国会の裁量の範囲に収まっているという考えには全く賛同できない。
 現代の民主主義国家は、そのほとんどが代表民主制を国家の統治システムの基本とするもので、一定年齢に達した国民が平等かつ自由かつ定時に(解散により行われる選挙を含む。以下同じ。)選挙権を行使できることを前提とし、そのような選挙によって選ばれた議員で構成される議会が国権の最高機関となり、行政、司法とあいまって、三権分立の下に国の統治システムを形成する。我が国も憲法の規定によれば、そのような代表民主制国家の一つであるはずであり、代表民主制の中核である立法府は、平等、自由、定時の選挙によって初めて正当性を持つ組織となる。民主主義国家が目指す基本的人権の尊重にあっても、このような三権分立の下で、国会は、国権の最高機関として重要な役割を果たすことになる。
 国会は、平等、自由、定時のいずれの側面においても、国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。国民の選挙権の剥奪又は制限は、国権の最高機関性はもとより、国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。国民主権は、我が国憲法の基本理念であり、我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。

(引用終わり)

(最大判昭30・2・9より引用。太字強調は当サイトによる。)

 公職選挙法の規定によれば、一般犯罪の処刑者と、いわゆる選挙犯罪(同法252条1項、2項所定の罪)の処刑者との間において、選挙権被選挙権停止の処遇について、所論のような差違のあることは論旨主張のとおりである。論旨は、同法がひとしく犯罪の処刑者について、国民主権につながる重大な基本的人権の行使に関して、右のごとく差別して待遇することは、憲法14条及び44条の趣旨に反し、不当に国民の参政権を奪い、憲法の保障する基本的人権をおかすものである。よつて原判決が本件に適用した公職選挙法252条1項及び3項の規定は、ともに憲法に違反するものであると主張する。
 しかしながら、同法252条所定の選挙犯罪は、いずれも選挙の公正を害する犯罪であつて、かかる犯罪の処刑者は、すなわち現に選挙の公正を害したものとして、選挙に関与せしめるに不適当なものとみとめるべきであるから、これを一定の期間、公職の選挙に関与することから排除するのは相当であつて、他の一般犯罪の処刑者が選挙権被選挙権を停止されるとは、おのずから別個の事由にもとずくものである。されば選挙犯罪の処刑者について、一般犯罪の処刑者に比し、特に、厳に選挙権被選挙権停止の処遇を規定しても、これをもつて所論のように条理に反する差別待遇というべきではないのである。……(略)……
 国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一であることは所論のとおりであるが、それだけに選挙の公正はあくまでも厳粛に保持されなければならないのであつて、一旦この公正を阻害し、選挙に関与せしめることが不適当とみとめられるものは、しばらく、被選挙権、選挙権の行使から遠ざけて選挙の公正を確保すると共に、本人の反省を促すことは相当であるからこれを以て不当に国民の参政権を奪うものというべきではない。
 されば、所論公職選挙法の規定は憲法に違反するとの論旨は採用することはできない。

(引用終わり)

(広島高判平29・12・20より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

ア.国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。
 憲法は、前文及び1条において、主権が国民に存することを宣言し、国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに、43条1項において、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め、15条1項において、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であると定めて、国民に対し、主権者として、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして、憲法は、同条3項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障すると定め、さらに、44条ただし書において、両議院の議員の選挙人の資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば、憲法は、国民主権の原理に基づき、両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており、その趣旨を確たるものとするため、国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である(以上につき、平成17年判決(※注:在外国民選挙権事件判例を指す。)参照)。

イ(ア)その一方で、選挙権は、私人である候補者を公権力を行使する公務員である議員や首長に就任させる効果をもつ権利であり、かかる選挙権の法的性格と行使の結果に鑑みれば、選挙権は、このような個人の主観的権利という性格を持つと同時に、国家機関としての選挙人団の一員としての公権力の行使及び国家意思の形成に参画する公務としての性格を併せ持つものと解され、憲法44条本文が「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」として、明文で選挙人の資格を法律の定めに委ねていることからすれば、憲法は、法律が、上記公務に携わることへの適格性(以下「公務適格性」という。)に係る合理的な理由に基づき選挙人の資格の制限(欠格条項)を定めることを許容しているものと解される。

(イ)これに対し、控訴人は、民主主義的な統治体制にあっては、様々な影響から解放された、あらゆる階層の諸個人の自由な政治的意思表明が等価的に行われること自体が、権力の正統性を支える大きな根拠となっており、市民の政治的意思決定能力をめぐっては、未成年者であること以外に、投票能力自体の客観的適正さを厳格に求めないこと自体に価値があるから、選挙での投票について公務執行的性格が仮にあったとしても、近代の選挙法公理の下では、その性格を理由とする選挙権ないしその行使に関する制限を導くことはできない旨主張する(控訴人の当審における主張イ)。
 しかし、前記アに示したとおり、憲法は、公務適格性に係る合理的な理由に基づく選挙権の制限を要請し認めていると解されるのであって、憲法は、普通選挙原則等の近代的な選挙諸原則も、選挙権を制限するに際し配慮を要するものの、上記制限を伴うものとして採用していると解するのが相当であるから、控訴人の上記主張は採用できない。

(ウ)そして、憲法は、15条3項で成年者による普通選挙を保障すると定め、44条ただし書において、両議院の議員の選挙人の資格については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならないと定めているほかは、選挙人の資格について具体的な規定を定めていないことを併せ考慮すれば、選挙人の資格の制限(欠格条項)を定めることについては、憲法のこれらの規定に照らしておのずと限度はあるものの、立法府に一定の裁量が認められているものと解される。
 この点、控訴人は、憲法が選挙の棄権に特段の制裁を予定していないこと(自由選挙の原則)からしても、選挙を公務などと解するのは到底妥当とはいえない旨主張する(当審における控訴人の主張ア)。しかし、自由選挙の原則は、選挙権行使が義務ないし責務であると解することを妨げるものではない。そして、公務ないし公務員の職務の概念について、その遂行が法的に義務づけられ、かつ、遂行しない場合に制裁が予定されているものに限定すべき理由はなく、いわゆる職務権限があり、その遂行が義務ないし責務であるといえるにもかかわらずそれを公務と解しない理由はないから、自由選挙の原則と選挙権の公務性とが相容れないということはできず、控訴人の上記主張は失当である。

ウ.このような憲法の規定の趣旨に鑑みれば、公務適格性等という、選挙権に内在する制約を理由に選挙人の資格の制限である欠格条項を定める立法の憲法適合性については、当該立法府の判断が合理的裁量の範囲内にあるか否か、具体的には、立法目的が合理的であり、その立法内容が目的達成の手段として必要かつ合理的なものであるか否かという基準によって判断すべきと解するのが相当である。
 以上に対し、原告は、選挙権の民主政の過程における重要性を強調し、平成17年判決の説示を引用して、選挙権の制限は、制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならず、当該選挙権の制限をすることなしには選挙権の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り上記やむを得ない事由があるとはいえないと主張する。
 しかし、平成17年判決は、選挙人の資格を有することについては争いがない在外国民について、日本国内に住所を有していないために選挙人名簿に登録されないこと、在外公館の人的物的体制を整えることや在外国民に候補者個人の情報を適正に伝達することの困難性など、主として投票制度の技術的な問題、事務処理上の問題を理由に、国政選挙における選挙権の行使の全部または一部を認めないことの憲法適合性が問題となった事案であるのに対し、本件は、公務適格性等という、選挙権に内在する制約を理由に選挙人の資格の制限(欠格条項)を定める立法の憲法適合性が問題とされているのであって、事案を異にするというべきである。
 平成17年判決が、原告の引用する説示の前に「自らの選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として」と説示し、原告の引用する説示に続けて、「このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限すること」は憲法に違反するといわざるを得ず、国には選挙の公正を確保しつつその行使を現実的に可能にするために所要の措置を執るべき責務がある旨説示しているのも、同判決が、選挙人の資格があることについては異論がなくもっぱら投票制度上の問題によりその行使ができない事案について判示するものであり、憲法は一定の範囲で法律により選挙人の欠格事由が定められることを許容しており、その憲法適合性については同判決の基準とは別の枠組みによるべきことを前提としている趣旨と解される。
 そして、平成17年判決が、選挙権に内在する制約を理由にする資格制限の典型例である「自ら選挙制度を害する行為をした者」を例示していることに照らせば、平成17年判決は、公務適格性等の、選挙権に内在する制約を理由にする資格制限については、同判決の射程の外にあるものとして例示したに止まるということができ、本件は、まさに、平成17年判決がその射程の外にある(事案を異にしている)ものとして位置づけているということができる。

(引用終わり)

(平成22年新司法試験採点実感等に関する意見より引用。太字強調は当サイトによる。)

 公職選挙法のように、司法試験用法文に登載されている法令に関しては、解答に当たり検討することが必要な法令であっても、改めて参考資料として問題に付することはないので注意が必要である。

 (中略)

 本問では、住所を有しない者に国政選挙における選挙権行使を認めないことの適否が問題となることから、最高裁平成17年9月14日大法廷判決(在外邦人選挙権訴訟)を踏まえて検討することが必要である。同判決は、近年の最高裁による違憲判決であり、選挙権又はその行使の制限の合憲性を検討する上で極めて重要かつ基本的な判決である。また、立法不作為が違憲違法とされる要件についても重要な判断を示している。そのため、当該判決に関しては、法科大学院の授業でも扱われていると思われるが、同判決について意識しない答案が極めて多数に上った。

(引用終わり)

(衆院予算委員会第三分科会平2・4・27より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

◯佐々木秀典(社会党)分科員
 投票である以上棄権の自由というのがあるはずなのに、この棄権の自由の保障というものが制度の上ではっきりしていないのではないかという批判もございます。私は弁護士でございますけれども、かねて私どもは在野法曹としての立場で、日本弁護士連合会でもそういうことがあったと思いますが、自治省あるいは中央選管に対して、棄権の自由を保障する方法、総じてもう少し投票者の意思というものがはっきりとあらわれるような方法を、現制度の上でも工夫できるのではないかということを申し上げたことがございます。その対応として、今各選管では投票所に一定の表示をしている。そして、わからない人は投票用紙を返すこともできるという表示があることはあるのですけれども、事前のこれについての周知徹底というのは極めて足りないと私は思うのです。

 (中略)

 そこで、私どもはかつて申し入れをしたときに、そのことをその立会人あるいは選挙の投票所にいる方が告げるとか、あるいは場合によったら棄権箱、つまり投票用紙は返戻できるわけですけれども、返戻するというのは抵抗があるとすれば、棄権箱というものを置いて、棄権する人はそこに入れ込むということができるようにした方がはっきりするのではないかということを申し上げたことがあるのですけれども、この辺について、方法ですけれども、自治省、どんなふうにお考えか、御見解をお示しいただけませんでしょうか。

◯浅野大三郎(自治省行政局選挙部長)政府委員
 棄権箱の設置の御提案でございますが、この問題は……(略)……およそ投票ということをやる場合における棄権というものをどうするか、もちろん棄権の自由(※注:ここでの「棄権の自由」は、投票所で棄権票を投じることを指し、投票しない自由を意味しない。)があるということは、これはもうはっきりしていることでございますが、管理、執行に当たる側がそのことについて一体どの程度どういう関与をするのが妥当なんだろうかという問題もあるような気がするわけでございます。
 それで、私どもも今の考え方では、やはり何か棄権の自由がある、そういう投票方法について十分正しい知識を持っていただくことはもちろん必要でございますが、さればといって、棄権することをお勧めするような格好になることは、やはり管理、執行機関として避けた方がいいのではないだろうかな、こういう考え方を持っておりまして、ですから、棄権箱を設置するということは、私どもの考えでは、どうかな、そこまではちょっとやはり踏み切れないのじゃないかなというような考えを持っておるところでございます。

(引用終わり)

(衆院予算委員会第二分科会平21・2・19より引用。太字強調は当サイトによる。)

◯土井真樹(自民)分科員
 自由民主党の土井真樹でございます。
 きょうは鳩山総務大臣に、まず、大臣もよく御存じの投票済証について、よく御存じとはいえ、質問をさせていただきたいと思います。
 知らない方も含めて、投票済証なるもの、非常に知らない方が多くて、当初大臣も知らなかったとお聞きしておりますけれども、我々の地元では、投票所に行きますと、最初、名前をチェックして、投票用紙をもらって、投票所で記名して、そして投票箱に投票用紙を入れて、その後に、テーブルが置いてありまして、そこに投票済証なる小さな紙がずっと何枚か置いてあって、希望者はそれを持っていってくださいという形で、投票済証というものを各投票所に置いてある、市の選挙管理委員会が発行して置いてあるわけですね。
 これは、私も当初日本全国どこでもやっているのかなと思っていたんですけれども、というか、そもそもそういうものがあることは知らなかったんですけれども、よく聞きますと、愛知県ではすべての市町村で発行している。今度は東京に来ましてほかの県の先生方に聞いたら、実はほとんどの自民党の先生は知らないということなんですね。知っているのはほとんど愛知県の先生だけで、ほかの地域は知らないと。
 そういうことで、総務省にかつて、全国で実態はどうなっているかという状況を調べていただいて、ざっと、全国どこで発行していてどこで発行していないかという一覧表をいただきました。特に、愛知県とか岐阜県そして大阪府、この三カ所は、一〇〇%、すべての市町村で発行している。逆に、全く発行していないような県もございます。例えば、高知県とか沖縄とかいうところは発行していない。
 全国非常にばらばらの状況でございますけれども、特に私の地元ではこの投票済証というもの自体が大変な問題を発生させているということで、私も、これについては地元の選挙区の皆さんから、苦情というか、これはおかしいんじゃないか、廃止すべきじゃないか、禁止すべきじゃないかという声をたくさんいただいております。
 きょうはまず、この投票済証というものが、今は、やっているところ、やっていないところ、全国いろいろありますけれども、そもそもどんな経緯で交付されるようになったのか、そしてまたその理由は何だったのか。経緯と理由、それを、まずは総務省に認識をお伺いしたいと思います。

◯門山泰明(総務省自治行政局選挙部長)参考人
 投票済証でございますが、今先生からお話ございましたように、市町村によりまして発行しているところがある、また発行していないところもあるというものでございまして、制度としていつからあるというのはちょっと詳細には承知しておりませんが、かなり前から、地域によって慣行的に発行されていたというものかと存じます。
 そして、投票済証がどういう背景で交付されるようになったかということでございますが、一つには、労働基準法の第七条という規定がございまして、使用者は、労働者が労働時間中に選挙権行使に必要な時間を請求したときには拒んではいけない、こういう規定がございます。そういったことから、投票済証というものが、請求のあった時間が本当に選挙権の行使に必要なものだったかどうかということを後になって、事後的に証明するために必要があるというような事情もあったのかというふうには伺っているところでございます。

◯土井真樹(自民)分科員
 そういう事情は私も聞いておりますが、では、そもそもこの投票済証、行政が交付する以上、何らかの法的な根拠があって発行、交付していると思うんですけれども、その法的な根拠というものはどのようになっているんでしょうか。

◯門山泰明(総務省自治行政局選挙部長)参考人
 お答え申し上げます。
 投票済証の交付につきましては、公職選挙法には特段の規定はございません。しかし、反対に申しますと、特段に禁止する規定もないというのが公職選挙法の現状でございます。
 そういうことから、現在、各市町村によりまして、選挙管理委員会が投票を行いました選挙人の方に対して発行しております投票済証というものの法律の根拠ということになりますと、地方自治法に戻りまして、地方自治法の第二条第二項という規定がございます。「普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。」こういう規定でございますが、そこにございます「地域における事務」ということで、法律上の位置づけはそのようなものであるということで発行しているというふうに理解しております。

◯土井真樹(自民)分科員
 今の法的根拠でございますけれども、そもそも「地域における事務」とは一体何ぞや、「及びその他の事務」とありますけれども。それでは何をやってもいいのかということになるわけですね。本来なら、行政で必要性があるということであるからそういう事務を行うのであって、そもそも法的根拠に基づいた必要性がないものを発行するということ自体が、行政としてやり過ぎではないかというふうに私は思うわけでございます。
 と申しますのも、この投票済証を大変悪用されている事例が多いということでございます。今からその悪用している事例をいろいろお話しさせていただきますが、まず、悪用するということもさることながら、投票済証による投票の強要というんですか、それに対して、強要される側から私に対しても、匿名ではございますけれども、いろいろな投書があって、何とかしてほしいという声をいただいておりますので、少し紹介させていただきます。
 私もホームページを持っておりまして、ホームページに意見箱ということで、地域の多くの皆さんからいろいろな御意見をいただくようにしております。その意見箱にこういうような、代表的な例なんですけれども、一ついただきました。
 私は豊田市に住んでおります、ちょっと固有名詞は控えさせていただきますけれども、某団体に所属していますが、選挙のたびに投票済証という紙をもらってこいと強要します、言論の自由を奪っていると思います、去年だと思いますが、土井先生がテレビで必要ないと言われているのを見ました、その意見には賛同します、これからも投票済証の廃絶に向けて頑張ってください、応援していますと。
 これは匿名で来ております。匿名で来ているにもかかわらず、この方はこの投書をしたことに対して非常に怖がっていまして、その後もう一回メールが来て、先ほど送ったメールについては匿名でお願いしますと。匿名で来ているにもかかわらず、匿名でお願いしますと。そこまでびくびくしながらこういう投書をしてきているということで、その団体、組織の中で非常に締めつけが行われて、そんな中で勇気を振り絞って私にこうして投書してきている。ほかにも多くの声が上がってきております。
 また、私への投書ではないですけれども、ホームページとかブログを見ていますと、これについてはいろいろな声が上がっておりまして、若干紹介させていただきます。
 某組織が投票済証提出を強要に疑問ということで、今行われている愛知県知事選挙で期日前投票を半ば強要していることに疑問の声が寄せられている、これまでも各種選挙で実施してきたこの方の疑問は、1事前に投票に行かされること、2行った証明に投票済証を家族の分まで含めて某組織の役員に提出させられるということです、棄権防止活動と銘打ってこれまでの各種選挙で強要してきたことに、いいかげんにしてほしいと怒りをあらわにしております、棄権防止呼びかけ程度は許されるのでしょうけれども、某組織のやり方は、構成員と家族の名前まで名簿を作成して、奥さん、御両親、子供たちの名簿まで全部作成して、そして投票行動を全部チェックして、あなたは家族が何人だから何枚持っていらっしゃいということで行動をチェックして、未投票者には、行くように、電話を自宅まで直接かけているそうです、特定政党支持や特定候補者の押しつけがましいやり方は、構成員の自由と選択の権利に反するものですというブログ、紹介があります。ちなみに、我が豊田市では期日前投票を済ませた有権者が、当時、この選挙では二万人を超えていて、県下トップというか、その比率は全国トップだと思います。
 短い時間ですけれども、あと一件だけ紹介させていただきますと、市内の大企業の職場では、さきの衆議院選挙の際には、某団体役員によって投票済証の回収を強制しているところがあります、憲法第十五条「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。」に抵触する行為であり、労働者個人の投票する権利にまで踏み込んだ人権問題だと思われます、従業員の多様性、人格、個性を尊重するとした企業行動憲章にも、これはどこかわからないですけれども、反する行為が職場で行われているにもかかわらず、長年放置されておる、以上に対して、行政として、きちんと行政指導を行うように求めますというようなホームページ、ブログもございます。まだほかにも、枚挙にいとまがないぐらいそういう声が、いずれも匿名で上がっているわけですね。
 このように、強要される方々にとってみると、言論の自由あるいは投票の自由がある日本とはとても思えないような状況が、今現在も継続して行われているということでございます。
 それに対して、現実に悪用、これは証拠とかそういうものがなかなか手に入らないものですから、常に伝聞でありますので、伝聞で恐縮ではございますけれども、その悪用の事例を言いますと、言ってみれば、今ブログにもありましたように、特定候補者に投票させるために投票済証を強制的に回収する。それも、先ほど紹介がありましたように、家族全員の名前の一覧をつくって、その枚数だけを全員持ってこいということで、投票済証を提出させる。
 そして、ここからはもう証拠のない話なので、どことは言いませんけれども、持ってきた枚数によって、事後的に、いわゆる事後買収のような、金銭あるいは経済的利益のやりとりがあるやに聞いているわけですね。しかも、それは非常に巧妙でございまして、その場でそういうものの受け渡しがあるわけではなく、ちゃんと帳簿とか名簿にチェックしておいて、いろいろな団体の懇親会とかそういうような任意の集まりのときに、後からそれを経費という形で支給するとか、いろいろなやり方で、いわゆる事後買収に当たるような、あるいはそれに近いような行動が行われていることも幾つか耳にしております。ただし、これは証拠のない話なので。ただ、そういう可能性がある。この投票済証を発行することによって、そういう可能性がある、可能性を生んでいるということでございます。
 しかも、これは特に期日前に、とにかく早く、要するに、例えば選挙期間中にいろいろな候補者の訴えを聞いて、それで候補者の人となりあるいは政策を判断して、自分なりに考えて、どの候補者に投票しようという時間を与えることなく、今は事前投票ができますので、事前投票がスタートした段階ですぐに持ってこいと。候補者の訴えとかそういうものを聞く前に、すぐに、投票日当日に投票じゃなくて、事前に持ってこさせて、集めてしまう。そういう、いわゆる駆り出し投票のような形を強制している。また、聞くところによりますと、その団体それぞれが、それを積んで、どれだけ集めたということを競っているというようなことまで聞いております。
 こういう形で、特にその構成員の人たちというのは非常に立場が弱いわけですね。だから、上から持ってこいと言われたら、それはやはり家族の分まで持っていかざるを得ないんですね。持っていかなかったらどうなるかというと、その職場で非常にいづらくなってしまう。村八分になるのかどうかわかりませんけれども、いづらくなってしまう。ですから、職場でスムーズに働いていこうと思ったら、その指示に従わざるを得ないわけなんです。
 そういう状況の中で、彼らは非常に苦い思い、苦しい思いをしておるわけでございますので、ぜひとも悪用されている実態を皆さんにも知っていただきたいと思うし、また、総務省はこれらの実態についてどのような認識を持たれているか、お聞かせを願えますでしょうか。

◯門山泰明(総務省自治行政局選挙部長)参考人
 お答え申し上げます。
 今先生からるる御指摘ございました、投票済証の交付に係ります具体的な不正の事案ということになりますと、総務省として把握しているわけではございませんが、ただいま御指摘にもございましたような、選挙犯罪に利用される可能性がある、こういう御指摘はかねてあるところでございますので、投票済証の発行をお勧めするという立場はとっておらないというのが私どもの現状でございます。

◯土井真樹(自民)分科員
 お勧めしないというだけではやはり足りないのではないのか。私は、それは行政の不作為になるんじゃないかというふうに思います。
 今お話し申し上げたような非常に多くの悪用の事例がありまして、しかも、個人の投票の自由、投票の自由というのは、だれに投票したかという投票の自由、投票の秘密ですね、だれに投票したかということとあわせて、投票に行ったか行かないかということも投票の秘密に該当すると思うわけですね。また、国民の皆さんはそれを望んでいるというふうに思うわけでございますので、その投票の秘密を侵害するような可能性のあるものに対しては、やはり総務省当局の方も禁止するように本来なら持っていくべきであったと私は思います。
 私は、今申し上げましたように、この投票済証については本当に速やかに禁止すべきであったというふうに考えております。ぜひともこれについては大臣の御見解をお伺いしたいと思います。

○鳩山邦夫国務大臣
 投票済証の件でございますが、投票済証とは何であるかという、その発生史は私もつかんではおりませんが、労働者が労働時間中に選挙権行使に必要な時間を請求した場合には拒んではならないこととされており、投票済証が、請求のあった時間が選挙権行使に必要なものであったことを事後的に証明するものとして用いられることがあると聞いているなんという答弁を今しましたけれども、そんな寝ぼけた答弁ではだめですね。それは話になりません。
 地方自治は、自治事務は何をやってもいいという話じゃないと思うんです。禁止されていないからやっていいなんという答弁も間違いだと思います。社会的に間違いであるならば、自治事務としても認めてはいけないんです。
 そこで、そういう観点から、投票済証がどういうものであるかということを徹底して調査する必要があるというふうに思いますね。法に禁止されていないから自治事務として行っていいなどというのは、これは暴論だと私は思います。
 したがいまして、確かに不正事案についてはこれまで把握していないということですが、それは、土井先生がおっしゃるように、選挙法違反であるという証明が非常に難しいかもしれませんが、選挙権は権利であり、同時に選挙権は公務であるなどという憲法の理論はある、しかし、選挙権の行使というのは高度な精神的な自由権の問題でございますから、それはだれに投票したかを言わない自由も保障されているわけだし、また、投票に行かない自由もあるわけですね。それを、投票済証というのは強要する手段として使われる可能性がある。家族の分まで投票済証を集めていらっしゃいと言ったら、家族が無理やり行かされるということになるおそれがある。
 それが選挙法のどこに当たるというのは、私はまだ実は精査しておりませんけれども、そういう可能性のあるものであるから、本来、投票済証などというものは自治事務としても認めるべきではなかったんですよ。それが認められて出るようになっちゃっているわけですから、今公選法の改正案も出しておられるわけでありましょう。
 いろいろな使用のされ方があるし、それは私たちだって、これを使って強制的に票集めができるかと考えちゃいますよ。支持者や後援会なんかに張る用紙を持っていって、あなたのこの地域でこれに何枚ちゃんと張ってこいとやったら、これは投票の強要になるわけでしょう。それは精神的な自由権を侵す、まさに反憲法的行為になるわけですね。そういうおそれのあるものを放置してはいけないと基本的に私は思っております。

(引用終わり)

 ※注:上記のように、国会ではたびたび問題視されているが、現在でも投票済証の交付を行う運用は一部で続けられており、「投票しない自由」が憲法上保障され、投票済証の交付やその提示を求めることが「投票しない自由」を侵害するとの考え方は、公式には採られていない。上記鳩山邦夫法務大臣の発言は、政府としての答弁というよりは、政治家個人としての見解を表明したものというべきである。

(「国家公務員の分限制度について(レジュメ)」(人事院)より引用。太字強調は当サイトによる。)

 国家公務員の分限制度は、成績主義の原則の下、職員が全体の奉仕者として情実に左右されないで公正に職務遂行ができるよう、免職、降任等の処分を行うことができる事由を法令で明定することにより、公務の適正かつ能率的な運営を図ろうとするもの。したがって、分限処分は、職員の服務義務違反に対して行われる懲戒処分とは異なり、制裁的な性格をもつものではない。

(引用終わり)

(猿払事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 原判決は、さらに、規制の目的を達成しうる、より制限的でない他の選びうる手段があるときは、広い規制手段は違憲となるとしたうえ、被告人の本件行為に対する制裁としては懲戒処分をもつて足り、罰則までも法定することは合理的にして必要最小限度を超え、違憲となる旨を判示し、第一審判決もまた、外国の立法例をあげたうえ、被告人の本件行為のような公務員の政治的行為の禁止の違反に対して罰則を法定することは違憲である旨を判示する。
 しかしながら、各国の憲法の規定に共通するところがあるとしても、それぞれの国の歴史的経験と伝統はまちまちであり、国民の権利意識や自由感覚にもまた差異があるのであつて、基本的人権に対して加えられる規制の合理性についての判断基準は、およそ、その国の社会的基盤を離れて成り立つものではないのである。これを公務員の政治的行為についてみるに、その規制を公務員自身の節度と自制に委ねるか、特定の政治的行為に限つて禁止するか、特定の公務員のみに対して禁止するか、禁止違反に対する制裁をどのようなものとするかは、いずれも、それぞれの国の歴史的所産である社会的諸条件にかかわるところが大であるといわなければならない。したがつて、外国の立法例は、一つの重要な参考資料ではあるが、右の社会的諸条件を無視して、それをそのままわが国にあてはめることは、決して正しい憲法判断の態度ということはできない。
 いま、わが国公法の規定をみると、公務員の政治的行為の禁止の違反に対しては、一方で、前記のとおり、同法110条1項19号が刑罰を科する旨を規定するとともに、他方では、同法82条が懲戒処分を課することができる旨を規定し、さらに同法85条においては、同一事件につき懲戒処分と刑事訴追の手続を重複して進めることができる旨を定めている。このような立法措置がとられたのは、同法による懲戒処分が、もともと国が公務員に対し、あたかも私企業における使用者にも比すべき立場において、公務員組織の内部秩序を維持するため、その秩序を乱す特定の行為について課する行政上の制裁であるのに対し、刑罰は、国が統治の作用を営む立場において、国民全体の共同利益を擁護するため、その共同利益を損う特定の行為について科する司法上の制裁であつて、両者がその目的、性質、効果を異にするからにほかならない。そして、公務員の政治的行為の禁止に違反する行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、前述のとおりであるから、その禁止の違反行為に対し懲戒処分のほか罰則を法定することが不合理な措置であるとはいえないのである。
 このように、懲戒処分と刑罰とは、その目的、性質、効果を異にする別個の制裁なのであるから、前者と後者を同列に置いて比較し、司法判断によつて前者をもつてより制限的でない他の選びうる手段であると軽々に断定することは、相当ではないというべきである。

(引用終わり)

 ※注:上記のとおり、制裁の性質を有する点で共通する懲戒処分と刑罰であっても、単純に比較できないとするのが判例の立場である。そのような立場からは、制裁としての性質を有しない分限処分との関係では、ますます比較できないということになる。

(参照条文)公職選挙法

(街頭演説)
164条の5 選挙運動のためにする街頭演説(屋内から街頭へ向かつてする演説を含む。以下同じ。)は、次に掲げる場合でなければ、行うことができない。
 一 演説者がその場所にとどまり、次項に規定する標旗を掲げて行う場合(……(略)……)
 二 候補者届出政党又は衆議院名簿届出政党等が第141条第2項又は第3項の規定により選挙運動のために使用する自動車又は船舶で停止しているものの車上又は船上及びその周囲で行う場合
2 選挙運動のために前項第1号の規定による街頭演説をしようとする場合には、公職の候補者……(略)……は、あらかじめ当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会……(略)……の定める様式の標旗の交付を受けなければならない。
3 (略)
4 第1項第1号の標旗は、当該公務員の請求があるときは、これを提示しなければならない。

(夜間の街頭演説の禁止等)
164条の6 何人も、午後8時から翌日午前8時までの間は、選挙運動のため、街頭演説をすることができない。
2 (略)
3 選挙運動のための街頭演説をする者は、長時間にわたり、同一の場所にとどまつてすることのないように努めなければならない。

(街頭演説の場合の選挙運動員等の制限)
164条の7 第164条の5第1項第1号の規定による街頭演説……(略)……においては、選挙運動に従事する者……(略)……は、公職の候補者1人について……(略)……、15人を超えてはならない。
2 前項の規定による選挙運動に従事する者は、……(略)……腕章を着けなければならない。

(選挙運動に関する各種制限違反、その1)
243条 次の各号のいずれかに該当する者は、2年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する。
 一~八の三 (略)
 八の四 第164条の5第1項の規定に違反して街頭演説をした者
 
八の五 削除
 八の六 第164条の7第2項の規定に違反して選挙運動に従事した者
 九、十 (略)
2 (略)

(選挙運動に関する各種制限違反、その2)
244条 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処する。
 一~五 (略)
 五の二 第164条の5第4項の規定に違反して標旗の提示を拒んだ者
 六 第164条の6第1項の規定に違反した者
 七、八 (略)
2 (略)

(選挙の自由妨害罪)
225条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、4年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。
 一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。
 二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。
 三 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者若しくは当選人又は……(略)……特殊の利害関係を利用して選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人を威迫したとき。

(猿払事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 国公法102条1項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。
 そこで、まず、禁止の目的及びこの目的と禁止される行為との関連性について考えると、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。したがつて、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。また、右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。
 次に、利益の均衡の点について考えてみると、民主主義国家においては、できる限り多数の国民の参加によつて政治が行われることが国民全体にとつて重要な利益であることはいうまでもないのであるから、公務員が全体の奉仕者であることの一面のみを強調するあまり、ひとしく国民の一員である公務員の政治的行為を禁止することによつて右の利益が失われることとなる消極面を軽視することがあつてはならない。しかしながら、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法102条1項及び規則の定める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。
 以上の観点から本件で問題とされている規則5項3号、6項13号の政治的行為をみると、その行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布する行為であつて、政治的偏向の強い行動類型に属するものにほかならず、政治的行為の中でも、公務員の政治的中立性の維持を損うおそれが強いと認められるものであり、政治的行為の禁止目的との間に合理的な関連性をもつものであることは明白である。また、その行為の禁止は、もとよりそれに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしたものではなく、行動のもたらす弊害の防止をねらいとしたものであつて、国民全体の共同利益を擁護するためのものであるから、その禁止により得られる利益とこれにより失われる利益との間に均衡を失するところがあるものとは、認められない。したがつて、国公法102条1項及び規則5項3号、6項13号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものということはできない。

(引用終わり)

(戸別訪問禁止事件判例より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 戸別訪問の禁止は、意見表明そのものの制約を目的とするものではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害、すなわち、戸別訪問が買収、利害誘導等の温床になり易く、選挙人の生活の平穏を害するほか、これが放任されれば、候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ、投票も情実に支配され易くなるなどの弊害を防止し、もつて選挙の自由と公正を確保することを目的としているところ(最高裁昭和42年(あ)第1464号同42年11月21日第三小法廷判決・刑集21巻9号1245頁、同43年(あ)第56号同43年11月1日第二小法廷判決・刑集22巻12号1319頁参照)、右の目的は正当であり、それらの弊害を総体としてみるときには、戸別訪問を一律に禁止することと禁止目的との間に合理的な関連性があるということができる。そして、戸別訪問の禁止によつて失われる利益は、それにより戸別訪問という手段方法による意見表明の自由が制約されることではあるが、それは、もとより戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではなく、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎない反面、禁止により得られる利益は、戸別訪問という手段方法のもたらす弊害を防止することによる選挙の自由と公正の確保であるから、得られる利益は失われる利益に比してはるかに大きいということができる。以上によれば、戸別訪問を一律に禁止している公職選挙法138条1項の規定は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものではない。したがつて、戸別訪問を一律に禁止するかどうかは、専ら選挙の自由と公正を確保する見地からする立法政策の問題であつて、国会がその裁量の範囲内で決定した政策は尊重されなければならないのである。
 このように解することは、意見表明の手段方法を制限する立法について憲法21条との適合性に関する判断を示したその後の判例(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁(※注:猿払事件判例を指す。))の趣旨にそうところであり、前記昭和44年4月23日の大法廷判例は今日においてもなお維持されるべきである。

(引用終わり)

(寺西判事補事件判例より引用。太字強調は当サイトによる。)

 憲法21条1項の表現の自由は基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として右自由を有することは当然である。しかし、右自由も、もとより絶対的なものではなく、憲法上の他の要請により制約を受けることがあるのであって、前記のような憲法上の特別な地位である裁判官の職にある者の言動については、おのずから一定の制約を免れないというべきである。裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約することにはなるが、右制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならず、右の禁止の目的が正当であって、その目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法21条1項に違反しないというべきである。そして、右の禁止の目的は、前記のとおり、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにあり、この立法目的は、もとより正当である。また、裁判官が積極的に政治運動をすることは前記のように裁判官の独立及び中立・公正を害し、裁判に対する国民の信頼を損なうおそれが大きいから、積極的に政治運動をすることを禁止することと右の禁止目的との間に合理的な関連性があることは明らかである。さらに、裁判官が積極的に政治運動をすることを、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず、かつ、積極的に政治運動をすること以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではない。他面、禁止により得られる利益は、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するなどというものであるから、得られる利益は失われる利益に比して更に重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。……(略)……したがって、裁判官が「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、もとより憲法21条1項に違反するものではない。

(引用終わり)

(広島市暴走族追放条例事件判例より引用。太字強調及び※注は当サイトによる。)

 本条例の全体から読み取ることができる趣旨、さらには本条例施行規則の規定等を総合すれば、本条例が規制の対象としている「暴走族」は、本条例2条7号の定義にもかかわらず、暴走行為を目的として結成された集団である本来的な意味における暴走族の外には、服装、旗、言動などにおいてこのような暴走族に類似し社会通念上これと同視することができる集団に限られるものと解され、したがって、市長において本条例による中止・退去命令を発し得る対象も、被告人に適用されている「集会」との関係では、本来的な意味における暴走族及び上記のようなその類似集団による集会が、本条例16条1項1号、17条所定の場所及び態様で行われている場合に限定されると解される。
 そして、このように限定的に解釈すれば、本条例16条1項1号、17条、19条の規定による規制は、広島市内の公共の場所における暴走族による集会等が公衆の平穏を害してきたこと、規制に係る集会であっても、これを行うことを直ちに犯罪として処罰するのではなく、市長による中止命令等の対象とするにとどめ、この命令に違反した場合に初めて処罰すべきものとするという事後的かつ段階的規制によっていること等にかんがみると、その弊害を防止しようとする規制目的の正当性、弊害防止手段としての合理性、この規制により得られる利益と失われる利益との均衡の観点に照らし、いまだ憲法21条1項、31条に違反するとまではいえないことは、最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁(※注:猿払事件判例を指す。)、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁(※注:成田新法事件判例を指す。)の趣旨に徴して明らかである。

(引用終わり)

(戸別訪問事件における伊藤正己補足意見より引用。太字強調は当サイトによる。)

 選挙運動においては各候補者のもつ政治的意見が選挙人に対して自由に提示されなければならないのではあるが、それは、あらゆる言論が必要最少限度の制約のもとに自由に競いあう場ではなく、各候補者は選挙の公正を確保するために定められたルールに従つて運動するものと考えるべきである。法の定めたルールを各候補者が守ることによつて公正な選挙が行われるのであり、そこでは合理的なルールの設けられることが予定されている。このルールの内容をどのようなものとするかについては立法政策に委ねられている範囲が広く、それに対しては必要最少限度の制約のみが許容されるという合憲のための厳格な基準は適用されないと考える。憲法47条は、国会議員の選挙に関する事項は法律で定めることとしているが、これは、選挙運動のルールについて国会の立法の裁量の余地の広いという趣旨を含んでいる。国会は、選挙区の定め方、投票の方法、わが国における選挙の実態など諸般の事情を考慮して選挙運動のルールを定めうるのであり、これが合理的とは考えられないような特段の事情のない限り、国会の定めるルールは各候補者の守るべきものとして尊重されなければならない。

(引用終わり)

(衆院政治改革に関する特別委員会令7・2・20より引用。太字強調は当サイトによる。)

◯織田祐輔(東京都選挙管理委員会事務局選挙課長)参考人
 東京都選挙管理委員会は、昨年七月七日に東京都知事選挙及び都議会議員補欠選挙を執行いたしました。その直前に行われました衆議院議員補欠選挙等におきましては、街頭演説等における選挙の自由妨害や、SNS等の発信による選挙運動が盛んに展開されておりました。

 (中略)

 街頭演説等における選挙の自由妨害や、候補者等の個人宅等に押しかけ近隣を巻き込み騒ぎを起こすような行為等により、候補者や有権者に混乱を招き、一部には有権者が恐怖感を覚えるケースもあるなど、有権者が候補者の情報を適切に得る機会が阻害されるとともに、安全かつ自由な選挙運動が困難となるような状況が生じておりました。駅前の街頭演説等におきまして、演説中の候補者に対して他の候補者が大音量で演説をかぶせ、有権者が演説を聴取することが困難な状況も生じておりました。また、候補者の選挙運動用自動車を他の候補者が車で執拗に追跡したり、候補者や関係者等の事務所や住宅街にある個人宅等にまで行き、拡声機を使用し又は大声を上げるなどの行為もございました。
 いずれの行為も、候補者等のSNS等において中継や録画された動画等の形式で公開され、候補者等及びその家族など周囲の人々の日常生活に影響を及ぼすような個人情報や、根拠が曖昧な情報等も含めて拡散されるなど、公選法にとどまらず他の法令への抵触等を含め指摘がありまして、社会に及ぼす影響の大きさが報道されたところでございます。
 これらの行為の一部は、選挙中にも警察より警告を受け、被害者の告発を受けた捜査等により選挙後に摘発されておりますけれども、選挙期間中においてこのような行為を防止し、また取り締まることができるよう、法への抵触の具体的な基準を示していただけるようお願い申し上げます。

(引用終わり)

(公職選挙法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(衆院政治改革に関する特別委員会令7・2・25)より引用。太字強調は当サイトによる。)

 一、 二 (略)
 三 街頭演説は民主主義の根幹をなす「言論の場」であり、他の候補者の発言を聞き取りにくくするなど街頭演説を妨害する行為は、選挙における「言論の場」を壊し、表現の自由の範囲を超えた選挙妨害となりかねない。これら街頭演説や遊説などの選挙運動への悪質な自由妨害やSNS等の媒体をはじめとした虚偽事項の公表並びに公職の候補者が他の候補者の選挙運動を行う行為に対しては、選挙期間中においても関係機関は、法に基づき、迅速かつ適切な対応を行うべく最大限の努力を傾けること。
 四 (略)

(引用終わり)

(参院政治改革に関する特別委員会令7・3・25より引用。太字強調※注は当サイトによる。)

◯石川博崇(公明)理事
 今回の法律案の中には、法文としては盛り込まれていない点として、昨年の衆議院の東京十五区の補選で起きたような街頭演説への妨害行為、これについて何らかの対応が必要なんではないかという声は国民の中に非常に多くございます。
 ちょっと質問の順番を入れ替えておりますけれども、こうした選挙の自由妨害罪というものが公職選挙法上規定されているわけですけれども、これについて、衆議院の政治改革特別委員会では附帯決議を取りまとめられて、その中で盛り込んでいただいております。どのような見解でこれを盛り込まれたのか、発議者の見解を伺いたいと思います。

◯中川康洋(公明)発議者
 御答弁申し上げます。
 この東京十五区補選におきましてのこの自由妨害罪に対して、今回のところにおきまして、この附帯決議が付されたという部分でございますが、この件につきましては、石川委員も実務者としてそこに尽力をされたというふうに承知をいたしております。
 委員御指摘のとおり、衆議院の政治改革特別委員会において、「街頭演説は民主主義の根幹をなす「言論の場」であり、他の候補者の発言を聞き取りにくくするなど街頭演説を妨害する行為は、選挙における「言論の場」を壊し、表現の自由の範囲を超えた選挙妨害となりかねない。これら街頭演説や遊説などの選挙運動への悪質な自由妨害やSNS等の媒体をはじめとした虚偽事項の公表並びに公職の候補者が他の候補者の選挙運動を行う行為に対しては、選挙期間中においても関係機関は、法に基づき、迅速かつ適切な対応を行うべく最大限の努力を傾けること。」、このような附帯決議というふうに承知をしております。
 提案者といたしましては、この附帯決議の内容、そして検察官、都道府県公安委員会の委員及び警察官は、選挙の取締りに関する規定を公正に執行しなければならないとする公職選挙法第七条の趣旨も踏まえて、個々の具体的な事案に対し、法に基づき、迅速かつ適切な対応を行うべく最大限の努力を、これを傾けること、これを期待するものでございます。
 なお、委員御指摘の衆議院第十五区の補欠選挙における選挙の自由妨害事案については、つばさの党の代表ら三人が他の陣営の演説を妨害したとして逮捕、起訴されており、現在、公判係属中であると承知をいたしております。
 以上でございます。

 (中略)

◯柴田巧(維新)理事
 先ほども取り上げられていましたが、選挙の自由妨害への対応です。
 昨年の四月、衆議院の補欠選挙、東京十五区におけるこのつばさの党の候補者による前代未聞と言っていい選挙の自由妨害事件は、まだ記憶に新しいところだと思います。
 この選挙において、つばさの党の候補者は、他の候補者の選挙運動に対して大音量で演説を遮断したり、阻んだり、車のクラクションを鳴らす、あおり運転をするなどして他陣営の選挙運動の妨害をしました。こうした行為は、候補者の主張を聞くという有権者の権利を奪うだけではなくて、選挙カーに対するあおり運転など人命に関わる問題に発展した可能性もあって、絶対に容認することができないというふうに思っています。
 私は、このとき我が党の公認候補が出ていたので、応援に行って、テレビでもその後よく流れましたが、太鼓をたたいて演説を妨害しているシーンが何度も流されました。その現場にちょうどおりました。ちょうど国会議員も十人ぐらい私も含めて応援行って、私一番最初しゃべったんで私のときは全くいなかったので妨害を受けなかったんですが、次の人からは彼らが来ていて全くしゃべれない状況になって、周りじゅうはもう群衆は集まってくるし、街宣車も私らの、我が党の街宣車の前後に止めるならまだしも、真横に止めて交通も妨害をするということなんですが、お巡りさんもいらっしゃったんですが、ほとんど何か見て見ぬふりの感があって、これはいかがなものかと思ったわけですが。
 その後、選挙期間中にはもちろん警告は出たんですが、それに応じることなく選挙終了後に逮捕されるということになったんですが。一応現行法で対応された部分はあるわけですけれども、やっぱりいろんな課題を残したということだと思っています。
 そこで、今回のこの公選法の改正案にはこの選挙の自由妨害罪の改正は盛り込まれませんでした。そこで、この現在の条文の規定ぶりでその選挙の自由妨害に当たるような行動に十分にこれ対応できると本当にお考えなのか、発議者の御所見をお聞きをしておきたいと思います。

◯池下卓(維新)発議者
 御質問ありがとうございます。
 今委員御指摘の点、非常に重要な点であると認識をさせていただいております。
 その上で、街頭活動や選挙運動への妨害につきましては、衆議院の政治改革特別委員会におきましても、街頭演説は民主主義の根幹を成す言論の場であり、他の候補者の発言を聞き取りにくくするなど街頭演説を妨害する行為は、選挙における言論の場を壊し、表現の自由の範囲を超えた選挙妨害となりかねないと考えております。
 これらの街頭演説や遊説などの選挙運動への悪質な自由妨害やSNS等の媒体を始めとした虚偽事項の公表並びに公職の候補者が他の候補者への選挙運動を行う行為に対しては、選挙期間中においても関係機関は、法に基づき、迅速なかつ適切な対応を行うべき最大限の努力を傾けることとの附帯決議を付けさせていただいております。
 その上で、我が党は、昨年の六月十八日に、選挙の取締りに関する規定を公正かつ迅速に執行しなければならない旨明記するとともに、選挙の自由妨害罪の法定刑を引き上げ、選挙の自由妨害罪に対する行為を明確化する、こういった公職選挙法改正案を提出した(※注:拘禁刑の長期を4年から5年とし、選挙の自由妨害の行為態様として、「聴衆が演説を聴取することを著しく困難にする行為等」を追加するなどを内容とするもの)ところでございます。
 もとより、現行法の下でも選挙の自由妨害の事案について適切な対応が行われていると承知をしておりますが、その上で、こうした提案につきましても、品位保持に関する公職選挙法改正案における検討条項の対象に含まれるものと考えておりまして、今後、各党各会派において御議論なされるものと承知をしております。

(引用終わり)

戻る