1.令和6年予備試験刑事実務基礎。設問2では、以下のようにして、占有の移転時期を問題にする答案があったようです。
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【論述例】 借受けの時点で本件車両の占有がAに移転していなければ、「交付」(刑法246条1項)を欠くので、詐欺罪は成立しない。そして、その後に占有がAに移転すると、その時点から「自己の占有する他人の物」(同法252条1項)となるから、横領罪が成立する。 |
上記の論述例のうち、前段は正しい。しかし、後段は誤っています。「その後に占有がAに移転する」と考えるなら、その占有移転はVの意思に反するものなので、その時点で窃盗罪が成立し、その後に領得行為があっても、不可罰的(ないしは共罰的)事後行為であって、横領罪を構成しない(ないしは、窃盗罪と包括して評価される)からです。したがって、占有移転時期を問題にするなら、「詐欺罪か、窃盗罪か。」という問題意識になる。詐欺罪も窃盗罪も法定刑はほぼ同じ(※1)ですが、窃盗の場合は常習窃盗罪(※2)があるので、区別の実益があるのです。現に、その点が問題になった例として、東京地八王子支判平3・8・28(試乗車乗り逃げの事案)があります。
※1 いずれも懲役の長期は10年ですが、窃盗罪には選択刑として罰金が定められています。
※2 法定刑は3年以上の懲役(盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律3条)
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(東京地八王子支判平3・8・28より引用。) 一 本件の主位的訴因は、「被告人は、昭和61年3月3日八王子簡易裁判所において窃盗罪により懲役8月に、同62年11月30日同裁判所において同罪により懲役10月に、平成2年2月8日東京地方裁判所八王子支部において窃盗及び傷害罪により懲役1年4月に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、平成3年4月22日午後3時15分ころ、東京都西多摩郡……(略)……株式会社ホンダクリオ新東京羽村店において、試乗を口実に、株式会社ホンダリース所有の普通乗用自動車1台(時価320万円相当)を窃取した」というものである。 二 よって、検討するに、前掲各証拠及び甲の司法警察員に対する供述調書、検察官作成の電話聴取書、司法警察員作成の捜査報告書(平成3年4月24日付け)及び犯罪経歴照会結果報告書、判決書謄本(同2年2月8日付け)によれば、左記の事実が認定できる。 記 1 被告人は、昭和62年6月ころ、24時間試乗会を催している東京都国立市内の株式会社ホンダクリオ新東京国立店に行き、同店営業員Bと商談後、ホンダレジェンド2700セダンの試乗を申し込んで約4時間試乗して同車を返還した。その1週間位後、被告人は、再度、同店に行って、今度はホンダレジェンドツードアハードトップの商談をして、その試乗車に乗ったが、被告人は、約定の24時間を経過しても返還せずにこれを乗り回していたため、右Bらが捜し回った末、その回収ができずに警察署へ相談に赴いたが、同署係官からは、右Bが自動車運転免許証等によって試乗をした被告人の氏名等を確認しておらず、また、24時間試乗会であったこと等からその試乗車の乗り逃げが詐欺罪、横領罪或いは窃盗罪のいずれかの判断がつかないため、直ちに犯人を逮捕することなどはできかねる旨説明があった。そのため、右Bらは、警察署へ被害届を提出することを諦めて、独自に右試乗車の捜索を続けていたところ、乗り逃げされてから約1週間後に被告人が右試乗車に乗って走行しているのに遭遇し、漸く被告人から右試乗車を取り戻すことができた。
2 被告人は、その外にも何か所かの自動車販売店で試乗車に乗っているが、それらの時は営業員が添乗していたため、試乗し終えた車両は直ちに回収されている。 (引用終わり) |
3.本問では、詐欺罪か横領罪かが問題となっていて、窃盗罪は全然問題になっていません。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 検察官Pは、その他所要の捜査を遂げ、詐欺の被疑事実で送致されたAについて、同月21日、④単純横領の罪で公判請求した。 〔設問2〕 (1) (略) (引用終わり) |
すなわち、検察官Pの頭の中で、「借受け時にはまだ占有は移転していないかも」などという問題意識は1ミリもなくて、借受け時に本件車両の占有が移転したことは、当然の前提とされていたのでした。この点を見誤ると、設問2小問(2)で借受け時の占有移転の肯否を延々と論じ、かつ、小問(3)でも、「㋐から㋒までのうちのどの時点で占有が移転したか。」というような的外れな論述に終始することになってしまいかねず、大きく評価を落とすことになりやすいでしょう。
4.刑事実務基礎では、刑法科目の出題だったなら犯さないような、あり得ないミスをやってしまうことがあります。事実認定に気を取られて、前提となる実体法の基本的な擬律を誤ってしまうというわけです。これも、普段の演習で、思考のバランスを取る訓練をするしかありません。答案構成段階のどこかで、前提となる実体関係の把握を誤っていないか、一度、刑法の目で見直してみる、というような、チェックのプロセスを意識的に設けるなどの対処法を考えてみるとよいでしょう。