1.令和6年予備試験刑法。前回の記事(「類型ごとの下位規範を準備する(令和6年予備試験刑法)」)で、類型ごとの規範を準備しよう、という話をしました。ここからは、具体的な当てはめを考えましょう。今回は、Aの本件ケースについてです。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 甲は、X駅に向かって人通りの少ない路上を歩いていたところ、同日午後6時45分頃、甲の約10メートル前を歩いていたA(30歳、男性)がズボンの後ろポケットから携帯電話機を取り出した際、同ポケットに入れていたコインケース(縦横の長さがそれぞれ約10センチメートルのもの。以下「本件ケース」という。)を路上(以下「第1現場」という。)に落としたことに気付いた。 (引用終わり) |
下位規範を示すことなく、「占有の意思と占有の事実」という程度の規範に当てはめる場合、仮にある程度の考慮要素を示したとしても、それぞれの要素の羅列のようにならざるを得なかったでしょう。これに対し、類型ごとの下位規範を準備していれば、問題文に記載された各事実を適切なレイヤーに整理して摘示することが可能になります。
まず、「甲が本件ケースを拾い上げた時点で、第1現場から道のり約100メートルの地点におり、同地点と第1現場との間には建物があるため相互に見通すことができなかった」の部分は、一般に直接の握持・監視が届かない、比喩的にいえば、「手も目も届かない」ことを意味するので、直接支配領域を離れていたことを示す事実ですね。だから、公園ポシェット事件判例を参照して、「ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲」、「被害者が当該物を認識し、又は失念しても短時間で気付いた」か、という規範を用いることになるわけです(※1)。その意味では、上記各事実の摘示は、いわば問題提起のような位置付けともいえるでしょう。一般に、抽象的な問題提起には高い配点はありませんが、問題文の事実摘示を要素に含むときは、その事実摘示に配点があるので、これは書くべきです。その判断ができれば、答案には書き写すだけでいい。占有の帰属は「窃取」の要素なので、「窃取」の意義を書き写した後に書く感じになりますね。
※1 厳密には、同判例は一般論として規範を示しているわけではないので、同判例に対する学説の評価等も加味して規範化したものを準備することになります。
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(芥川正洋「窃盗罪における占有」早稲田法学会誌第69巻2号(2019年)4、5頁より引用。太字強調は筆者。) 窃盗罪を規定する刑法235条は、占有という文言を用いてはいない。235条は、「財物を窃取」と規定するのみである。占有は、この窃取の文言の解釈として導かれる。すなわち、窃取とは、他人の意に反した財物の占有の侵害とその占有を自己・第三者に移すこととされ、窃取の前提として、財物について他人の占有が存在することが要件とされるのである。 (引用終わり) |
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(参考答案(その1)より引用)
「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう。 (引用終わり) |
適切な類型を判断し、適切な規範を示していれば、書き写すだけでも理解していることが伝わることが分かるでしょう。だから、これだけでも十分評価されるのです。より丁寧に書くなら参考答案(その2)のようになりますが、投入する文字数に見合う得点は得られないでしょう。現場でこんなことまで書いていたら、時間・紙幅が足りなくなるに決まっています(※2)。これは、飽くまでロースクール等で理想的に語られることを真顔でやるとどんなことになってしまうか、という例として参考にしましょう。
※2 参考答案(その2)は、答案用紙にすると10頁に相当する文字数を要するので、物理的にも書くことは不可能です。ロースクール等では、ときに不可能を強いるような指導がされているのですね。
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(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。) 3.「窃取」とは、他人の財物の占有を占有者の意思に反して自己又は第三者に移転させることをいう。
(1)Aは、第1現場に本件ケースを落とした。Aの占有が失われ、他人の占有の要素を欠くのではないか。 (引用終わり) |
2.規範を書いたら、後は、当てはまる事実を探して書き写すだけです。改めて問題文を見てみましょう。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 甲は、X駅に向かって人通りの少ない路上を歩いていたところ、同日午後6時45分頃、甲の約10メートル前を歩いていたA(30歳、男性)がズボンの後ろポケットから携帯電話機を取り出した際、同ポケットに入れていたコインケース(縦横の長さがそれぞれ約10センチメートルのもの。以下「本件ケース」という。)を路上(以下「第1現場」という。)に落としたことに気付いた。 (引用終わり) |
「人通りの少ない路上」というのは、一見してすぐには意味が分かりにくいかもしれない。このようなときは、逆の場合を想起すると、分かりやすくなります。仮に、第1現場が人混みでごった返す雑踏だったらどうか。コインケースなんて、蹴っ飛ばされてどこかに行ってしまうかもしれないし、そうでなくても人混みでどこにあるか分からんくなる。これと比較すると、「人通りの少ない路上」はどうか。人混みでごった返す雑踏と比べれば、落とした物がすぐにどっかに行ったりしないし、戻ればすぐ見付かるといえるだろう。このように考えれば、戻ればすぐ取り戻せるという方向の要素になると判断できることでしょう。「第1現場から道のり約100メートル」は、直接支配領域を離れたことを意味する一方で、戻ろうと思えばすぐ戻れる距離であることをも示しています。「本件ケースを拾い上げたのは、Aが本件ケースを落としてから約1分後」ということは、その時点でAがいた「第1現場から道のり約100メートルの地点」から戻るのに要する時間もまた、1分程度ということを意味するだろう。「直ちに」と表現してもおかしくない程度の距離です。また、「約20メートル戻れば第1現場を見通すことができた」は、「第1現場から道のり約100メートルの地点」から戻るよりも短時間、すなわち、1分もかからずに、すぐ監視を回復できる程度の距離であることを示すといえます。
したがって、これらは、「ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲」にあることを示す事実になると判断できる(※3)。あとは、最低限、書き写しておけばよいのです。
※3 この認定は、領得時を基準にする(『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』「占有の判断基準時」の項目を参照)ので、Aが気付いた時点・場所を基準にしてはいけません。なお、訴訟法的には、領得時が認定できない場合に、被告人に最も有利な時点を基準として認定を行う場合があります。判文上はその趣旨が明確とはいえませんが、最判昭32・11・8は、その例とされます。
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(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)
Aは、甲が第1現場で本件ケースを拾い上げた時点で、第1現場から約100mの地点におり、同地点と第1現場を相互に見通せなかった。直接支配領域を離れていたといえる。 (引用終わり) |
適切な規範が示されていると、単に事実を書き写しただけでも、「ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲」という規範を通じて意味付けが理解されていることが伝わります。だから、普通に評価される。適切な下位規範を示すことなく、単に事実を羅列しても、「意味分かってる?」という疑問を抱かせるでしょう。「規範の明示と事実の摘示」は、セットで書くことが重要であり、そのことによって、見え方がまるで変わってくるのです。
意味付け・評価を黙示的でなく、明示に書いてやるぞ、という人は、参考答案(その2)のようにすればよい。ここは、そんなに文字数を要しないので、書ける人は書けるでしょう。筆力に自信のない人も、「わずか」、「しか」、「さえ」のような文字数の少ない評価文言は、適宜ぶち込んでいくことを考えてよいと思います。
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(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)
物が被害者の直接支配領域を離れた場合であっても、ごく短時間で再び支配可能となる場所的範囲にあり、被害者が当該物を認識し、又は失念しても短時間で気付いたときは、当該物の占有はいまだ被害者にある(公園ポシェット事件判例参照)。このような場合には、領得時において、なお潜在的な占有の事実及び意思が残存していたと評価できるからである。 (引用終わり) |
ちなみに、公園ポシェット事件では、領得時点で約27mの距離でした。
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(公園ポシェット事件判例より引用。太字強調は筆者。) 1.原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。 (1) 被害者は,本件当日午後3時30分ころから,大阪府内の私鉄駅近くの公園において,ベンチに座り,傍らに自身のポシェット(以下「本件ポシェット」という。)を置いて,友人と話をするなどしていた。 (2) 被告人は,前刑出所後いわゆるホームレス生活をし,置き引きで金を得るなどしていたものであるが,午後5時40分ころ,上記公園のベンチに座った際に,隣のベンチで被害者らが本件ポシェットをベンチ上に置いたまま話し込んでいるのを見掛け,もし置き忘れたら持ち去ろうと考えて,本を読むふりをしながら様子をうかがっていた。 (3) 被害者は,午後6時20分ころ,本件ポシェットをベンチ上に置き忘れたまま,友人を駅の改札口まで送るため,友人と共にその場を離れた。被告人は,被害者らがもう少し離れたら本件ポシェットを取ろうと思って注視していたところ,被害者らは,置き忘れに全く気付かないまま,駅の方向に向かって歩いて行った。 (4) 被告人は,被害者らが,公園出口にある横断歩道橋を上り,上記ベンチから約27mの距離にあるその階段踊り場まで行ったのを見たとき,自身の周りに人もいなかったことから,今だと思って本件ポシェットを取り上げ,それを持ってその場を離れ,公園内の公衆トイレ内に入り,本件ポシェットを開けて中から現金を抜き取った。 (中略) 2.以上のとおり,被告人が本件ポシェットを領得したのは,被害者がこれを置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係の下では,その時点において,被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても,被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず,被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たるというべきであるから,原判断は結論において正当である。 (引用終わり) |
被告人は、約27mの距離から被害者らを見ているので、被害者らからも見ようと思えば見えていたはず。判文上は明示の考慮要素とされていませんが、調査官解説はこれをダメ押し的要素とみます。そのことも踏まえて考えると、本問は100mで、公園ポシェット事件より距離が離れているし、領得時に見通せる状況ではないという点も占有維持には消極要素となる。なので、占有否定の結論も十分成り立ち得るでしょう。
3.もう1つの規範、「被害者が当該物を認識し、又は失念しても短時間で気付いた」という点については、どうか(※4)。改めて問題文を見てみます。
※4 占有の判断基準時は領得時なので、領得後に短時間で気付いたという事実は、厳密には、領得時の被害者の認識可能性を推認する間接事実ということができるでしょう。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 甲は、X駅に向かって人通りの少ない路上を歩いていたところ、同日午後6時45分頃、甲の約10メートル前を歩いていたA(30歳、男性)がズボンの後ろポケットから携帯電話機を取り出した際、同ポケットに入れていたコインケース(縦横の長さがそれぞれ約10センチメートルのもの。以下「本件ケース」という。)を路上(以下「第1現場」という。)に落としたことに気付いた。 (引用終わり) |
まず、「急いでいたため本件ケースを落としたことに気付かなかった」の部分が、「被害者が当該物を認識し」ておらず、「失念」していたことを示す。これは、誰でも容易に分かるでしょう。では、「短時間で気付いた」といえるか。Aは、午後6時45分頃に本件ケースを落とし、同55分頃に落としたことに気が付いています。その間約10分。「短時間」と評価するに十分です。ただし、ちょっと注意することがある。Aが気付いたのは、「本件ケースを落としたこと」だけです。「本件ケースを第1現場に落としたこと」には気付いていない。この点で、公園ポシェット事件とは違います。
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(公園ポシェット事件判例より引用。太字強調は筆者。) 1.原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。 (1) 被害者は,本件当日午後3時30分ころから,大阪府内の私鉄駅近くの公園において,ベンチに座り,傍らに自身のポシェット(以下「本件ポシェット」という。)を置いて,友人と話をするなどしていた。 (中略) (3) 被害者は,午後6時20分ころ,本件ポシェットをベンチ上に置き忘れたまま,友人を駅の改札口まで送るため,友人と共にその場を離れた。被告人は,被害者らがもう少し離れたら本件ポシェットを取ろうと思って注視していたところ,被害者らは,置き忘れに全く気付かないまま,駅の方向に向かって歩いて行った。 (中略) (5) 他方,被害者は,上記歩道橋を渡り,約200m離れた私鉄駅の改札口付近まで2分ほど歩いたところで,本件ポシェットを置き忘れたことに気付き,上記ベンチの所まで走って戻ったものの,既に本件ポシェットは無くなっていた。 (引用終わり) |
この点を補完するのが、「勤務先からX駅までの道中で落としたのではないかと考えて、本件ケースを探しながらX駅から第1現場を経由して勤務先まで戻った」という事情です。どこと特定しているわけではないけれど、大体どの辺りに落としたかは分かっている。これは、占有を肯定する要素でしょう。というわけで、これらの事実を書き写せばよいわけですね。
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(参考答案(その1)より引用)
確かに、Aは、午後6時45分頃に本件ケースを落としたことに気付かなかった。しかし、Aは、同55分頃、第1現場から約700mのX駅に到着し、間もなく本件ケースを落としたことに気付き、勤務先からX駅までの道中で落としたのではないかと考えて、本件ケースを探しながらX駅から第1現場を経由して勤務先まで戻った。失念しても短時間で気付いたといえる。 (引用終わり) |
上記は、問題文を当てずっぽうに書き写しただけにみえるかもしれませんが、先に説明した内容を正しく理解していなければ、書き写すべき事実を的確に判断することができません。当サイトの参考答案(その1)は、「何も理解していない人が、テキトーに問題文を書き写せば作れる。」というものではなく、「正しい理解があるものの、その理解をすべて答案に書こうとするあまり時間切れになって、毎年実力があるのに合格できない人が、規範と事実に特化して書くことで時間内に書けるようになり、合格しやすくなる。」という方法論を具体化したものです。この点は、誤解のないようにしていただきたいと思います。
評価や判例との違いまで明示に書こうとするならば、参考答案(その2)のようになります。
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(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)
Aは、午後6時45分頃に本件ケースを落としたことに気付かず、一時的に失念したが、そのわずか約10分後の同55分頃、第1現場から道のり約700mのX駅に到着し、間もなく本件ケースを落としたことに気付いた。 (引用終わり) |
とはいえ、本問でここまで書くのは時間・紙幅の関係でかなり難しいのではないかと思います。
ちなみに、公園ポシェット事件では、被害者が気付いた時点で約200m、約2分の距離でした。
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(公園ポシェット事件判例より引用。太字強調は筆者。) (5) 他方,被害者は,上記歩道橋を渡り,約200m離れた私鉄駅の改札口付近まで2分ほど歩いたところで,本件ポシェットを置き忘れたことに気付き,上記ベンチの所まで走って戻ったものの,既に本件ポシェットは無くなっていた。 (中略) 2.以上のとおり,被告人が本件ポシェットを領得したのは,被害者がこれを置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったことなど本件の事実関係の下では,その時点において,被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても,被害者の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず,被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たるというべきであるから,原判断は結論において正当である。 (引用終わり) |
本問は約700m、約10分で、上記判例よりも離隔が大きいことに加え、落とした場所を正確に特定できていません。これらの要素を重視すれば、占有否定の結論も十分に成り立ち得るでしょう。