1.令和6年予備試験刑法。前半部分は、占有離脱の肯否がメインであることが明らかです。
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(問題文より引用。太字強調は筆者。) 2 甲は、X駅に向かって人通りの少ない路上を歩いていたところ、同日午後6時45分頃、甲の約10メートル前を歩いていたA(30歳、男性)がズボンの後ろポケットから携帯電話機を取り出した際、同ポケットに入れていたコインケース(縦横の長さがそれぞれ約10センチメートルのもの。以下「本件ケース」という。)を路上(以下「第1現場」という。)に落としたことに気付いた。 (中略) 甲は、本件ケースを拾い上げて自己のズボンのポケットに入れ、再びX駅に向かった。 (中略) 3 甲は、上記居酒屋に徒歩で向かったところ、X駅まで道のり約500メートルのコンビニエンスストア(以下「本件店舗」という。)前の歩道(以下「第2現場」という。)において、ガードレールに沿って駐輪された3台の自転車のうちの1台(以下「本件自転車」という。)が新品に近い状態である上に無施錠であることに気付いた。 (中略) 甲は、本件自転車が本件店舗を含む付近店舗の利用客が駐輪したものであると考えたが、上記居酒屋まで歩くことが面倒になり、本件自転車を足代わりにして乗り捨てようと考え、同日午後6時50分頃、本件自転車を持ち去った。 (引用終わり) |
ここで、「占有の意思と占有の事実」という程度の大雑把な規範しか用意していなかった人は、「なんで同じ規範に2回も当てはめさせんの?意味分からん。」となったことでしょう。そして、どちらも同じような感じで要領を得ない空中戦を展開せざるを得なかったはずです。とりわけ、Bの本件自転車については、適切に事実を抽出することさえ困難だったかもしれません。
これに対し、きちんとした事前準備をしていた人は、「ああ、これはそれぞれの類型が違うってことを意識して適切な規範を示せるかが問われているんだよね。」と分かる。ここは、「直接支配領域内にある物」、「直接支配領域を離れた物」、「支配可能な場所的範囲を離れた物」のそれぞれについて、事前に下位規範を準備しておくべきところでした。いずれも、当サイトの定義趣旨論証集でAランクとされている重要な下位規範です。
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(『司法試験定義趣旨論証集(刑法各論)』より引用。太字強調は筆者。) 直接支配領域内にある物の占有 (引用終わり) |
以上のような類型ごとの下位規範を事前準備していれば、本問では、Aの本件ケースについては「直接支配領域を離れた物」の類型、Bの本件自転車については「支配可能な場所的範囲を離れた物」(※1)の類型だよね、と容易に判断できたはずでした。
※1 この表現は学説の用いるものですが、占有を「事実上の支配」と定義するとき、「支配可能な場所的範囲を離れた」以上は、もはや占有を認める余地はないような感じがします(山口厚『刑法各論(補訂版)』(有斐閣 2007年)177頁は「事実的な支配可能性を超えて」という語を用いており、「事実的な」を付すせいでより矛盾感が強い。なお、第2版以降では表現が修正されている(第3版184、185頁参照)。)。厳密には、占有における支配は「事実上の」とはいうものの規範的なものであって、「支配可能な場所的範囲を離れた」というときの支配とは、より物理的なものを指すと理解すべきなのでしょう。芥川正洋「窃盗罪における占有」早稲田法学会誌第69巻2号(2019年)3頁は、占有概念における支配について、「『支配』は事実的というより、観念的なものである。」と指摘します。
2.このような事前準備をすべきことは、刑法の出題傾向を分析した上で、占有に関する文献調査をきちんと行っていれば、容易に分かることです(※2)。
※2 学生向けの教科書でも、このような類型ごとの説明がされています(亀井源太郎ほか『刑法Ⅱ
各論(日評ベーシック・シリーズ)』(日本評論社 2020年)79、80頁)。ただし、「答案にそのまま書ける規範」を提示してくれてはいないので、これだけでは試験対策として不十分でしょう。規範化した論証を掲載している教材を参照するか、自分で論証化して準備しておくことを要します。
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(芥川正洋「窃盗罪における占有」早稲田法学会誌第69巻2号(2019年)11、13頁より引用。太字強調は筆者。) 判例の事例の集積に伴い、事案を類型分けし、判例の傾向を明らかにする試みが行われるのは当然のことであろう。具体的事件の解決においても、類型化された枠組みが示されることにより、占有の肯否の判断が安定化することが期待される。判例の類型化を行い、占有の有無の判断基準を示す初期の研究として、中義勝は判例に現れた事例を 8 つに分類し、それぞれについて検討を加えている。判例の分析と分類を通じて、占有の意義を明らかにすることは、現在に至るまでのその後の学説に共通するものである。 (中略) 判断基準自体が抽象的であるから、その具体化のため下位基準が必要となる。事例の分析と類型分けにより、これが実現されている。 (引用終わり) |
同様のことは、因果関係についてもいえます(※2)。このような重要な下位規範が論証化されていない論証集は、適切な傾向分析・文献調査を怠って作成されたものということができるでしょう。「配点の著しく低い規範の理由付けについては『書かないと死ぬ!』という勢いで必死に暗記して書こうとするのに、重要な下位規範は涼しい顔でスルーする。」という受験生の傾向は、そのような適切でない論証集が流通している結果であると、当サイトは考えています。
※2 『司法試験定義趣旨論証集(刑法総論)』「行為後の被害者の不適切な行動と危険の現実化」、「行為後の行為者自身の行為と危険の現実化」、「行為後の第三者の行為と危険の現実化」、「複数人の過失の競合と危険の現実化」、「行為後の第三者の行為により死期が早まった場合」、「監禁後の介在事情と危険の現実化」の各項目を参照。
3.本問は、本来なら、ここで大きく差が付くはずでした。もっとも、流通している予備校論証はここまできちんとした類型化を行っていない(※3)ので、大多数の人が、Aの本件ケースもBの本件自転車も同じ規範で漫然と当てはめるしかなかったでしょう。考査委員は、採点に苦慮することになりそうです。当てはめで上記類型ごとの規範に類似した視点で事実の摘示・評価をしているかという観点から、差を付けることにならざるを得ない。「自分の言葉で評価」した結果、その場の思い付きが偶然当たっていれば、点が伸びやすいでしょう。このように、「自分の言葉で評価」は、規範の明示を落とした人の敗者復活戦の意味を持つこともあるのです(※4)。もっとも、このことは、「自分の言葉で評価」が重要だから毎回付すべきだ、ということではなく、「事前に準備すべき規範はきっちり準備しましょうね。」ということを意味します。誤解のないように。
※3 類型化に代えて、抽象的な考慮要素を列挙するにとどまるものが多いようです。
※4 このことは、とりわけ、大多数が公然と判例を無視する憲法において、顕著にみられます。