設問1で判例が示された意味
(令和6年予備試験民訴法)

1.令和6年予備試験民訴法。設問1では、L2が要領を得ない説明をしています。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 L1がL2に対して、相殺の抗弁を弁論準備手続の終結前に主張することができなかった理由について説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にするものであるから、初めから主張する必要はないと考えていた。」と述べるとともに、「相殺権の行使時期には法律上特段の制約がなく、判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている以上、弁論準備手続の終結後に相殺の抗弁を主張することも許容されるべきである。」と述べた。L1は、本件訴訟の開始前から相殺適状になっており、仮定的抗弁として主張することができたにもかかわらず、それをしなかった理由について更に説明を求めたが、L2からは前記の説明以上の具体的な説明はされなかった。そこで、L1は、相殺の抗弁は時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして、その却下を求めた。

(引用終わり)

 普通に読むと、L1にあっさり論破されたようにみえる。現場対応として考えると、これをそのまま書き写して、「L2は説明義務を果たしてないぞ。」という筋で書いてしまう方法もありそうです。論述例として示すなら、以下のような感じです。

【論述例】

2.「時機に後れて」とは、より早い提出を客観的に期待しえたことをいう。弁準終了後の提出で説明義務(174条、167条)を果たさないときは、特段の事情がない限り、弁準での提出が客観的に期待しえたといえる。
 確かに、L1がL2に対して、弁準終了前に提出できなかった理由の説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にするものであるから、初めから主張する必要はないと考えていた。」と述べるとともに、「相殺権の行使時期には法律上特段の制約がなく、判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている以上、弁論準備手続の終結後に相殺の抗弁を主張することも許容されるべきである。」と述べた。しかし、L1は、本件訴訟の開始前から相殺適状になっており、仮定的抗弁として主張することができたにもかかわらず、それをしなかった理由について更に説明を求めたが、L2からは前記の説明以上の具体的な説明はされなかった。説明義務を果たしたとはいえず、特段の事情もない。
 以上から、より早い提出を客観的に期待しえたといえ、「時機に後れて」を満たす。

 しかしながら、これはさすがに「何も考えてない。」感がすごい。この水準で合格レベルになるかは、全体の出来次第でしょう。これまでの経験則を踏まえた当サイトの印象としては、これでもギリギリ合格レベルかもしれない、と感じます。なぜか。それは、民訴法が2日目最後の科目だから、ということにあります。初日に1日中答案を書いて、疲労困憊した次の日に、まず、実務基礎を3時間やらされる。民事系は、その後に3時間半ぶっ続けで実施されます。こんなんたまらんわ。そして、多くの人が、民法、商法、民訴法をそのままの順番で解くので、民訴法は最後になる。1通書いただけでも結構疲れ果てるのに、もう2通書いてるやん。もう、心身共に限界です。普段の答練なら当たり前のように頑張れるところも、もう頑張れない。その結果、例年、民訴はあり得ないような雑な答案が続出するのでした。そのことを踏まえると、本問でも、「L2が何か言ってるけど頭が回らねぇ。何言ってるかわからんぞ。もうええやろ。仮定的抗弁について説明してないから説明義務違反ってことにしよ。」という感じの雑な答案が続出するでしょう。なので、結果的に、上記論述例の程度でも、何とかなりそうな気がしています。

2.とはいえ、本来であれば、基本的な知識だけでも、もっと頑張れるはずでした。本問を過去問として解いた人は、そこまで書くことを考えたい。今回は、その点について、説明したいと思います。
 L2の言っている、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることを許容する判例とは、最判昭40・4・2を指しています。

(最判昭40・4・2より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 相殺は当事者双方の債務が相殺適状に達した時において当然その効力を生ずるものではなくて、その一方が相手方に対し相殺の意思表示をすることによつてその効力を生ずるものであるから、当該債務名義たる判決の口頭弁論終結前には相殺適状にあるにすぎない場合、口頭弁論の終結後に至つてはじめて相殺の意思表示がなされたことにより債務消滅を原因として異議を主張するのは民訴法545条2項(※注:現行の民事執行法35条2項に相当する。)の適用上許されるとする大審院民事連合部明治43年11月26日判決(民録16輯764頁)の判旨は、当裁判所もこれを改める必要を認めない。

(引用終わり)

 ほとんどの受験生が、この判例そのものを知っているかどうかはともかく、「相殺の抗弁は基準時前に相殺適状になっていても、既判力で遮断されない。」ということは知っており、L2もそれが言いたいんだな、ということは理解できたでしょう。これは著名な基本論点ですから、論証として理由付けまで覚えていたぞ、という受験生が多数派だったであろうと思います(※1)。例えば、当サイト作成の参考答案(その1)のような理由付けが、定番でしょう(※2)。
 ※1 この論点は、判例等の定番の規範を問題文の具体的事案にどう当てはめますか、というものではなく、判例・通説が遮断効を否定する理論的根拠を問う趣旨で出題されるものなので、理由付けを覚えて答案に書く必要があります。「規範明示で足り、規範の理由付けを要しない。」のは、判例等の定番の規範を問題文の具体的事案にどう当てはめますか、という趣旨で出題される論点についての話です。
 ※2 上記判例は、基準時後の意思表示だから遮断されないとするかのような説示を行っていますが、現在では、そのような理由のみに依拠する学説は極めて少数(中野貞一郎説くらい?)です。

(参考答案(その1)より引用)

 ……(略)……相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にすることから前訴での主張が期待できず、既判力の自己責任を正当化する手続保障が欠ける……(略)……。

(引用終わり)

 「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にする」の部分は、L2が言っているのでそれをそのまま流用したものです。別のフレーズで覚えていれば、それでもよいのですが、本問では、そのまま書き写した方がL2の説明を意識した論述になると思います。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 L1がL2に対して、相殺の抗弁を弁論準備手続の終結前に主張することができなかった理由について説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にするものであるから、初めから主張する必要はないと考えていた。」と述べるとともに、「相殺権の行使時期には法律上特段の制約がなく、判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている以上、弁論準備手続の終結後に相殺の抗弁を主張することも許容されるべきである。」と述べた。L1は、本件訴訟の開始前から相殺適状になっており、仮定的抗弁として主張することができたにもかかわらず、それをしなかった理由について更に説明を求めたが、L2からは前記の説明以上の具体的な説明はされなかった。そこで、L1は、相殺の抗弁は時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして、その却下を求めた。

(引用終わり)

 問題文に挙げられた判例については、その趣旨を書く、というのは、民訴法でよくある出題なので、ここでも、上記理由付けを判例の趣旨の理解として書けばよさそう。さて、ここで、ちょっと考えたい。理由付けとして事前に覚えていたとおり、「相殺の抗弁と既判力」の論点で議論される場面では、前訴で相殺の抗弁を主張することは期待できない、と説明します。そこでは、仮定的抗弁のことは、あまり考えたことがなかったことでしょう。これはどうなんだろう。仮に、「仮定的抗弁としてなら主張が期待できた。」という理屈が成り立つならば、「前訴で相殺の抗弁を主張することは期待できない。」という理由付けは成立しないことになるはずです。そのことに気が付けば、知識がなくても、「仮定的抗弁も含めて提出が期待できない趣旨ってことか。」ということに思い至るでしょう。実際のところ、通説は、仮定的抗弁ないし予備的抗弁としての主張は、可能ではあるが期待はできない、と説明します。下記は建物買取請求権に関するものですが、相殺の抗弁にも妥当します。

(加波眞一「既判力基準時後の建物買取請求権行使について」立命館法学356号(2014年)235~237頁より引用。太字強調は筆者。)

① 多数説

 (中略)

 建物買取請求権は,①訴訟物の成立に関する瑕疵というべき事由ではなく,②建物の社会的効用保護という政策的な観点から,特別に法律により認められるものである,さらに③この建物買取請求権を行使するのは,建物収去土地明渡訴訟で敗訴を予想して予備的抗弁として主張することになるが,賃貸借契約の存続を主張して争っている被告にとっては精神的な抵抗感が強く,前訴での行使が期待できない,などの要素があるので,口頭弁論終結後の行使であっても,既判力に抵触しないと論じる。

(引用終わり)

 要するに、仮定的抗弁としての提出は、「できないことはないけれど、精神的に無理」というわけです。普段、「相殺の抗弁と既判力」の論点として書くときには、あまり仮定的ないし予備的抗弁のことまで意識しませんが、改めて考えてみると、「精神的に無理ってどうなの?そこは頑張れよ。」と思うところで、実際に、伊藤眞教授は、これを「曖昧な論拠」であるとして批判するのでした(伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』(有斐閣 2020年)555頁注175)。とはいえ、仮に、上記判例の趣旨をこのように理解するのであれば、時機に後れた攻撃防御方法の文脈においても、「仮定的抗弁であっても精神的に提出が期待できない。」と理解するのが論理的に一貫するでしょう。そして、L2は、まさにそのことを言っているのだ、という理解が可能となるのです。そのような理解によれば、L2が仮定的抗弁について、それ以上の説明をしなかった理由も理解できます。

(問題文より引用。太字強調は筆者。)

 L1がL2に対して、相殺の抗弁を弁論準備手続の終結前に主張することができなかった理由について説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にするものであるから、初めから主張する必要はないと考えていた。」と述べるとともに、「相殺権の行使時期には法律上特段の制約がなく、判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている以上、弁論準備手続の終結後に相殺の抗弁を主張することも許容されるべきである。」と述べた。L1は、本件訴訟の開始前から相殺適状になっており、仮定的抗弁として主張することができたにもかかわらず、それをしなかった理由について更に説明を求めたが、L2からは前記の説明以上の具体的な説明はされなかった。そこで、L1は、相殺の抗弁は時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして、その却下を求めた。

(引用終わり)

 L2からすれば、「自己の債権を犠牲にするから無理って言ってんじゃん。その趣旨の判例もあるじゃん。仮定的抗弁も同じじゃん。だからこれ以上説明する必要ないじゃん。」ということですね。ここまで理解できれば、L2は説明義務を果たしているし、より早い時期に提出することも期待できないから、「時機に後れて」には当たらないよね、という説明が成立します。これを簡潔に答案化したのが、当サイト作成の参考答案(その1)です。

(参考答案(その1)より引用。太字強調は筆者。)

2.「時機に後れて」とは、より早い提出を客観的に期待しえたことをいう。弁準終了後の提出で説明義務(174条、167条)を果たさないときは、特段の事情がない限り、弁準での提出が客観的に期待しえたといえる。
 L1がL2に対して、弁準終了前に提出できなかった理由の説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にするものである」と述べるとともに、「相殺権の行使時期には法律上特段の制約がなく、判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている」と述べた。L1は、本件訴訟の開始前から相殺適状になっており、仮定的抗弁として主張できたにもかかわらず、それをしなかった理由について更に説明を求めたが、L2からは上記以上の具体的な説明はされなかった。
 L2のいう判例の趣旨は、相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にすることから前訴での主張が期待できず、既判力の自己責任を正当化する手続保障が欠ける点にあると考えられる。期待できない主張には仮定的抗弁も含まれると考えられる。そうだとすると、上記L2の説明は仮定的抗弁として主張しなかった理由にもなっており、説明義務は果たされている。
 そして、上記判例の趣旨によれば、相殺の抗弁のより早い提出を客観的に期待しえたとはいえない。
 以上から、「時機に後れて」を満たさない。

(引用終わり)

 おそらく、考査委員は、「補助線になる判例は問題文に書いてあげたから、その判例の趣旨について自分の理解を示してくれるだろう。その説明と、『時機後れて』の要件充足性について論理一貫した説明ができるかを試してやろう。」と思っていたはずです。L2の説明がイマイチ要領を得ない感じだったのも、「その行間を埋めてね。」というメッセージだったのでしょう。しかし実際には、ほとんどの受験生が、上記判例の趣旨すら書きもしないでしょう。いつものことながら、考査委員は泣きながら採点することになるわけですね。

3.ここまでは、実戦的な話をしてきました。ここからは、いわゆる「正解」について説明しましょう。
 本問は、単なる論理の整合性だけでなく、判例との整合性も問われています。判例は、既判力の文脈では相殺の抗弁の特殊性を考慮したとみえる結論を採りますが、時機に後れた攻撃防御方法の文脈では、相殺の抗弁であることについて特段の配慮をすることなく、普通に却下しています。

(最判昭32・12・24より引用。太字強調及び※注は筆者。)

 所論修繕費償還請求と賃料との相殺の主張は、昭和30年7月18日付準備書面において主張され、上告人はこれを同日の口頭弁論において陳述したこと記録上明らかである。かゝる主張は、論旨においても、修繕個所が散在し損害の算定に非常な困難を極めたといつていることによつて窺いうる如く、その証拠調には経験上多大の日子(※注:「日子」とは、日数の意味。)を要するから、「訴訟ノ完結ヲ遅延セシムベキコト」(民訴139条(※注:現行の157条1項に相当する。)は明らかであり(しかもこの主張自体不充分なばかりでなく、証拠の申出もされていない)、第二審において、すでに判決に熟した時期に始めてかゝる複雑な主張をすることは少くとも重大な過失があるものということができる。原審がこの主張を時機に遅れたものとして却下したのは相当であり、論旨は理由がない。

(引用終わり)

 これを、どう整合的に説明するか。上記2のとおり、いわゆる受験生通説を前提にすると、「仮定的抗弁なんて精神的に無理」という、ちょっと情けない感じの理由付けを前提にすることになり、そこから論理的に一貫した説明をするならば、「時機に後れて」は否定の結論に至らざるを得ないでしょう。これでは、上記判例を説明できない。これに対し、そのような理由付けに依拠しない学説も有力です。そのような立場からの理解を示して、「時機に後れて」を肯定するならば、上記判例と整合する結論を採ることができます。参考答案(その2)は、その例です。

(参考答案(その2)より引用。太字強調は筆者。)

1.「時機に後れて」とは、より早い提出を客観的に期待しえたことをいう。弁論準備手続終了後の提出について説明義務(174条、167条)を果たさないときは、同手続での提出を客観的に期待しえたことが事実上推定され、特段の事情がない限り、「時機に後れて」を満たす。

(1)L1が、L2に対して、弁論準備手続終了前に提出できなかった理由の説明を求めたところ、L2は、「相殺の抗弁は自己の債権を犠牲にする」こと、「判例によれば、基準時後に相殺権を行使したことを請求異議の訴えの異議事由とすることも許容されている」ことを述べた。
 上記説明は、その引用する判例の趣旨について、相殺の抗弁が認められて勝訴したとしても、対抗額について自働債権消滅の既判力が生じ(114条2項)、自己の債権を犠牲にする点で経済的には敗訴と同様の結果となることから、およそ前訴での主張が期待できず、自己責任としての既判力の拘束を正当化する手続保障が欠ける点にあるとの理解に立つと考えられる。
 その上で、上記判例は前訴の具体的手続内容を問題にしない以上、その趣旨によれば、弁論準備手続があったか否かに関わりなく、仮定的抗弁も含めて相殺の抗弁の提出はおよそ期待できないとの理解が前提となるから、本件訴訟においてもおよそ相殺の抗弁の提出は期待できないと理解される。
 このような理解によれば、L1が仮定的抗弁としての主張をしなかった理由について更に説明を求めたが、L2が上記説明以上の具体的説明をしなかったことも、既にされた説明によって理由が尽くされているからそれ以上の説明を要しない趣旨と理解でき、説明義務が果たされているという余地がある。

(2)しかしながら、上記理解によれば、相殺の抗弁についてはおよそ時機に後れた攻撃防御方法として却下されることはないはずであるところ、判例は、相殺の抗弁について、特別な考慮をすることなく、時機に後れた攻撃防御方法としての却下を認めている。
 これを整合的に理解するならば、L2の引用する判例の趣旨は、相殺の抗弁について、前訴判決基準時における受働債権の存在を認めた上で、基準時後の意思表示によってなされるものであること、又は、錯誤・詐欺を原因とする取消権のような基準時前の一回的原因事実によるものでなく、基準時後も継続する相殺適状が原因であること等から、そもそも既判力に抵触しないとする点にあると理解すべきである。
 上記理解によれば、L2の引用する判例は、本件訴訟での相殺の抗弁の提出がおよそ期待できないことの根拠とはならないから、L2の説明は、少なくとも仮定的抗弁としての主張をしなかった理由とはなっておらず、説明義務が果たされたとは評価できない。

(3)また、弁論準備手続での相殺の抗弁の提出ができなかったと認めるに足りる特段の事情も見当たらない。

(4)以上から、「時機に後れて」を満たす。

(引用終わり)

 でも、こんなのは事前に判例・学説の知識がないと書けないので、ゼミなどでたまたまやっていた、という人以外は無理に決まっています。仮に知っていても、時間内にまとめ切れるはずがない。多分、1位の人でも、ここまでは書けないでしょう。論文式試験というのは、「正解」を狙う試験ではないのです。

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